71 お見通しです
澄み渡った空に煌々と輝く月のおかげで足元がよく見える。
「今日が満月で良かったわ」
庭に出て月を見上げ満足そうに頷く。
セリーヌは幼い頃に祖母と湖を目指して山を登った事を思い出しながら今度は一人湖を目指し歩き出す。
(女神様が護る美しい湖が濁っているなんて、嫌な予感しかしないわ。おばあさまもどうか無事でいて)
これまでクリスティアの魔力で抑えていたのだが、それももう時間の問題のようだというアルフレッドの報告を聞き、胸のざわつきが大きくなった。
「みんなに黙ってきちゃったけど…ちゃんと帰ってくるから大丈夫よね」
とつぶやきながら、裏門へと向かう。
「だめよ!」
けして大きい声ではないのに通るその声にセリーヌはヒャッと息が止まりそうになる。
「フフッ驚いてる驚いてる」
ゆっくりと声のする方へ視線を向けると、ミオーネとアンネルシアがクスクスと笑いながら近づいてきた。
「お二人共どうしてここに?!」
「あなたの考えなんてお見通しよ」
「まったく、こんな夜に一人で山に入ろうなんてお転婆にもほどがある」
ミオーネもアンネルシアも呆れてはいるがどこか楽しげにも見える。
「セリーヌ、私達はあなたを湖まで導くのが役目なの。だからあなたが行くなら私達も一緒よ」
ミオーネが諭すように言うと、アンネルシアも頷いた。
「でも…何かとても悪い事が起こるような気がして…もう誰かが傷つくのは嫌なのです…」
誰も巻き込みたくなくて一人で出てきたのだ。
これから山頂で待っているのは禍々しき魔女の怨念のようなもの。
また誰かが呪いをかけられるかもしれないと思うと怖くてたまらない。
「それは私達も同じ気持ちよ。そんな危険な所にあなた一人で行かせるわけにはいかないわ」
「…」
「セリーヌはあの時意識がなかったと思うけど、私達は女神様からセリーヌを導くよう言われたんだ。だから一人では行かせられない」
あの森での事を言っているのだとすぐにわかった。
(女神様からのお言葉…)
何があろうと一緒に行くのだと二人の強い意志がひしひしと伝わってくる。
その気持ちを受け取り、それならば二人を護るまでと気を引き締めた。
「わかりました。でもアルフレッド様には…」
と言いかけた所で遮るように声がした。
「残念だけどここにいるよ」
アルフレッドとダニエル、シモンがいつの間にか後ろに立っていた。
「セリーヌ、いい加減考えてる事が分かりやすいってことわかって」
腕を組み溜息をつきながらシモンがチクリと言う。
「結局みんな揃いましたわね」
「本当ならもう少し準備を整えてから出発しようと考えていたのだが、セリーヌが動くということは今でないといけないのだろう」
アルフレッドはセリーヌを真っ直ぐに見つめている。
「何かとても嫌な予感がするのです…」
「わかった、ではすぐに向かおう」
「いえ、アルフレッド様!これから何が起きるかわかりません!アルフレッド様に何かあったら…」
「僕はそんなに頼りない男に見える?」
「いっいえ、そういう事ではなく…もし万が一アルフレッド様に何かあったら私っ」
言い終わらないうちにアルフレッドの腕の中に引き寄せられた。
「僕がどれだけセリーヌの事を大切に思っているのか…君はまだわかっていない。セリーヌ、君にこそ何かあったら僕はきっと生きていけなくなる」
潰れてしまうのではないかと思う程強く抱きしめながら、熱い想いをぶつけられ胸がギュッと苦しくなる。
「私は…」
忘れていた昔の記憶を思い出し、自らの命をもってこの世界を護らなければならないことにもう気付いてしまった。
(私は器なのに…そんな事言われたらアルフレッド様から離れるのが辛くなってしまう)
弱音を吐きそうになるのをぐっと堪える。
「アルフレッド様、あなたはこの国の王太子殿下で未来の国王となるお方。何かあってからでは遅いのです」
「それは心配しなくていい。僕がいなくてもレオンハルトがいる」
とんでもない事をさらりと言ってしまうのがこの王太子なのだ。
「そんなこと…」
「それにセリーヌはもう忘れたの?僕のプロポーズを受けたことを。僕が未来の国王というなら君は未来の王妃だ」
胸がズキリと痛む。
あの時はまさか自分がこのような宿命を背負っているなど思いもしなかったのだ。
「…申し訳ございません。それは叶わぬ夢となりました」
アルフレッドはかすかに震えるセリーヌから少し体を離し、涙を必死に堪えて気丈に振る舞おうとするその瞳を見つめる。
「言っておくが僕は君から離れるつもりはない。この先何があろうと」
セリーヌはこみ上げてくる思いを口に出すと泣いてしまいそうで、口を開かぬようアルフレッドの綺麗な瞳を見つめ返す事しかできない。
(私だって離れたくない…)
しかし瞳はそう語っているのだ。
アルフレッドの熱い視線が段々と近づいてくる。
「あー、もうそろそろいい?続きは帰ってきてからにしてもらえる?」
フワフワと浮いていたシャボン玉が弾けるように目が覚める。
呆れ顔のシモンが腰に手を当て溜息をついている。
みんなに見守られている事を思い出し、思わずアルフレッドの胸を両手で押した。
「あら、私はもう少し続きを見たかったわ」
「ミオーネ様もお好きですね」
ミオーネとアンネルシアに冷やかされて夜の暗がりでもセリーヌの顔が真っ赤になっているのがわかる。
セリーヌに胸を押されてショックを受けるアルフレッドの背中に、ダニエルがそっと手を添える。
しかしここで引くわけにいかないアルフレッドは、何とか気を持ち直してセリーヌに向き合う。
「セリーヌ、悪いが今回に限っては君の意見は聞けない。なんと言おうと一緒にいく。これは僕が勝手にする事だ」
頑丈な岩の如く、その言葉が揺らぐ事はないだろう。
「わかりました…よろしくお願いします」
諦めたセリーヌの笑顔を見たアルフレッドはその手をとって口づけた。
もう誰が見ていようと関係ないようだ。
「さあ、そうと決まれば出発しましょう」
静観していたダニエルの合図で皆の顔が引き締まる。
アルフレッドはセリーヌの手をしっかりと握りしめその一歩を踏み出した。




