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69 思い出の場所で

「一体何があったの…」


セリーヌは幼い頃からお気に入りのこの高台で広い茶畑を眺めていた。


朝食の席では他愛のない話で終始和やかだったが、どこか皆が落ち着かない様子だった。


朝食後には探したい本があると言ってダニエルは書庫に行き、アンネルシアは体がなまってると肩を回しながらシモンを連れて屋敷裏の森へ入って行った。


ミオーネも何やら考え込んでいる様子で客間に戻り、一人になったセリーヌは久しぶりに屋敷を抜け出してふらりと街の様子を見て、この高台までやってきた。


「う〜ん、やっぱりここは最高ね」


できる限りいっぱいに伸びをして、淀みのない澄んだ空気を胸いっぱい吸い込んだ。


子供の頃のように木陰で寝転がってみると葉っぱの間から差し込む日がキラキラと輝いて見える。


木の上にある鳥の巣からは小鳥たちの小さな嘴が見え隠れしている。


「ふふっ、何兄弟かしら」


そよそよと揺れる木々の音、茶畑を吹き抜けてくる風に葉の香りが心地良い。


目を閉じてこの大地の音を感じていると、しばし現実から離れる。


(こうして目を閉じていると空に浮かんで風に乗って流れているみたい…)


「やっぱりセリーヌはここにいた」


その声で一瞬にして現実に引き戻された。


慌てて体を起こし後ろを振り返ると、いつもの穏やかな笑顔でダニエルが近づいてきた。


「懐かしいな、最後にここに来たのはいつだったかな」


「何か探し物をされていたのではなかったのですか?」


「ああ、少し休憩して外の空気を吸いたくなってね」


ダニエルがセリーヌの横に座ると幼い頃の二人が蘇る。


「ダニエルお兄様とここでお話をしていたのがずいぶん昔のことのようですわ」


「そうだね、あれから色々あったな」


まだ幼かった二人もこうして成長して懐かしい思い出話に花が咲く。


ひとしきり笑いあったところでダニエルの表情が真剣なものに変わった。


「今更だけど、セリーヌには酷いことをしてしまった…本当にすまなかったと思っている」


深く頭を下げるダニエルに、慌てて頭を上げるように言っても頑なにその姿勢を崩さない。


「もう過ぎた事ですしそんなに謝る必要はありません!私の方こそダニエルお兄様にはずっと私のお守りをさせてしまって…私が子供だったばかりに」


「いや、そんな風に思ったことは一度もない。セリーヌの事を大切に思っていた事は本当だ。だけど…突然あんな手紙一つで姿を消してしまって、その後に残されたセリーヌがどんな目に遭うかなんて考えていなかった」


苦そうな表情で謝るダニエルの気持ちが痛い程伝わってきた。


常に冷静沈着で何にも動じないダニエルが、他の事を考えられない程ミオーネの事でいっぱいだったのだろう。


「あの時はたしかに驚きました…でも離れてみて、私にとってダニエルお兄様はお兄様なんだと気づいたのです。兄弟のような幼馴染の大好きなお兄様なんです」


ダニエルはゆっくりと顔を上げてセリーヌを見る。


「うん、僕にとってもセリーヌはずっと可愛い妹のような存在で今もそう思っている。それに僕とミオーネの恩人でもある。だからこの先セリーヌの為ならどんな事でもするつもりだ」


「そんな大袈裟ですわ」


クスクスと笑っているセリーヌにダニエルは真剣に答える。


「いや、大袈裟なんかじゃない。きっとミオーネも同じように思っているはずだよ」


そんな風に言われると何だかくすぐったいが、ここは真面目に答えなければと姿勢を正す。


「ありがとうございます、ダニエルお兄様。私はミオーネお姉様の事も同じくらい大好きですし、お二人が仲良くされているのを見るととっても幸せな気持ちなのです。ですから、私の事を思って下さるならミオーネお姉様とずっと幸せでいてください」


(やっぱりお二人には幸せでいてもらわないと!ダニエルお兄様といる時の可愛らしいミオーネお姉様を見るのも好きなのよね)


ミオーネの様子を思い出して顔が綻ぶ。


心からの言葉を口に出して伝えた事で気持ちがとても晴れやかだ。


一瞬、ダニエルの顔が泣きそうに見えたのはきっと影のせいだろう。


気がつけばいつの間にか日も傾き、影が長く伸びている。


満足気な顔のセリーヌを見て、ダニエルは幼い頃のように頭を優しく撫でた。


「あぁ、それはもちろんそのつもりだ」


揺るぎない真っ直ぐな目で、ミオーネを一生かけて守るのが己の役目だと強く頷く。


とそこへ、頭を撫でるダニエルの手を掴む別の手が視界に飛び込んできた。


「おい、何をしている」


低く鋭い声のする方に視線を向けると、アルフレッドがダニエルの腕をつかみ睨みつけている。


指が食い込むかと思う程の力でその腕をセリーヌの頭から引き離した。


「アルフレッド様!」


「いてて…ふぅ…一応弁解させていただきますが、貴方が思っているような事は何もありませんので」


痕がつきそうなほど強く握られた腕を擦りながら、少々呆れたようにセリーヌとのやり取りをアルフレッドに説明した。


「アルフレッド様、本当です!前にもお伝えしましたが、ダニエルお兄様は私にとってお兄様なのです」


(あぁ、変に誤解されたくないのにっ)


