70 幼い記憶
「おばあ様!小鳥が倒れています!」
「あらあら、きっと大きな鳥か何かに狙われたのね」
辺りを見回しても親鳥も仲間もいないようだ。
見るからに瀕死の状態で恐らくもう時間の問題だろう。
「かわいそうだけどこれも自然の摂理なのよ」
「しぜんのせつり?」
「そう、生きとし生けるもの皆いつか終わりを迎えるの」
「みんな?」
「そうよ」
「でも…じゃあどうしておばあ様は人の傷を治したり病気を治してあげるのです?」
「セリーヌ、私達は神様ではないし万能でもないの。出来ることはもちろん精一杯やるけれど、出来ないこともあるのよ」
「ではこの小鳥はもう助けられないという事ですか?」
「残念だけど。私達が今出来ることはこの小鳥が心穏やかに女神様の元へ召されるのを見守ることよ」
「でも…でも…まだ生きてます。こんなに小さいのに…かわいそうです」
「セリーヌ」
「私が治してあげます!」
「ダメよセリーヌ!」
クリスティアの言葉を聞かずセリーヌは両手で小鳥を包み込み森の奥へと走り出した。
「セリーヌ!」
幼くてもすばしっこいお転婆令嬢はあっという間に森の中に隠れた。
「はぁ、はぁ、ここまでくれば大丈夫ね」
慎重に周りを見渡してクリスティアを巻けた事を確認し手を開いた。
「まだ息はあるわ!小鳥ちゃん大丈夫よ、私が助けてあげるからね」
もう一度両手を閉じて祈る。
しかし、まだ魔女になる為の訓練を始めたばかり。
そんな高度な事が出来るわけもなく呪文を唱え魔力を放出するが、微かに手の中が光るだけで一向に小鳥の様子は変わらない。
「どうして?この前お父様の傷を治せたのに…」
そうしている間にも小鳥はどんどん衰弱していく。
もう一度集中するが、何度やっても変わらない。
「どうして…どうしよう…小鳥ちゃん死なないで」
成すすべもなく、助けてあげる等と期待だけさせてしまった事への後悔が幼いセリーヌにのしかかる。
「ごめんなさい…治してあげるって言ったのに…私は嘘つきね」
ポロポロと大きな目から涙がこぼれ落ちる。
「うっ…うっ…女神様…この小鳥ちゃん…助けてっ…ください…お願いします…お願いします」
もう女神に祈るほかない。
両手で包んだ小鳥を胸に、ただただひたすらに女神に祈った。
『よかろう、その願い叶えてやる』
突然、頭の中で聞いたことのない声が響いた。
「ひっ…く……え…」
『お前はこの小鳥を助けたいのだろう』
顔をあげて辺りを見回しても誰もいない。
しかし、不思議と怖さも感じない。
「はい、治してくださるのですか?」
『いいだろう。だが、そうなるとお前の魔力を使わなければならないが、その幼い体がそれに耐えられるのかはわからない。小鳥を助ける代わりにお前が苦しむのだ。それでも良いのか?』
悩むことなく一つ返事でこくりと頷く。
全く無鉄砲にも程があるが、生まれ持った性質なのだろう。
『わかった』
頭の中の声が了承したと同時に全身が熱を持ったように熱くなる。
そして両手の中からもの凄い閃光が走った。
『願いは叶えた。お前は私の器。もしこの先も多くの者を救いたいと願うのなら、魔力を強化しそれに耐えうる体と精神力を身につけよ。お前の役目はその身をもってこの世界を守る事、それが器である者の使命なのだ』
そう聞こえたのを最後にセリーヌは気を失った。
遠くの方で微かにクリスティアの声が聞こえた気がする。
*****
「そうだわ、私どうして今まで忘れていたの…」
「セリーヌ、どうした?大丈夫か?」
「はい…ただ、幼い頃に同じような事があったのですが今の今まで忘れておりました」
アルフレッドは以前クリスティアから聞いた話を思い出した。
(クリスティア殿が初めてセリーヌの首に痣を見つけたときの事か)
「幼い頃の事なら忘れている事もあるだろう」
「そうですね…」
セリーヌは自分の手を見ると、元気を取り戻した小鳥が可愛く鳴いている。
「あぁごめんなさい、兄弟達の所へ戻してあげるわね」
ゆっくりと巣へ戻しみんな無事だったことを喜んでいると、そこへ親鳥がニ羽が飛んできた。
「すごいな、十倍はある大きな鳥を追い払ったのか」
見れば木の上を旋回していた鳥はいなくなっている。
「本当にすごいです…守るものがあるというのはこんなにも強くなれるのですね」
囁くように言うセリーヌが今にも消えてしまいそうに見えたアルフレッドは思わずセリーヌの肩を強く掴んだ。
「セリーヌっ」
その強さに驚いたセリーヌが目を丸くしてパチパチと瞬きをしている様子に、思い違いだったと肩を撫で下ろした。
「はいっ、どうされたのですか?」
「…いや、何でもない。日も暮れてきたしそろそろ屋敷に戻ろう」
「そうですわね、すっかり長居してしまいました。ところで、アルフレッド様はお兄様と朝早くに北山の山頂にいるおばあ様に会いに行かれたのではなかったのですか?」
山頂まで行くにはここからでも3日はかかるはず。
「あぁ、行ってクリスティア殿にも会ってきた。近道があってね、そこからだとすぐだったよ」
そんな道があるとは知らなかったセリーヌはどうして自分には教えてくれなかったのかと少々膨れているが、王家の者しか通れないと聞いて納得した。
「早くセリーヌにも会いたがっていたよ」
「そうなのですね!私もおばあ様にお会いするの楽しみです」
いつものセリーヌに安心するが、それでも先程一瞬だったが消えそうなセリーヌの姿に、一抹の不安を覚える。
(この嫌な感じが杞憂であればいいが…)
セリーヌの手を強く握りながら屋敷へと向かう帰り道、段々と藍色に染まっていく空に浮かぶ星を見つめているセリーヌの瞳に涙が溜まっている事に気づく事はなかった。




