63 浮足立つ心
「セリーヌ良かったわね、アルフレッド様が来てくれて」
ミオーネはからかうように言っているが、本心はホッとしていた。
(このまま会えずに遠く離れるなんて寂しいわよね。まぁ、アルフレッド様の方がきっと耐えられないと思うけど)
「まさかアルフレッド殿が来るなんて驚いたよ。王太子を山奥に行かせるなんて国王陛下もすごいね」
感心しているが、どの口が言っているのかと言わんばかりに二人はアンネルシアをじっとりと見ている。
「ははっ、そうだね私も王族だ」
「ふふっ、アンネルシア様がこんなに楽しい方だったなんて。舞踏会の時はご挨拶させて頂いただけであまりお話もできませんでしたから」
「うん、あの時は私もまだ警戒していた所もあったから」
連れが二人の従者だけでルカニア国に来たのだから警戒心を持つのは当然だろう。
とはいえその二人も早々に引き上げさせたようだけれど。
「あの時はすごくお淑やかな方だと思っておりましたが、こんなに活発な方だったなんて。それに剣の腕もエストルネ国一と聞きましたわ」
「いや、エストルネ国一の剣の使い手は私の兄だよ。私も公の場では一応王女らしく振る舞うようにはしているけど、こっちの方が楽なんだ」
アンネルシアとミオーネの二人も自然と和やかな雰囲気になってきて、呼び名もお互いにルシアとミオーネで良いと言い合っている。
「ルシア様、もしよろしければ例のお話をミオーネお姉様にもしていただけないでしょうか」
大まかにはミオーネにも話してあるが、せっかく三人が揃った今なら本人から直接話を聞いた方が良いだろう。
「一応お伝えしておきますと、私の侍女リリアンは秘密を漏らすような者ではありませんし、私が全責任を持ちますのでご心配なく」
何やら聞いてはいけない話になりそうな雰囲気を察したリリアンだが、この場を辞そうにも走る馬車から飛び降りるわけにもいかず困っていた。
しかし、セリーヌの頼もしい言葉に感動し目尻の涙を拭う。
(お嬢様…ご立派になられて…)
そして、心配などしていないとアンネルシアの言葉を聞き安堵した。
「申し訳ないがセリーヌの侍女リリアンについても出自等少し調べさせてもらった。こちらも慎重に事を運ばなければいけないからね、悪く思わないで欲しい」
「そんな、私などにお気遣いは無用でございます。お調べになるのは当然の事でございますし、私の事であれば隠す事など何もございませんので何なりとお申し付けください」
セリーヌもミオーネもそんなリリアンを微笑ましく見守っている。
「いや、大丈夫。あなたが信用に値する侍女だという事はわかっているから何も心配などしていないよ」
「私には勿体ないお言葉。ご信頼に応えられるようこの旅のお世話をしっかりと務めさせていただきます」
左胸に手を当て恭しくこたえる。
「うん、よろしくね。それじゃあ結界を張るよ」
そういうなり以前と同じように馬車の中だけに結界を張った。
「まぁ、ルシア様はすごい魔法をお使いになるのですね」
「そうかな、確かにちょっと珍しいかもしれないね」
そう言いながらミオーネが感心している間にスルリと上着をたくし上げてお腹にある痣を見せる。
驚きで声が出ないミオーネはその痣を凝視していたが、我に返り何も言わず裾を持ち上げて自分の足首を見せた。
同じようにピンと伸びた五枚の花びらからなる赤い花が咲いている。
「お話は聞いておりましたが、本当に同じ痣ですわね」
「うん、私もこれ程までに同じ物だとは思っていなかった。これはもう偶然とは言えないね」
セリーヌもまじまじと二人の痣を見比べている。
「私の痣も同じかしら…」
セリーヌは首の後ろ側を擦りながらリリアンに首を見せて痣があるかと聞いてみるがやはり今は無い。
「恐らくセリーヌの痣は私達のとはまた違うのだと思う。エストルネで見た資料にはユリのような紫色の花が浮かび上がると書いてあった」
「そうなのですね、ではやはり魔力量を最大限に使うときか女神様が現れる時に浮かび上がるのでしょうか」
三人がそれぞれに考えに耽っていると、恐る恐るという様子でリリアンが手を挙げた。
「あの…今まで口にしてはいけないと思い黙っていたのですが…実は一度お嬢様の首筋にお花を見たことがございます」
「えっ?そうなのリリアン!」
セリーヌも驚いている。
