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74 ヴィクトリアの願い


「わけのわからない事を」


怒りを滲ませるアルフレッドの顔はそれでも美しい。


「叔父様!一体何のお話をしているのですか?!」


「では、君はこんな真夜中に何をしにここへ来たのかな?我が愛しの姪よ」


「それは…」


叔父を問い詰めていたがその一言で勢いが止まった。


「私はね、可愛い姪であり敬愛する真の女神であるヴィクトリアの願いを叶えてあげたいのだよ」


神を崇めるかの如く跪きヴィクトリアを見上げている執事が司教の言葉に続く。


「お嬢様、私は貴女様の伴侶としてもアルフレッド殿下は申し分ない方だと思っております。それに貴女様のお気持ちも痛いほどにわかっております」


「何をっ…」


「この湖で満月の下祈りを捧げれば、愛する者の永遠の愛を手に入れられるという伝説を知りここへ来たのだろう?」


ヴィクトリアは思わず顔を背けた。それが答えだろう。


「ふふっ、その願いを私が後押ししてあげると言っているのだよ。そして王太子殿下とヴィクトリアが結ばれれば我が国は素晴らしい国へと生まれ変われるだろう」


満足気に語るその目は現実ではないどこか違う世界を見ているようだ。


「まだ…そのような事を…」


クリスティアの息遣いが段々と荒くなっている。立っているだけでもやっとなのだろう。


「私が女神の生まれ変わりだと思い込んで…貴方の父親に何度も命を狙われたわ…」


何代にも渡り、女神を滅ぼそうと気の遠くなる程の時をかけてきたウォルドナ一家の執着は、最早例えるものも見つからない。


そしてクリスティアは息荒く怒りの籠もった声で続ける。


「それだけではなく…私と同じ様に、女神の生まれ変わりかもしれないと…王太后サンドラ様のお命も狙うなんて…」


クリスティアの額から汗が流れ落ちる。


「そうでしたね、お恥ずかしい事ですが父は見誤っておりました。しかし私が、父や先祖が、手に入れられなかったものを手にするのです」


両手を広げ、まさに今夜成し遂げることが出来ると満足気に高笑いをしている。


「黙って聞いていれば勝手な事を…王太后の命までっ」


アルフレッドは司教の目の前に移り剣を抜いた。

しかし、司教は滑るように音もなく後ろへ下がった。


「これは殿下の運命でもあるのです。美しいヴィクトリアと共に王として並び立っていただきます」


「そんな日は来ない」


「っ…」


ヴィクトリアは胸にナイフを突き立てられたような痛みが走る。


(私は幼い頃からアルフレッド様の事を見てきたのに…あんな田舎娘が邪魔をしなければ今頃は…)


黒いモヤがヴィクトリアの中に広がっていく。


「おお!いよいよ満月が真上に来る!この時を私は…私たちは待っていた!さぁヴィクトリア、後はお前が持っているその薬を使えば願いが叶うのだ!」


ヴィクトリアはハッとして手に握っていた小瓶を見る。


「お嬢様、この機を逃したら殿下とはもう結ばれる事はなくなってしまいます。殿下はあの偽物の女神に洗脳されているのです、助けて差し上げられるのは貴女様以外におりません」


(そうよ…以前のアルフレッド様は王太子として孤高の存在で皆に平等なお方だったのよ…それなのに今は…元のアルフレッド様にお戻しして差し上げなければ!)


執事の言葉でヴィクトリアの目に迷いがなくなった。


司教は月の光に手を伸ばし、湖面を滑るように女神像へと向かう。


「いっ…いけない…女神像が壊されてしまったら…封印がっ…」


クリスティアはもう立っている事もできずその場に崩れ落ちる。


セリーヌは祖母を支えながら呪いを解くべくクリスティアの胸に手を当てようとした。


「おっと、それはさせない」


ショウキがセリーヌの手首を掴み捻り上げる。


「いっ…」


思いの外力が強く振りほどくことが出来ない。


「セリーヌ!」


アルフレッドが反射的に移動魔法でセリーヌの元へと転移するが、マークもそれに反応して瞬時に動きセリーヌとの間に立ちはだかる。


「おっと、王子様の相手はセリーヌじゃないだろ」


ヒヒッと笑うマークが剣を抜きアルフレッドをその場から引き離すように攻める。


セリーヌを捻り上げているショウキは禍々しささえ感じるような怒りに満ちている。


「俺はそこのお嬢様が女王になろうがどうでもいい。お前に母さんが味わった苦しみを味わわせる事ができればそれでいい」


「ショウキさん…離してっ」


悪魔のような形相でショウキが剣を振り下ろしたその時、ガチッっと何か硬い物に当たった。


恐る恐る目を開けるとセリーヌの前に目には見えない壁があり剣を弾き飛ばし、掴んでいた腕も弾かれた。


「セリーヌには傷一つつけさせないわよ」


ミオーネが後ろから防護壁を作り出してセリーヌを守った。


そこへ音も立てずアンネルシアが近づいてきたかと思うと、剣を振り上げ気がつけばショウキの腕が宙を舞っていた。


氷の刃のような眼差しでのたうち回るショウキを見下ろしている。


一瞬の事に思考が遅れてやってくる。


「ルシア様…私の為に…ごめんなさい…」


「いや、私は何度も命懸けの戦いをしてきたから、このような外道の腕や足を切り落とすことに何の躊躇いもない。だからセリーヌが気にすることではないよ」


優しい眼差しで宥められ、増々胸が苦しくなる。が、今は干渉に浸っている暇はない。


すかさずセリーヌはクリスティアの胸に手を当て呪いを解こうとするが、弾き飛ばされた。


手が火傷のように熱くヒリヒリと痛む。


「ははっ、無駄ですよ。これまで何度もセリーヌ嬢に呪いを返されてきたのだ、私が何の対策もしてないとお思いですか」


湖面の上に立つ司教が女神像の傍らで余裕の笑みを浮かべている。


クリスティアの息が段々と細くなっていく。


「セ…リーヌ…私の事より…女神像を…」


クリスティアが力を振り絞りセリーヌの手を握る。


「おばあさま!」


「セリーヌ、ここは任せて!」


シモンがクリスティアの傍らに膝をつき守ると言う。


一瞬躊躇うが、クリスティアの顔を見て頷いた。


「私とアンネルシア様で援護するわ」


ミオーネがセリーヌの背中を押し、アンネルシアも深く頷いた。


「おばあさま、必ず呪いを解きますから!」


決意を固めたセリーヌにもう涙はない。


「お姉様、アンネルシア様いきましょう」


三人は立ち上がり司教へと向かった。




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