65 森の守り人
街外れにある宿屋の前でシモンが待っていた。
森の入口に佇む古い館はまるで森を守る門番のようだ。
「ずいぶん古い建物だな」
「どこもいっぱいでようやくここを見つけたのですが、宿屋の主人が偏屈なじいさんで気に入った者しか泊めないようです」
「それはまた…」
「じぁあシモン達が気に入られたおかげね」
セリーヌが喜んでいるとシモンは渋い顔をする。
「気に入られたのはミオーネ様とアンネルシア様よ…あの爺さん単に若い娘が好きなだけじゃないの…」
それが面白くなかったようでシモンはブツブツと愚痴をこぼす。
癖の強い主人のようだ。
「そうか、じゃあシモン案内してくれ。セリーヌとリリアンは僕の後に」
女性二人を庇うように先にシモンとアルフレッドが先に入る。
「ご主人、連れの三人が到着したので部屋へ案内してもらえる?」
斜に構えてジロリと目だけを動かし男二人を見ると僅かにため息をついたように見えたのは気のせいではないだろう。
「こっちだ、ここは儂しかいないから荷物は自分で持て」
とても客商売をしているとは思えない態度で渋々案内を始める。
「さっきの女性二人に対する態度と違いすぎ…」
小声でシモンが言うとジロリと一瞥し鼻で笑う。
シモンの額に青筋が浮く。
気怠そうに案内をしようとした時、アルフレッドの後からひょこっと出てきたセリーヌを見るなり主人の動きが止まった。
(このっ…爺さんどれだけ若い娘が好きなのよ)
シモンは呆れ、アルフレッドが少々警戒を強めるが何か様子がおかしい。
しばらく固まっていた主人はゆっくりと床に両膝をつき胸の前で手を組んだ。
「やっと…やっと…」
突然のことに皆がぎょっとする。
「あのっ、どうされたのです?」
セリーヌが心配そうに声をかけると、目が合っているように見えて主人は違う何かを見ているようだ。
「あぁ…もう私が生きている間に来てくださる事はないと諦めておりました…本当にありがとうございます。どうか、どうかこの国をお救いください」
主人は声を震わせながら涙ながらにセリーヌへ訴えている。
(このご主人…もしかして女神様が見えているのかしら…)
その時ちょうど階段からダニエルとミオーネ、アンネルシアが降りてきて何事かと驚いて様子を伺っている。
「ご主人はこの娘に会ったことがあるのですか?」
「この娘…あぁ、いやそちらのお嬢さんにお会いするのは初めてだ」
涙を拭いながらそっちではないと首を振る。
「そちらのお嬢さんと一緒におられる、私などが口にするのも恐れ多いお方を私達はずっとここでお待ちしていました…」
セリーヌを見ているようでそうではない。やはり女神が共にいることをわかっているようだ。
「ここで待っていたというのは?」
アルフレッドの問にハッとしたようで急に目が泳ぐ。
「それは…」
「何を知っている?」
「……取り乱してしまった。申し訳ない。先にそっちの素性を教えてくれ」
未だ膝を付いた状態で下からジロリと睨みあげる。
「ちょっと待て、そちらが先に質問に答えるべきだろう?」
厳しい口調でダニエルが階段を降りてくる。
「見ず知らずの者等に簡単に話せることではない。君達が信用に値するのか知る必要がある。もしこのお方とお嬢さんが誘拐されて来た等ということであれば…」
ピリッとした空気が流れる中セリーヌが主人の前まで進みゆっくりと膝を床につけた。
「ご心配なく、私は誘拐などされておりません。ご主人は私と一緒にいるお方の事をご存知なのですね?」
「セリーヌ!」
シモンが慌てて話を止めようとするがそれをアルフレッドが制した。
今度はしっかりと主人と目が合い、胸の前で組んでいる手に力が入ったのがわかる。
「はい、あなたと一緒におられるお方を私達はずっとお待ちしておりました」
「そうですか、もし宜しければもう少しお話をさせて頂けませんか?私はマルグリット伯爵の娘セリーヌ・リリー・マルグリットと申します」
目線を合わせながら穏やかな口調で安心させるように名乗ると、主人は目を潤ませ体を微かに震わせながら一つ返事で深々と頭を下げた。
「さぁさぁ、こんな床でお話をしていては足が冷えてしまいますわ、どこか腰掛けてお話してもよろしいかしら」
ミオーネが明るく声をかけ、アンネルシアが主人の両肩を支えながら立ち上がらせた。
セリーヌも立ち上がりながら裾を直す。
「ここは天国でしょうか…」
ほんのり蒸気した顔の主人は、まるでこの世ではない何処か夢の世界にでも迷い込んでしまったかのようだ。
「んん、あーご主人、そういうことで落ち着いて話せる場所へ案内してもらえますか?」
美しい3人の美女たちに介抱されて惚けている主人を見てアルフレッドが目を覚まさせる。
落ち着きを取り戻した主人は、まだ浮足立つ気持ちを素直に表しながら奥にある食堂へと皆を案内した。
長いテーブルを皆で囲み、主人が魔法でお茶を出しもてなすが明らかに女性と男性で格差を感じる。
「ご主人は魔法で色々出すことができるのですね!」
目の前にパッとお茶が現れたのでセリーヌは驚きとともに嬉しそうだ。
「はい、代々この家を守るものはこの魔法が使えるのです。料理も掃除もできますから良かったらディナーもご用意いたしますよ」
それは嬉しいと美女達の声を聞き満足気に頷く。
