67 森の奥へ
「皆様足元お気をつけ下さい。この辺りからは段々道が荒くなりますので」
朝食を終え、館の主人が森の奥へと皆を案内しているところだ。
幼い頃から森で遊び慣れているセリーヌは令嬢とは思えないほど軽やかに進んでいく。
とはいえ、王都で生まれ育ったミオーネもいつもと同じ美しい姿勢のままこの荒れた道をも優雅に歩き、アンネルシアについては言うまでもない。
女性達がこのような道を歩けるのかという主人の心配は全く必要なかったようだ。
「こちらでございます」
獣道のようなところから急に視界が開け、そこだけぽっかりと森に穴が空いているように見える。
そして中央には巨大な岩を真っ二つに切ったような石碑が立っており、その切口には何か文字のような物が掘られているが何と書いてあるのかは分からない。
館の主人もどうやら知らないようだ。
ここだけ何か違う空気が流れているようで、ピンと張り詰めて少し緊張感が漂う不思議な空間である。
「ここは…」
(なんだかとても懐かしいような…)
セリーヌはじっと石碑を見上げている。
館の主人も同じように見上げ、代々守り繋いできたこの場所に女神を案内する役目として自分が選ばれた事が誇らしく、また感慨深く胸が熱くなる。
「私達館の主はこの場所を守るために森の入口で門番のような役目を担って参りました。あぁ…本当にこのような日が来るとは…」
石碑の前で自然と手を合わせて涙がこぼれ落ちた。
「うーん、これはまさに一刀両断。一体どんな人がこんな大きな岩を切ったのだろう」
アンネルシアとダニエルは各々で石碑の周りを観察し興味津々のようだ。
「セリーヌ?どうした?」
アルフレッドはセリーヌの様子がおかしいことに気づき声をかけるが反応はない。
「セリーヌどうしたの?どこか具合でも悪いの?」
ミオーネも心配になりセリーヌの顔を覗き込むが、一点を見つめながらどこか違う世界へ行ってしまっているのではと思うほど、反応がなくまるで人形のようだ。
その声を聞き皆が集まり心配そうに様子を見ていると、突然セリーヌが口を開いた。
『この森の守り人よ、よくぞこれまでこの場所を守ってきた。人間の時間にすれば途方もなく長かったであろうな』
セリーヌの声なのだが、重々しく跪かずにはいられないようなそんな声に誰もが気づいた。
「そのお声は…女神様ですね」
皆が膝を付き視線を下げている中、アルフレッドが左胸に手を当て恭しく尋ねる。
『お前はこのルカニア国の王子であるな』
「はい、アルフレッド・サーシス・ルカニアと申します」
『うむ。お前達もよくぞここまで導いた』
セリーヌの姿をしていても、明らかにセリーヌではない。
『この場所はあの泉の神殿に繋がっているのだ』
まさかと思うがそれは北山の山頂にある湖のことかと問う。
『そうだ、そこに繋がっている』
ここからはまだまだ何日もかかるあの山の上の湖の畔にある小さな神殿に繋がっているという。
『お前も移動魔法が使えるのだろう。ならば何を不思議に思う』
さすが女神だけあって、人の魔力量も魔法の属性もその者を見ればわかるらしい。
「私はそこへ行ったことがありませんので魔法で行くことはできません…しかしもし仮に行けたとしても皆を連れて一度でその距離を移動することは不可能です」
『人間とはなんと弱いものか』
女神はふぅとため息をつき再び皆に目を向ける。
そして石碑の前に立ち、そこに彫られている文字に手を当てた。
『扉を守りし者よ、泉への道を開け』
すると文字が白くまぶしく光り石碑自体が七色に輝いている。
「おお…なんと神々しい」
皆は眩しさに目を細めながらもしっかりとその様子を見ている。
石碑が神殿への入口となり、そこをくぐれば向こうは北山の山頂ということだ。
偶然立ち寄った街のはずだけれど、自然と導かれたという事なのか。
『これから泉へ行った後、聖女二人は泉の底にある災の箱までこのセリーヌを導くのだ。禍々しきものが溢れないよう、この者の身をもって止めなければならないのだから』
一瞬皆の動きが止まった。
「あの…今なんと…」
アルフレッドは聞き間違いかと思い聞き返した。
『セリーヌは泉の底にある災の箱の鍵となるのだ。一度箱が開いてしまえばこの世界は暗く淀み、悪しきものがこの世界を覆い尽くすだろう。私がこの世に降り、守るためには私の器となり共に祈りを捧げる人間が必要なのだ』
だからこそ女神の生まれ変わりとなる者は強大な魔力を持ち、女神と共にこの世を守るために存在するのだという。
あまりに突然の話に誰もが息をのむ。思考が追いつかない。
『お前たちは何も知らずにこの者と共に泉へ向かっていたのか』
「そんな…嘘よ…セリーヌが…」
ミオーネは驚愕で瞬きをするのも忘れユラユラと首を振る。
「セリーヌはこの事を知っているのでしょうか」
ダニエルが何とか冷静を装いながら声を発する。
『器となる者の殆どは直前まで知らされない事が多いな』
幼い頃から恐怖心を持ちながらその日まで生きるのは辛い。だからこそ十六の儀式を行うまでは知らずにいるものが多いのだろうと表情を変えず淡々と女神は話して聞かせる。
しかし皮肉にもその顔はセリーヌなのだ。
予想だにしない事態に誰もが耳を疑う。
「…それはつまり…生贄のような物ではありませんか」
アルフレッドは手が震えるのを必死で堪え、強い視線を女神へと向ける。
『お前達の言葉で言うならばそうなのだろう。しかしそれが出来るのは私の力を受けられる器のみ。特別な者だけなのだ』
今やアルフレッドは手の平に爪が食い込み血が滲むほど拳を握っている。
「そんなの…あんまりです…」
ミオーネは口元を押さえ、震える声が小さく消えていく。
『ならばこの世界が悪しき物に支配されるのをお前達が止められるというのか?』
この問いに答えられる者がいるのだろうか。
穏やかな風が吹く中、鳥のさえずりだけが森に響いていた。




