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62 出発!


「ご機嫌麗しゅうございますアンネルシア様」


美しいカーテシーで挨拶を交わすミオーネは、さすが完璧な淑女と言われるだけあって挨拶一つで空気をも変える。


「ご機嫌よう、相変わらず美しい」


アンネルシアは王女であるが、振る舞いが紳士だ。エストルネ国では王子様のように扱われるのも頷ける。


「ありがとうございます。アンネルシア様は舞踏会でお会いした時とはずいぶん印象が違いますが、今のお姿もとても素敵ですわ」


「ありがとう、こちらの方が楽なのでね」


「そうですか、これから少々長旅になるようですからお楽になさるのが一番ですわ」


舞踏会以後ミオーネとアンネルシアが顔を合わせるのは初めてで、まだ少しよそよそしさはあるもののきっと二人も仲良くなるだろうとセリーヌは思っている。


「アンネルシア様、ミオーネ様、できるだけご負担のないよう手はずは整えておりますが、何せ馬車での長距離移動ですから…」


「ああ、大丈夫。私は遠征にも行くし田舎道をガタゴト走るなんてよくあるからね」


頼もしい限りだが騎士と思ってしまいそうになるけれど隣国から招いている王女なのだ。


伯爵は護衛を何人もつけるつもりでいたのだが、目立つ方が危険だからという事で護衛二人と身の回りの世話役にリリアンが同行することになった。


護衛と言ってもシモンとダニエルの兄弟二人で、気が置けない友人たちで楽しく旅行にでも行くような雰囲気である。


(ここにアルフレッド様も来てくれたら…)


と思ってしまうが、いやいやこれは遊びに行くわけではないのだからとセリーヌは首を振ってその考えを振り払った。


そんなセリーヌの気持ちに皆気づいているが、さすがに王太子であるアルフレッドを無理矢理連れて行くわけにもいかず誰もが口を閉じる。


マルグリット家からアルフレッドに知らせはしたが、ここのところ忙しいようで見送りは難しいだろうとサイラスからの返事だ。


そのおかげで伯爵だけは涼しい顔をして澄ましている。


「失礼いたします。準備は整っておりますのでいつでもご出発頂けます」


執事のロニーが応接室に合図に来た。


「皆様、どうか道中お気をつけて」


キャサリンは心配そうにしているが、皆が笑顔で大丈夫と言うのを見て少しだけ不安が和らぐ。


「お母様、帰りはぜひおばあ様にも王都に来てもらいたいので、お部屋を用意しておいてくださいね」


「ええ、しばらくお会いしていないし私もお会いしたいと伝えてちょうだい」


「はい、わかりました」


何日も両親の元を離れた事がなかったセリーヌは少しだけ寂しさがこみ上げる。


それを見たキャサリンはセリーヌを抱きしめる。


「本当に気をつけるのよ」


「お母様、お土産たくさん持って帰りますから楽しみにしててくださいね」


伯爵は無言で二人を見ているだけだが、心配な気持ちは伝わってくる。


「一度ノエールの屋敷に寄ったらロナウドが待っているはずだから、そこからの事はロナウドに任せてある。お前たちが着く頃には準備もできているはずだ」


「わかりました。一旦屋敷に寄って支度を整えたら山頂へ向かいます。お父様、私おばあ様の元で鍛えてもらってもっと強くなりますわ」


そう宣言すると、ロンベルクも深く頷く。


もの凄く心配だけれど、送り出すと決めたのだから口にはしないと決めていた。


そうして皆が待つ馬車へと向かった。


エントランスを出たところで、使用人たちも総動員で見送りに出ている。


少し大袈裟ではないかとも思うが、この家の者たちにとって大事に大事に育ててきたお転婆お嬢様がしばらく屋敷を開けるとなれば当然なのだろう。


皆に見送られながら馬車に乗ろうとしたそのとき、馬の駆ける音と共に颯爽とアルフレッドが現れた。まさに"白馬の王子様"である。


「やあ、間に合ったね」


「アルフレッド様!」


みんなも驚いて馬車から顔を出している。


「良かった、ギリギリまで仕事をしていたから。間に合って良かった」


馬を降り、髪をかきあげながらセリーヌの元へと近づいてきた。


なんとも眩しい。


(相変わらず神々しい…アルフレッド様のこのお姿を絵に残せたらいいのに…)


セリーヌはポーッとアルフレッドを見ていると目の前に大きな壁ができたと思ったら伯爵の背中が立ちはだかっている。


「アルフレッド殿下、お忙しいと伺っておりましたのにわざわざ見送りに来てくださったのですか?」


伯爵は顔を引きつらせながらアルフレッドに問う。


「いや、見送りではなくて僕も一緒に行くよ」


「えっ?!」


伯爵の後ろからセリーヌがぴょこっと顔を出す。


同じ驚きの声でも、喜びで一杯の笑顔のセリーヌと、何を言い出すのだと額に青筋を立てている伯爵の顔とでは意味合いが真逆だ。


そして少し遅れてサイラスが馬車で到着した。


「サイラス殿、アルフレッド殿下は見送りも難しいと仰っていたではないですか」


娘に近付くアルフレッドを遠ざけようとしているのがだんだんとあからさまになってきた。


「マルグリット伯爵、私は見送りは難しいとお伝えしました。ですが、殿下は見送りではなく同行いたしますので」


(何という屁理屈。やはりこの執事はセリーヌを王太子妃にしようとしているのだな…)


悔しがる伯爵を見てキャサリンはため息をつく。


「アルフレッド様、どうぞセリーヌをよろしくお願い致します」


キャサリンは歯噛みしている伯爵をよそにアルフレッドにセリーヌを託す。


「ああ、もちろん」


「おっ、おいキャサリン、そんな事…」


「あなた、もういい加減に諦めて気持ちよく皆さんを送り出しましょう」


キャサリンに言われると赤の魔王も小さくなる。


「マルグリット伯爵、これは王命でもある。この国の未来にも関わることなのだからと」


そう言われてしまえばもう何も言えない。


額の青筋は引かないが、何とか飲み込んだ。


「わかりました……どうぞよろしく…お願い致します」


ようやく出発出来そうだと、皆もホッと胸を撫で下ろす。


馬車は女性と男性で2つに分かれて行くためアルフレッドはセリーヌの手を取り女性陣の馬車へとエスコートする。


久しぶりのアルフレッドを間近で見て少々恥ずかしそうに俯いてるセリーヌの手に軽くキスをする。


真っ赤になって今にも頭から煙を出しそうなセリーヌを見てアルフレッドは楽しんでいるようだ。


「くっ…」


魔王の頭からはマグマが噴火しそうだけれど…


こうしてようやく準備が整った。


「では、お父様お母様、皆行ってまいります!」


セリーヌは元気よく手をふり出発した。


「あの子ったら、あんなに元気よくて淑女らしさなんてすっかり頭から無くなってるわね」


目尻を拭いながら「ふふっ」と泣き笑いになっているキャサリンをロンベルクが優しく背中を支えながら馬車が見えなくなるまで見送った。




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