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60 アンネルシアの秘密


今日も爽やかなアンネルシアの元にはあっという間にご令嬢達が集まり、朝から華やかな一行が塊となって動くものだからアンネルシアが去ったあとは嵐の後のようだ。


(ルシア様が歩くと移動式のお花畑みたいだわ)


色とりどりの花が咲いたように見えるのは、衣服だけではなくご令嬢達のほんのり紅く染まった頬がそう見えるのかもしれない。


セリーヌはアンネルシアに挨拶をしようと思い近づいてはみたが、今日は一段と華やかなご令嬢達に取り囲まれ、あちらこちらから黄色い声やため息が漏れ聞こえている。


とても自分の声は届きそうにないと思い仕方なく諦め先に歩き始めた。


「やぁセリーヌ!声をかけてくれないなんて寂しいじゃないか」


背の高いアンネルシアは皆より頭一つ分出ているので気づいたようだが…


この状況で名前を呼ばれるとどうなるのか、いくら鈍いセリーヌでも予想がつく。


恐る恐る後ろを振り返ると、先程までは可愛らしく可憐な少女たちの目が吊り上がっているではないか。


予想通り。セリーヌは顔を引き攣らせながら応える。


「おはようございます、ルシア様。皆さんとのお話を邪魔してはいけないと思いまして…」


「そうか、気遣ってくれたのだな。本当にこんなよそ者にもみんな優しくしてくれて、この学園は素敵なお嬢様達ばかりだよ」


その言葉を聞いてすぐ後ろにいるご令嬢は、「はぁ〜」と魂までも抜けそうな息を吐きだしながら後ろに倒れるのを何人かで支えて事なきを得た。


「アンネルシア様、よそ者だなんて仰らないでくださいませっ!もうこの学園の生徒ではないですかっ」


取り巻きの一人が前のめりに声を上げると、そうですそうですと皆がその意見に力強く賛同する。


「ありがとう、この学園に来て良かった。私は幸せだよ」


爽やかな笑顔で皆に向かって応える。


(ルシア様ってずいぶん女たらし…ってだめだめ、そんな事思っちゃ!)


心の声を否定するが、失礼なことを考えた事に誰かが気づいたのではないかとアンネルシアや取り巻き令嬢達を見回して冷や汗をかく。


(誰にも気づかれなかったようね…ふぅ)


安心したところでふと視線を感じ、そちらを向くとシモンが口元を抑えて肩を震わせていた。


一人であたふたしていた様子まで見られ急に恥ずかしくなる。


「ちょっとシモン!」


「いやいや、大丈夫、同じ事思ってい…ブッ…気にしなくて大丈夫…ブフフッ」


「笑いすぎよっ」


プリプリしながら歩き出しだセリーヌをシモンは笑いを堪えながら後を追った。


「皆そろそろ時間だよ、私達も行こう」


とアンネルシアの号令とともに移動式のお花畑が動き出した。


先のセリーヌを中傷する張り紙のことは皆の頭からすっかり消え去ったようで、クラスの雰囲気も以前と変わらない。


男性にも人気があるアンネルシアの登場でクラスがまとまったようにも思えるが、ダンスレッスンの時間になるとアンネルシアと踊りたい女性陣の列が出来、他の男性陣の所には閑古鳥が鳴いていた。


先生に怒られ渋々他の男性と組む女性の明らかにガッカリした顔を見るのは、年頃の男性にとって結構な傷を負う。


それでも仕方ないと諦めるほどの魅力がアンネルシアにはある。


このクラスでは初めこそセリーヌが仲良くしていると睨まれることもあったが、今ではアンネルシアの色気にあてられて倒れるご令嬢を助ける救助係のようになっているのでセリーヌに対しても信頼感を持っている。


「セリーヌ嬢は良い魔女なのね」


と好意的な者も増えてきた。


その何気ない一言がセリーヌにとっては何よりも嬉しい。


アンネルシアのお陰で張り紙の一件も大事にならず、その後に嫌がらせを受けることもなく学園で過ごすことができている。


(アンネルシア様には感謝しかないわ)