デレデレと鼻の下を伸ばしている主人を見兼ねてダニエルがいつになく低い声で本題にと促す。
「食事はありがたいがまずは先程の話が先だ。あなたは何を知っている」
「そう焦りなさんな。全くせっかちな男は好かれんぞ」
シモンの次はダニエルの額に青筋が浮く。
アルフレッドがダニエルの肩に手を起き落ち着かせる。
「すまないが、こちらとしても先程の事は後に回せるような話ではない。話を聞いても良いだろうか」
先程まで外套で顔があまり見えなかったがそれを抜いだ今、アルフレッドの美しさや醸し出される気品に何かを感じたらしい主人は素直に応じた。
「私が知っていることを話そう。ただし先程の私の質問にだけは答えて欲しい。この話をする上で君達が何者なのかとても大切な事なのだ」
「わかった。ただ、こちらも素性を知られぬようこの旅を続ける必要がある。こちらのことも他言無用で頼みます」
そう付け加えてアルフレッドはこの国の王太子であることを明かすと、主人は椅子から転げ落ちた。
まさかこんな所に王太子がやってくるとは思ってもみなかっただろう。
そして次々と明かされる名や身分を聞き、今や主人の顔は真っ青だ。
「あの…これまでの失礼をお許しください。申し訳ございませんでした。しかしなぜこのような所に…いや、私なぞが聞いて良い事ではないですね」
主人の膝はまた床に戻った。
「ご主人、話しにくいから椅子に座ってくれないか」
アルフレッドに言われ一瞬悩んだが恐る恐る椅子に座ったが、背中を丸めて小さくなっている。
「こちらは身分を明かした。そちらの話を聞かせてもらえるだろうか」
アルフレッドは主人を怯えさせると話が進まないと思いできる限り優しく促す。
「はい、ありがとうございます。私はこれを話す相手を間違えるわけにはいかず皆さんの事を知る必要があり失礼致しました」
主人はゆっくりと話し始めた。
この館は二百年は超えるほどの歴史がありこの森の守り人として代々受け継がれてきた。
「この森の奥にはその昔女神が降り立った場所と言われその証として石碑が建てられておりまして、神聖な場所ですので私達がその場所を守るものとして役目を授かって来ました」
不用意に人が立ち入らぬよう、代々この館の主人となった者が守り続けてきたのである。
「その役目を受け継ぐ者に備わっている力なのですが、人の纏う光の色が見えるのです」
「人の纏う光の色?」
「はい、珍しい能力だと思いますが人には皆纒っている色があるのです」
「古い文献で読んだことがある。稀に人の色が見える者がいると。それは魔力の色と言う者もいれば、善人と悪人を見分けられるとか、病気の人がわかる等様々だとか」
ダニエルは頷きながら興味深く聞き入っている。
「そうですね。見え方は人それぞれあるようです。私はこの館に迎え入れる客はその色で決めておりました」
通常は大体2〜3色が重なり合っており濃淡や強く出る色があったりと様々。
しかし、中には濁ったような不快と感じる色を持った者がいる。そのような者は強盗や人攫い等悪事を働くものが多いと先代の主人から教わっていた。
「ですから、意味を考えた事はありませんが私の基準はその色にありました」
なるほどと皆が納得する中、シモンだけは未だに若い娘を選んでいまいかと疑っているが言わずに黙っておく。
「ご主人の力のことはわかった。それで、なぜセリーヌを見てあのような事を言っていたのだ?」
「はい、良からぬ者の纏う色を教わると同時にこの世にお一人だけ存在する光の色があると教わりました。それは純白のベールのような上に七色の光が輝いていると」
「なるほど、それがセリーヌの纏う色だということなのだな」
「はい。その色を纏うのは女神様の生まれ変わりだとも伝えられております。数百年に一度この国に災いが降りかかろうとする時女神様が現れるという言い伝えを私も次の代に伝えなければなりませんが…」
しかし若くして伴侶を亡くした為に子はなく、色が見える者もそう簡単にいるわけではない。それに見えれば誰でも良いというわけでもない。
後を継げる者が見つからず、当代でこの館も終わってしまうと肩を落とす。
予想されていた時期に女神の来訪はなく、それまでに自分の命が尽きてしまうかもしれないと思い悩んでいたという。
「もし女神様がこの森を訪れる時には、私達が案内人となって奥にある石碑までご案内する事になっております」
「石碑に何かあるのですか?」
セリーヌの声に反応するが、眩しそうに目を細め視線を反らした。
「石碑に何があるのか詳しいことは私にはわかりませんが、私達はとにかく案内役としての役目を仰せつかっているのです」
「そうですか…ではそちらへ案内していただけますか?」
「はい、今日はもう日が暮れておりますから明日ご案内致します」
こうして話を終えると、もうすでに夜空に星が瞬いている。
「遅くなってしまいましたが、腕によりをかけてお食事をご用意致しますのでどうぞ今しばらくお寛ぎください」
そう言うなり主人は腕まくりしながら張り切って厨房へ向かった。
そして主人が作った渾身の料理を堪能し、満足したところで各自部屋へと別れた。
まだ初日とはいえ、慣れない旅の疲れからかセリーヌはすぐに眠りにつき夢の中へと誘われていった。
その手には大事そうに野ばらの髪飾りを握りしめて。