「はい、お嬢様が昔小鳥を助けたことがございました。その時にもサンドラ様の時と同様に眠りにつかれたのですが、その時すごく熱を出されたのです。それで汗をかいていらしたので拭っていた時に…アンネルシア王女様が仰られたように紫色のお花のようでした」
「覚えていないわ…」
「お嬢様は熱のせいかその後は小鳥のことも熱を出された事も覚えていらっしゃらないようでした。最初は皆心配していたのですが、クリスティア様が気にしなくて良い魔女は子供の頃には良くある事と仰られたのでそういうものかと納得したのです」
己の身に起きたことでさえも知らないと思うと段々と不安が募る。
不安顔のセリーヌとそれを心配そうに見ているリリアンを気遣い、その辺りの詳しいことはクリスティアに聞いてみようとアンネルシアの一声でこの話は一旦置いておく。
そしてミオーネとアンネルシアの共通点が他にもないかと二人で話をすり合わせていたのだが、いつの間にかミオーネとダニエルの話に花が咲く。
恥ずかしがりながらも、ダニエルとの逃避行をアンネルシアに語って聞かせている頃、男性達の方は久しぶりに幼馴染三人が揃いまるで幼い頃に戻ったようなそんな空気が流れていた。
「お前たち二人と共にするのは久しぶりだな」
「そうですね」
「嫌な予感…」
ダニエルは頷き、シモンはボソリと呟く。
「何だシモン、不満か」
「三人揃うといつもろくな事がないと思うので」
王太子殿下に対して歯に衣着せぬ物言いができるのはシモンくらいだろう。
でもアルフレッドにはそれが嬉しいようだ。
「まさか同行されるとは思ってもおりませんでした」
しっかり者の兄ダニエルは弟と違って立場をしっかりと弁えている。
「王命だからな」
「本当に陛下からの命だったのですね。やはりこの国にとってウォルドナー教会が脅威となる事を危惧されていらっしゃるのか…」
アルフレッドは国王との会話を思い出す。
「アルフレッド、この機を逃すでないぞ。ここで一気に畳み掛けて固めろ」
「…わかっておりますが、あまり攻めすぎても良くないかと」
「そんな悠長な事を言っていると後悔するぞ。この国の未来に関わるのだ」
「言われなくてもそのつもりですが…」
アルフレッドは思わずため息をつく。
「お前の祖父、前国王も全力で捕らえに行ったと言っていた。もちろん私もエリザベートを王妃に迎える為に手を抜いた事はない」
重苦しい空気の中ウォルドナー教会に対する対策かと思いきや、どうやら将来の花嫁を逃すなということらしい。
「ええ、それはもう陛下は情熱的でしたわ。普通の令嬢が王妃になるというのはとても勇気がいること、アレク様が力強く全力で支えるとプロポーズしてくれた時は感動で震えました」
昔を思い出している王妃は、思わず二人のときだけの呼び名が口をつく。
ウットリとして二人の馴れ初めを聞かされる息子の心境とは。
「その話は何度も聞きましたから…」
「わかっているならセリーヌを放っておくな。あんな山奥に一人で行かせるでない、何かあってからでは遅いのだぞ」
自分の娘の如く心配している。どうやら国王はもうセリーヌを娘のように思っているらしい。
「ああ、私はセリーヌがお嫁さんに来てくれるのが待ち遠しいわ」
(全く…ここの所忙しくてセリーヌに会いに行けなかったのは父上に仕事量を増やされたせいなのだが…)
愚痴の一つもこぼしたくなるが、何倍にもなって返ってくるので飲み込んだ。
「今はウォルドナー教会の事や女神の事でセリーヌはそれどころではありません。あまり無理を強いたくないので」
真剣な顔で二人を見る。
「うむ、セリーヌの憂いを払ってやれ。それがこの国の未来の平和へも繋がるのだ。そしてしっかりセリーヌの心を捕まえて連れ帰るのだぞ。これは王命だからな」
「そうよ、セリーヌをしっかり守ってちょうだい」
息子の心配はないのかと思わなくもないが、一つ咳払いをし元々そのつもりだと二人に宣言した。
そして残りの仕事はレオナルドに任せ、愛馬に乗り急いでマルグリット邸へと向かったのであった。
「まぁ、王命という建前があったおかげで伯爵を納得させられたから良しとしよう」
「ん?何か言いました?」
「いや、何でもない」
アルフレッドは過ぎ去る景色を見ながら、セリーヌと共に旅が出来ることに少々浮足立つ気持ちを抑えているつもりだったが、どうやら顔が緩んでいたようで二人に微笑ましく?見守られていた。