心の中でアンネルシアへ向けて感謝と幸せを祈った。


男性達とエストルネ国の話で盛り上がっていたアンネルシアは、突然全身を何か温かいもので包まれたような不思議な感覚になった。


嫌な感じではなく、逆にとても心地のいいその不思議な何かの正体が何なのかと視線を辺りに巡らせると、穏やかな眼差しでこちらを見ているセリーヌと目が合った。


「女神様…」


思わず声が漏れ出たが、話に夢中の男性達には聞こえていなかった。


体がフワフワと浮いたような感覚だったけれど、セリーヌが名を呼ばれそちらに向いた途端に地に足がついた。


(今のは…話には聞いていたけどやはりセリーヌは女神様の生まれ変わりなのだな)


その身で実感したアンネルシアは、己の秘密をセリーヌに打ち明けようと決心した。


その日の午後は講義がなく、早く帰れるのでアンネルシアがマルグリット伯爵家へ行ってみたいと目をキラキラさせながら懇願してきた。

大したおもてなしは出来ないかもしれないがと前置きをして、屋敷へ招待する事になった。


「アンネルシア様がいらっしゃるなら色々ご用意したかったのですが…」


「いや、そんなに気を遣わないで。急に行きたいと言ったのは私だからね」


マルグリット家の馬車でアンネルシアとシモンも一緒に屋敷へと向かった。


しかし、そうは言ってもさすがに何もしないわけにはいかないので、シモンに頼んで先に母キャサリンにその事を伝えてもらうよう頼んだ。


シモンには色んなところに伝があるようで、セリーヌ達が着くよりもはるか先にキャサリンへと伝わった。


マルグリット伯爵邸へ着くと、キャサリンや執事、侍女達が到着を待っている。


「ようこそおいでくださいました」


キャサリンは美しくカーテシーをし、恭しくアンネルシアを出迎える。


「あなたがマルグリット伯爵夫人ですね。噂通りお美しい。初めまして、エストルネ国王女アンネルシアです。出迎えてくれてありがとう。でも今日はセリーヌの友人として遊びに来ただけなので、堅苦しい挨拶はその辺で」


