61 アンネルシアの秘密②
「お帰りショウキッド。牢屋の中は寒かったろうに」
微笑みながらショウキッドの肩に手を置き優しく言葉をかけているように見えても司教の目は笑っていない。
「申し訳…ありませんでした…」
教会の中央で懺悔をするように跪き、膝頭を握っているショウキッド手が微かに震えている。
「いいのだよ、こうして無事に帰ってきてくれたのだから。マクベスもご苦労だったね」
「別に、大したことはしていない」
仮面のように固まった笑顔でマクベスに目を向けるが、マクベスは窓枠に座って外を見ている。
「さて、ショウキッドは無事に帰ってきたのだから今度はお仕置きの時間だね」
ショウキッドの体がビクッと震え体が硬直する。
司教はどこからともなく鞭を出し、ショウキッドに向けて振り降ろした。
「うぐっ」
歯を食いしばり痛みに耐えるショウキッドの腕には鞭の跡が赤く腫れ上がっている。
「ショウキッド、これは何の罰かわかっているのかな?」
「………」
「わかってないのは一番いけないね」
もう一度振り下ろす。
「…ぐっ」
「お前が呪いをかけるべき相手を間違えたせいで、お前たちの母親が死んだのだよ」
ショウキッドの胸にナイフを突き刺されたかのような衝撃が走った。
何度も何度も鞭で打たれても、司教の放った言葉は鞭の痛みなど比ではない。
心臓の鼓動が今にも爆発してしまいそうなほどドクドクと全身に響いている。
「母さんが…死んだ…」
「そうだ、あの者が呪いを跳ね返した事で呪者であるお前たちの母親に返ってきたのだ」
マクベスは目を強く閉じ、強く握った手首に爪が食い込んで血が滲んでいる。
「そんな…」
地下牢までマクベスが助けに来た時、何かを言いかけてやめたのはこの事だったのだろう。
ショウキッドは床を見つめたままその床にはボタボタと涙が溜まっていく。
「母さんが…」
「そうだ、殺されたのだ。あの女神を騙る偽物に」
ショウキッドの震えが大きくなる。
司教はゆっくりと鞭を置き、ショウキッドを抱きしめた。
「あぁショウキッド、よく痛みに耐えたね。偉いぞ」
仮面のような顔はそのまま、ゆっくり背中を擦りながら耳元で囁く。
「さぁこれからお前がどうするべきか、わかるね?」
ショウキッドは黙って頷いた。
「偽の女神を滅ぼし、私が王になる事をお前たちの母も望んでいた。だから私もその願いを叶えてやりたいのだよ」
マクベスがいつの間にか横に来て膝をついた。そしてショウキッドの肩に手を起き強く頷く。
その目はこれまでにないほどの殺気に満ちていた。
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サラリと秘密を告白したアンネルシアを前にセリーヌとシモンはポカンと口を開け言葉が出ない。
「ちょっと突然すぎたかな」
えへへと言いながら頭をかいている。
先に正気を取り戻したシモンがアンネルシアに真剣な顔で向かう。
「取り乱してしまい申し訳ありません」
「いやいや、そんなに畏まらないでよ」
アンネルシアはいつもと同じ調子でいるが、シモンにしてみればそういうわけにもいかないだろう。
「セリーヌ?大丈夫?」
未だに固まっているセリーヌを心配して顔を覗き込むと、ハッとして目が覚めたように勢いよく立ち上がった。
「あっあのっ、ごめんなさいっ」
色々情報が多すぎて全く飲み込めていないのだろう、何から聞いていいのか分からなくて思わず謝る。
「いや、セリーヌも謝ることなんてないよ。こちらこそ驚かせてすまない」
申し訳無さそうにアンネルシアもしゅんとなる。
その様子を見ていたシモンがクスクスと笑い始めた。
「シモン?」
「あははっ、だって誰も悪いことなんてしてないのに皆で謝り合っててなんだか可笑しくて」
ケラケラと笑っているシモンの声で二人も顔を見合わせてつられて笑ってしまう。
「ふふっ、そうねなんだか皆で慌てて可笑しいわね」
「はははっ、ほんとだ何やってるんだろうね」
皆でひとしきり笑いあったら肩の力が抜けてようやく落ち着きを取り戻した。
「ルシア様はどうしてその…痣の事を私達にお話下さったのですか?」
「うん、学園でねセリーヌがこちらを見ている時に不思議な感覚になったんだ。それで、あぁやっぱり女神様なんだと確信して」
別に疑っていたわけじゃないと慌てて付け加えるアンネルシアが何だか可愛らしく見える。
「不思議な感覚というのはどういう物ですか?」
