7 薔薇の令嬢ヴィクトリア
「あなたがマルグリット伯爵令嬢ね」
学園の中庭を歩いていると、漆黒の艷やかな髪に映える真っ赤な口紅が目に飛び込んできた。
華やかな美女が前に立ちはだかりこちらを睨みつけている。
(なんて綺麗な方なの。まるで薔薇の花のようだわ)
ぽーっとその人を見ていると
「ちょっとあなた、あなたに聞いているのよ」
「あっ、失礼致しました。つい見惚れてしまって…」
予想外の返答に薔薇のような令嬢は一瞬たじろぐが何とか平静を保った。
「仰るとおり私はマルグリット伯爵家の娘、セリーヌ・リリー・マルグリットと申します」
「そう、あなたねアルフレッド王太子殿下に付きまとっているご令嬢って」
「………えっ?」
「先日王太子殿下がこの学園にいらした時にあなたが身分も弁えず王太子殿下を引っ張り回していたのでしょう」
「そうですわ!私この目で見ましたもの」
いつからいたのか薔薇の令嬢の後ろから取り巻きの声が聞こえてくる。
(この方の圧倒的な存在感で他の方に気づかなかったわ)
「何か誤解なさっているようですが、私が引っ張り回していたなどと、そのような恐れ多い事はしておりません」
「口ごたえするのね。皆が見ているのよ?」
「あなた、この方がどなたかわかっていてそのような態度なの?」
またもや後ろから声がする。
「世間知らずの田舎者ゆえ存じ上げず申し訳ございません」
「いいわ、私はヴィクトリア・ローズ・ベネディクトよ」
ベネディクトといえば、鉱山をいくつも所有しこの国の経済を担う家柄であるベネディクト侯爵家だ。
「ヴィクトリア様は侯爵家という貴族の中でも高位のお家柄だけではなく、頭脳明晰な上この美貌、何をとっても一流のお方なのよ!きちんと覚えておきなさい」
「はぁ…」
「メリルさん、それは言い過ぎよ」
「いいえ、言い足りないくらいですわヴィクトリア様」
「メリルさんの仰る通りです!ヴィクトリア様よりお美しい方はおりませんわっ」
話が通じない上に、取り巻き達の褒めあい合戦にうんざりしてきたセリーヌは
「私はこれで…」とこの場から立ち去ろうとするがまだ開放してはもらえないようだ。
「待ちなさい、セリーヌ嬢。聞けばあなた婚約者に逃げられたそうね。婚約者がいなくなった途端アルフレッド様にすり寄るなんて淑女の風上にも置けないわ」
「ですから、先程も申し上げた通り…」
「言い訳なんて見苦しいですわよセリーヌ嬢。ミオーネ様がいなくなった今、ヴィクトリア様こそ王太子殿下の婚約者となるべくお方なの。あなたに王太子殿下の周りをうろちょろとされると目障りですの」
「シェイラさん、まだ私が婚約者になったわけではないのですよ」
「いいえ、ヴィクトリア様に決まっています!ねえ、メリルさん」
「そうですわ、ミオーネ様はたまたま公爵家にお産まれになったから王太子殿下の婚約者でしたけれど、本来殿下に相応しいのはヴィクトリア様ですもの」
気分を良くしたヴィクトリアの鼻が上を向く。
(ふんふん、取り巻きの方はメリル様とシェイラ様ね)
「これはこれは、ベネディクト侯爵家のご令嬢ヴィクトリア様お久しぶりでございます」
突然男性の声がした方へ視線を向けると、そこには王太子の専属執事であるサイラスが立っている。
「あら、お久しぶりでございますサイラス様。アルフレッド様はお変わりありませんか」
「はい、相変わらず忙しくされています」
「そうですの、今度当家で開く夜会にいらして頂けないかと思っておりましたのですが」
「ええ、招待状は侯爵家から頂いております。公務の関係もありますからそちらが片付けば、参加させて頂けると思いますが…何せ殿下は多忙につきお約束は難しいですね」
「もちろんですわ。アルフレッド様にはご無理なさらないで頂きたいと思っておりますので」
「ヴィクトリア様のお気遣いに感謝致します」
「そんな他人行儀な事仰らないでくださいませ。私はアルフレッド様をお支えしたいと思っておりますし、きっともうすぐ…」
キャッと顔を赤らめて両手で覆った。
「ヴィクトリア様っ!きっとすぐですわ」
と取り巻き二人が盛り上がっている。
この3人の世界に入れる者は恐らくいないだろう。
「では私はこれで」
とサラッと流してサイラスは立ち去った。
去り際にこっそりセリーヌに手紙を渡して。
「セリーヌ嬢、これでわかりましたでしょう?くれぐれもヴィクトリア様の邪魔はしないでくださいね」
そう言い残して三人はキャッキャと立ち去って行った。
「色々勘違いなさっているわね…」
物陰からシモンの笑い声が聞こえてきた。
どうやら今のやり取りを見ていたらしい。
「シモン、笑いごとじゃないわよ」
「いやいや、盛大に勘違いしすぎて…ぷぷっ」
「まったく、私は笑えないわよ」
「ごめん、ごめん」と涙を拭きながら謝っているがどう見ても面白がっているではないか。
セリーヌは溜め息をつきながら手元の手紙を見た。
サイラスはヴィクトリア達に絡まれている所を助けてくれたのだ。
恐らく手紙を渡すところを見られたらさらにキツく当たられるだろうと気を使ってこっそり渡してくれたのだろう。
「できる執事は違うわね」と変な所で関心しながら手紙の封を開けた瞬間、フワリと花のような香りがする。
そこには王太后サンドラ様から学園の休日にまたお茶会をするから来てほしいと記してある。
「サンドラ様からお茶会のお誘いだわ!」
「セリーヌはずいぶんサンドラ様に気に入られたみたいね」
そう言われると何だか嬉しくなる。
手紙には更にお茶会で会わせたい人がいると書かれている。
「どなたかしら?」
とそこも気になるが、何せ先日のお茶会で出された菓子の美味しかった事。
思い出してはうっとりしている。
今度はどんなお菓子が出るのかとまだまだ色気より食い気のお年頃なのであった。