キャサリンの両肩を優しく持ちカーテシーを解く。


「お心遣いに感謝します。セリーヌからお話は伺っていますわ。王女様ですのに気さくに仲良くして下さっているようでありがとうございます」


「いえ、こちらこそ。セリーヌのお陰で学園でも楽しく過ごせているので私の方こそありがたい」


「お母様、ご挨拶も大事なのですが私達今日はまだお昼を食べていないのでお腹をすかせております」


「あら、そうだったわね。アンネルシア様もよろしければぜひご一緒にお召し上がりください」


「ははっ、何だかお昼を食べに来たみたいになっちゃったね、ではお言葉に甘えて頂きます」


「とんでもない、嬉しいですわ!」


おもてなしが好きなキャサリンは活き活きとし、早速準備をと侍女達に指示を出しながらアンネルシアを案内した。


三人は出される食事を次々に平らげデザートまできっちり堪能し、満腹になったら体が重くなったので少し歩こうと、クラスでの出来事を話しながらバラ園までやってきた。


「はぁ、マルグリット邸は本当に良いね。食事も美味しいし、こんなに素敵なバラ園もある」


「ここは本当に居心地が良いですよ〜、ミオーネ様が今もここにいるのがわかるわ」


シモンも満腹のお腹を擦りながら腰掛けて満足そうだ。


「ふふっ、お母様も喜びますわ」


少し冷たさも混じる優しい風が吹き抜けていく。


誰ともなく自然と三人が空を見上げながらバラの香りに包まれていた。


どれくらいそうしていたのか、アンネルシアがふぅと一呼吸おき、姿勢を正して座り直した。


寛いでいたセリーヌとシモンもアンネルシアにつられて姿勢を正す。


「どうしたのですか?」


セリーヌが何事かと思い尋ねる。


「うん…シモンに聞いておきたい事がある」


いつもの砕けた感じではなく、王女として問われていると感じてシモンは立ち上がり次の言葉を待つ。


「シモン、君はセリーヌの親友だと思っているが間違いない?」


質問の意図はわからないが、真剣に答えなければいけないという王族らしい威圧感を放っている。


「はい、間違いありません」


真実を告げている証として左胸に拳を当て答える。


「では、もしセリーヌが危ない目にあった時は命を懸けて護れるの?」


他の親友同士が命を懸けられるのかはわからないが、シモンの答えは一つしかない。


「はい、勿論です。親友ですから。それに私はランドール家の人間です、そもそも命を懸けて国や国民を守る事は当然の事として生きてきました」


「素晴らしい忠誠心だ。国を揺るがす秘密を知っても君はその秘密を守れるのかな?」


「当然です」


「拷問されても?」


「私は幼い頃から情報を集める事を得意とし、拷問を受ける事も想定した訓練も受けてきました。もし拷問ごときで重要な秘密を吐くだろうと思われているのなら、誰も私に情報を提供してはくれないでしょう」


セリーヌは初めて聞く事に驚きを隠せない。


いつも飄々としているシモンがそんなに厳しい訓練を受けていたなんて。


でも思い返してみれば、時々ノエールに来ていたときも体中傷だらけの事があった。


躓いて坂の上から転げ落ちたと言っていたのを「ドジね」と言いながらセリーヌの治癒魔法で治してあげた事を思い出した。


「もしかして、あの時の傷は…」


「バレちゃったわね。そうあの頃は特に子供だったから、打たれるのに慣れてないと恐怖心ですぐ吐き出しかねないから」


ランドール家の恐ろしさを改めて思い知る。本当にこの国のために生まれたときから命を懸けて戦うよう教えられてきたのだろう。


シモンもダニエルもそんな様子は微塵も感じさせずにいてくれたのだと思うと、胸が痛む。


二人のやり取りを見ていたアンネルシアは満足したようで、声を和らげた。


「わかった。シモン、答えてくれてありがとう」


「いえ、よくわかりませんがご満足頂けたのなら良かったです」


「ふふっ、ごめんねちょっと硬くなりすぎたみたい。座って?実は二人に話したいことがあってね」


そう言いながらアンネルシアは目を閉じて微かに口元が動いたかと思うとキーンという何とも言えない音が耳の奥で鳴った。


シモンとセリーヌは耳を抑え目を瞑る。


「ここから話すことは外に漏れてはいけない私の秘密だから、結界を張らせてもらった。こうすればこの中の音は外には漏れないからね」


初めて聞く音の漏れない結界に目を丸くしている。


「ちなみに、私は日頃訓練しているから身の回りの気配にも敏感なんだ。今この近くには誰もいないからそこは安心して私の質問にも答えて欲しい」


余程の秘密を打ち明けられるのだと、二人は緊張でゴクリとつばを飲み込みアンネルシアの言葉を聞き漏らさないよう集中する。


「セリーヌが女神の生まれ変わりであると言う事は聞いている。舞踏会の時に目覚めた事も」


「はい、その通りですわ」


ここまで来たら何も隠すことなどないと、セリーヌは躊躇なく答える。


「うん。そして、首筋に痣がでるのもその証だね」


「はい。今は見えませんが、恐らく魔力量を最大限に引き出すか女神様が現れたら出るのだと思います」


「そう。では、女神様が生まれ変わるのと同じ時代に他にも痣を持ったものが生まれることも知っている?これは私の予想だけど、ミオーネ様に痣があるのではないかな?」


初めて聞いた事と、ミオーネの名前が出た事に驚きで声が出ない。


二人の様子で察したアンネルシアは、ここで更に畳みかけるように秘密を明かした。


「実はね、私の秘密はこれ」


固まる二人を前に徐ろに上着をたくし上げると、アンネルシアの綺麗なお腹には赤い花の様な痣がくっきりと咲いていた。


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