「うーん、体がフワフワと浮いているような…それでいて何かに包まれているような温かい感じだった」
「そうですか…もしかして女神様が何か関係しているのかしら」
不思議そうに首をひねるセリーヌを横目にシモンが質問を続ける。
「女神様の生まれ変わりとともに他にも痣を持った者が生まれると仰っていましたが、それも偶然ではないと言う事ですか?」
「そう。私はそういう風に教わって来たのだけど、どうやらここでは女神に仕える二人の聖女の事は知られていなかったようだね」
ここルカニア国とエストルネ国は元は一つの大きな国であったが、北山から連なる山脈を境に国を分けたという歴史があるがその理由までは明らかにされていない。
友好国として交流を持つようになったのも前国王の時代からで、長い歴史を考えるとごく最近の事なのだ。
まだまだエストルネ国とルカニア国との間には色々と違いがあり、ルカニア国では国民皆が祈りの女神伝説を知っているがエストルネ国では王族と一部の貴族くらいしか知らない。
そして伝えられ方も少々違っているようだ。
アンネルシアの話では女神を支えるべく仕えている聖女が同じ時代に生まれるという。
悪しき魔女がこの世界を闇に包もうとする時、女神が祈りを捧げる為に二人の聖女が泉へ導くのだという。
「そんな風に伝えられているのですね」
セリーヌとシモンは初めて聞く伝説の内容に驚くが、これでミオーネが女神ではないのに痣がある事に説明がつく。
恐らく城の書庫にあったという書物は聖女の事を記したものであったのだろう。
「じゃあ…ミオーネ様は女神ではなく聖女だと…」
シモンは何やら思案顔で呟く。
「あぁ、直接痣を見てはいないけどそうだろうと思っている」
セリーヌはミオーネの足首にある痣を目にしたことがある。
間違いなく同じ形のものだ。
「ルシア様、私祖母のいる北山の湖に行くつもりなのですが、もしよろしければ一緒に行ってはいただけないでしょうか」
「セリーヌのおばあさんは北の魔女一族の長であるクリスティア殿だよね」
「祖母の事をご存知なのですか?」
「エストルネ国では女神伝説よりも北の魔女クリスティア殿の方が有名だよ」
これまた初耳である。
「そういえば、クリスティア様ってエストルネ国でも昔たくさんの方を助けられたと聞いた事があります」
シモンも噂でしか知らないがと言いながら、"マルグリットの薬"と言うと有名なのですよねと話に乗る。
「知らなかったわ…」
一番身近なはずなのに自分だけが知らなかったのかとセリーヌがしょんぼりしていると、
「いや、エストルネ国の情報はあまりこちらには伝わってないみたいだしねっ」
「そうそう、私は自分の情報網で色々調べている間にたまたま知っただけでっ」
二人は必死に取り繕っている。
「気を使わせてしまいましたわね、私は大丈夫ですわ。それならぜひおばあ様に会って頂きたいです!」
「嬉しいな、クリスティア殿に会えるなんて。ぜひ同行させてもらうよ」
「それならミオーネ様も一緒の方がよさそうね。とすれば護衛も必要だろうし」
シモンはすでに行く気満々だ。
「それは心配ないよ?私はその辺の者には負けない程度には鍛えてるからね」
アンネルシアが腕を曲げて力を誇示する。
「いえいえ、動けるものは一人でも多いほうがいいですから!い·い·で·す·ね!」
「う、うん…そうだね…わかった…」
力を込めて訴えるシモンに詰め寄られてアンネルシアは押し切られた。
(全く、私だけ仲間外れなんてごめんだわ)
プリプリしているシモンにすまないと謝るアンネルシアを見ていたセリーヌは思わず
「ふふっ、恋人同士の痴話喧嘩というのはこういう感じかしら」
と笑ったものだから、二人同時に全力で否定した。
こうしてアンネルシアとシモンも同行することになった。
(ミオーネお姉様にもお話しなければ。一緒に行ってくれるかしら…)
北山の湖まで王都から数日はかかる上に公爵家の了承を得る必要もあり不安が残る。
しかし、当のミオーネは話を聞くなり迷うことなく一つ返事で行くことを決めた。
公爵家は大丈夫なのかと心配だったが、どうやらあの公爵夫人は今や全面的にミオーネの味方になってくれているらしい。
「セリーヌと旅行ができるのね!」
とウキウキしながら、早速持ち物や衣装選びを始めた。
ミオーネは最近増々よく笑うようになり、それが嬉しくてセリーヌもウキウキ気分で当日を迎えた。




