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73 司教の思惑


「叔父様、これはどういう事ですの」


ヴィクトリアは鋭い視線を司教に向ける。


「あぁヴィクトリア、月明りでさえも君の美しさが際立っているね」


「私が聞きたいのは、どうしてこのような状況になっているのかという事ですわ」


「まあまあ、そんなに焦らずともすぐにわかるよ」


幼い子供をあやすような声音で焦らされてヴィクトリアの視線がさらに鋭さを増す。


司教からは禍々しささえ感じるような、得体のしれぬ不気味さを感じさせる。


「ここはこちらで片付けますのでご心配なく」


マークは恭しく頭を垂れる。


「心配はしていない、ただショウキッドが冷静さを欠いているようだからマクベスが支えてあげるんだよ」


賢まっているマークの様子を見ると余程この司教を崇拝しているようだ。


「ウォルドナー司教、前に一度教会で会いましたね。しかし各国の司教が集まる祭事では見かけたことがない」


アルフレッドは視察で訪れたあの教会で一度この司教の挨拶を受けた事を思い出した。そしてセリーヌが誘拐されあの教会にいた事も。


「ええ、偽物の女神を崇める茶番に参加する意味はありませんからね」


と仮面の様に不気味に笑う。


「おばあ様に何をしたのですか?」


「これはこれは、クリスティア殿にそっくりですね、マルグリット伯爵令嬢セリーヌ殿」


「司教様にとって邪魔なのは私でしょう、おばあ様の呪いを今すぐに解いてください」


「フフ…見かけによらず気がお強いですね。女性はお淑やかでないとお嫁に行きそびれますよ」


まともに返答が返ってこないことにジリジリと苛立ちが募る。


(この方にのまれたらだめよ…今はとにかくおばあ様を助けないと)


「なぜこのような事をなさっているのですか?ここは貴方が嫌いな女神を崇め奉っている湖ですよ?」


そう来たかと楽しげな声でいう。


「わかりましたご説明しましょう。今宵あの月が沈むまでにこの湖の底に眠る箱を開け女神の魔法を開放しなければならないのです」


湖の底にある箱とは災の箱の事だろう。


「なぜその箱を開ける必要がある?」


「アルフレッド殿下はご存知ですか?本来この世界を支配していた私の先祖である真の女神が、人々を惑わす誘惑から心を守る為に皆が平等であるよう無用な感情を抑える魔法をかけていたのですよ」


民には悲しみや苦しみのない穏やかで平和な暮らしをさせてあげていたのだと司教は言う。


「妬みや憎しみのない世界になって欲しいと誰もが思うのではないですか?」


「…」


「そうでしょう。皆平和を求めているのです。その為にはこの湖に眠る箱を開け、真の女神の魔法が必要なのです」


「それは感情を無くした操り人形と言う事ですわね。それを貴方が操るのでしょう?」


「おばあ様!」


先程まで横たわっていたクリスティアがいつの間にか立ち上がり凛とした姿で司教に向かい問いかける。


安堵したセリーヌはクリスティアの元へ駆け寄ったが、間近で見ると息遣いが微かに乱れている。


「おや、あの呪いで意識があるだけでも驚きですが、立ち上がれるとは。さすが北の魔女ですね」


パチパチと手を鳴らし嫌味たっぷりに称賛の言葉を並べる。


「おばあ様…」


クリスティアは孫娘に「平気よ」と優しく微笑んでみせるとすぐに厳しい表情に変わった。


「ウォルドナー司教、あなたは民の為と言いながら、人々を自分の傀儡にしたいのでしょう?」


「それが人々の為なのです。無用な事を考えず動かしてくれる存在がいれば、争いも起こらず穏やかな日々を送れるのです」


恍惚とした表情で天を仰ぐ。


「そんなものはお断りです。私は叔父様の傀儡になりたくはありません」


「お嬢様、ご心配はいりません。貴女様は女王になるのですから、操る側です」


初めてヴィクトリアの執事が口を開いた。


「何を言っているの?」


「ヴィクトリア、私が王の座を取り戻したら君はこの国の女王になるのだよ」


「そうです、お嬢様が真の女神でありこの国の女王になるのです」


執事は地に片膝をつき胸に手を当てヴィクトリアを仰ぎ見る。


「そうだ、君はまだ気付いていないだろう。でもね、君は真の女神の生まれ変わりなのだよ」


誰かの息を呑む音が聞こえた気がする。


マクベスやショウキッドでさえも目を大きく見開き司教を見ていた。


「驚くのも無理はない。でもね、ヴィクトリアが生まれてきた時から私にはわかっていたんだ。君を産んでくれた姉には本当に感謝している」


「何を…仰っているの…」


いつも自信に満ち溢れているヴィクトリアの顔に不安と恐怖が滲んでいる。


「言った通りだよ。私はね、君を正しく導く為に剣となり盾となる。そして女王を夫として支えるに相応しいのは、その桁外れな魔力を持つアルフレッド王太子殿下、あなたです」

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