「………でも本当の兄ではない…」


ボソリと呟く。


「いえっ、そうですが、そうではなくてっ」


セリーヌが慌てて説明しようとしている横で、ダニエルは長いため息をついた。


「殿下、ここはきちんとお二人でお話されるべきだと思いますので私はこれで」


(えっ?!ダニエルお兄様行ってしまうの?!こんな状態でアルフレッド様と二人にしないでっ)


ダニエルを引き止めたくて手を伸ばそうとしたが、あっという間に姿が見えなくなった。


沈黙が流れる。


(あぁ…怒ってるわよね…)


重苦しい空気に耐えられなくなったセリーヌが意を決して恐る恐るアルフレッドの顔を見上げる。


「あの…アルフレッド様…」


「…」


「怒って…いるのですか?」


ゆっくりとセリーヌに向けるアルフレッドの顔が氷のように冷たい。


胸にナイフが刺さったかのように痛む。


(私は嫌われてしまったの…)


泣きたくなる。


しかしそれでも何とか誤解を解こうと思うが、言葉に詰まって声が出ない。


それでも気持ちを伝えようと顔を上げると、ふいにアルフレッドに抱きしめられた。


「えっ…ア…アルフレ…ッド…さ…」


「ダニエルが君に触れていて…二人が楽しそうにしているのを見たら頭に血が登ってしまって…自分でもこの気持ちをどう抑えたらいいのかわからない」


息ができないほど強く抱きしめられる。


「あっ…の…苦…しいで…す」


「すっ、すまない」


我に返ったアルフレッドは力を緩めてセリーヌの顔を覗き込む。


ものすごく近い距離でアルフレッドと目が合った。


(いつ見ても吸い込まれそうな綺麗な瞳…)


そんな場合ではないのについその瞳に見惚れてしまい、無意識にアルフレッドの顔に手を伸ばしていた。


「セリーヌ?」


「あっ、ごめんなさいっ、つい触れたくなって…」


思わず本音が漏れると、今度はアルフレッドの顔が赤くなる。


何度も口付けを交わしているのに未だに初心な二人である。


「はぁ…セリーヌには勝てないな。もう僕は君に翻弄されっぱなしだよ」


セリーヌの肩に頭を乗せて降参する。


「アルフレッド様を翻弄だなんてっ、そんな高度な事私にはできません」


「ははっ、もう何であんなに怒っていたのかわからなくなったな」


セリーヌの顔を両手で包み、額と額を合わせる。


「つまらない嫉妬だ。すまない」


「いえ、嫉妬して下さるなんて…ちょっと嬉しい…です」


セリーヌは顔を赤らめながらゴニョゴニョと呟く。


「セリーヌはまだ僕の事を分かっていない。僕だって恋人が他の男と親しくしていれば嫉妬もする」


「こっ恋…恋人…」


「ん?違うのか?」


「ち…違い…ません…」


一気に体中の血が巡り体温が上昇するのがわかる。


(恋人って、恋人って!)


恋人という言葉が頭の中をぐるぐる回る。


「最近は君の心の声があまり見えなくなったから少し寂しかったんだ。でもやっぱりセリーヌはセリーヌだな」


嬉しそうに笑うアルフレッドの笑顔にまた見惚れる。


自然と見つめあい距離が近くなる。


もう少しで唇が重なるという所で、突然頭上からバサバサッという音と共に何かが木の上から落ちてきた。


「なんだ?」


「あっ、小鳥たちが!」


見れば巣ごと地面に落ち小鳥たちが巣の外に放り出されている。


木の上では嘴の鋭い大きな鳥が旋回し、それに対して親鳥が小鳥たちを守ろうと必死に敵を追い払おうとしている。


「あの鳥に襲われたのだな」


「なんてこと、まだこんなに小さいのに」


小鳥をすくい上げながら巣へ戻すも、一羽だけがぐったりとして動かない。


「まずいな、落ちた衝撃が強かったのだろう」


セリーヌは小鳥に耳を近づける。


「大丈夫です、まだ微かに息はありますから私の治癒魔法で」


そう言うなり手をかざして小鳥に治癒魔法をかける。


その瞬間、セリーヌの脳裏に同じような光景が蘇った。


あっという間に元気になってピヨピヨと鳴いている小鳥を手に乗せたまま動きが止まった。


「セリーヌ?どうした?大丈夫か?」


心配そうにアルフレッドが肩を掴む。


「私…以前にも同じような事があって…」


(思い出した…あの時も…)


セリーヌは手の中に温もりを感じながら、忘れていた記憶の糸を引き寄せた。



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