58 恋文
「セリーヌは大丈夫だろうか…」
学園での出来事はすでにアルフレッドの耳にも入っていた。
先日ウォルドナー教会側で二人の女性が呪いの返り討ちにあったと知り、その事にセリーヌが心を痛めていた姿を思い出すとアルフレッドの胸も苦しくなる。
そんな話を聞いたばかりでさらに酷い嫌がらせを受けているとなると、セリーヌが悲しんでいるのではないかと心配になる。
「セリーヌはいつもと変わらずアンネルシア様と楽しそうにしていましたよ」
シモンはアルフレッドから学園でセリーヌを守るように言われており、その報告に来ていた。
「そうか、本当にそれなら良いのだが…貼り紙もただの悪趣味ないたずらか、それとも裏で糸を引いてる者がいるのか…」
「ええ、貼り紙はヴィクトリア嬢の執事が片付けて学園長の元へ届けたようですが…誰がやったのか今調査中です」
含みのある言い方にアルフレッドはシモンに聞き返す。
「何か思い当たることでもあるのか?」
「証拠があるわけではないのですが、状況から考えるとやはりベネディクト家の可能性は捨てきれないかと思います。今まで見たことのない執事がついていたのも少し気になります」
「新しい執事か…確かに気になるな。ベネディクト家は、フォンテーヌ公爵の話だとウォルドナー教会との繋がりもありそうなのだが、まだこれと言ってはっきりした証拠はない」
ベネディクト侯爵はフォンテーヌ公爵家から離れ、他家との親交を深め徐々に味方を増やしている。
恐らくこの国の重鎮たちに取り入っていずれ国の中枢に入り込みたいのだろう。
ベネディクト侯爵は少し前までは腰が低く揉み手をしているような男であったが、ここ最近急に態度が大きくなり、まるで別人のようだと噂されている。
貴族とはいえ、実際には金銭的に困窮している家もあり、そこへ援助するという形で甘い蜜を吸わせてベネディクト侯爵家側につかざるを得ない状態なのだ。
それを考えれば、やはり娘のヴィクトリアをどうしても王太子妃にしたいという思惑が透けて見える。だからこそ、邪魔なセリーヌを排除しようと思っても不思議ではない。
今回のことはヴィクトリアが庇うような形になったようだが、それも疑わしく思えてしまう。
「ベネディクト侯爵の動向はこちらも注視しているが、シモンも学園でのヴィクトリアの動きに気をつけていてくれ」
「はい、お任せください」
こんな状況だからこそ、アルフレッドは今すぐにでも移動魔法を使ってセリーヌの元へ行きたいけれど、今は仕事が山積みで城を離れられない。
片っ端から片付けているが次から次へと問題がおきる為に、減らない書類の山に辟易している所でもあった。
「はぁ…」
机上の薔薇を眺めては頬杖を付き、ため息をつくのが癖になってしまったようだ。
「殿下、セリーヌ様にお手紙を書かれてはいかがでしょう」
二人の幸せを誰よりも願うサイラスは、すかさずアルフレッドに提案する。
「手紙?手紙か…」
生まれてこの方愛しい人へ手紙など書いたことがない。
「短い言葉でもセリーヌ様は喜ばれると思いますよ」
「確かに、喜ぶと思います」
シモンもその提案に賛成する。
「そうか…」
少し何かを考えていたが、思い立ったようで引き出しから王家の紋章が浮き出ている便箋を取り出し、書き始めた。
セリーヌの事を思いながら筆を走らせるアルフレッドは、今にも鼻歌を歌いそうな程文字を書く手が軽やかだ。
この様子だと100枚でも書きそうな勢いだと、シモンはサイラスと目を合わせて肩を竦めてみせた。
思えばセリーヌが手紙をもらうのは、ダニエルがミオーネといなくなった時に送ったもの以来かもしれない。
そう思うと、これで手紙に対する嫌な思い出が良い思い出に変わって欲しいと願うシモンであった。
―セリーヌ、学園での事は聞いた。
酷いことをする奴がいる。君の身になにかあったらと思うと心配だ。
それでなくても君に会えない時間はとても長くもどかしい。
今すぐにでも会いに行きたいが、今の僕は執務室から出ることさえ難しい。
机の上の薔薇を見ては、初めて口づけをしたあの日を思い出している。
この山のように乱雑な書類の中にあっても、埋もれることなく凛と咲いて見るものを癒やしてくれる様は君のようだと僕は思う。
この仕事が片付いたら、すぐにでも会いに行く。その時は頑張った僕への褒美に君からの口づけを貰えたらどんなに励みになるだろう。それは望み過ぎだろうか。
こんな風にいつも君の事を考えては次に会える日を待ち遠しく思っている。―
シモンから手渡された手紙を読んだセリーヌは今、ベッドに突っ伏して一人悶えていた。
何でも卒なくこなすアルフレッドだが、恋文を書くとこうも不器用なのかと思うけれど、返ってそれが本心を写しているように思える。
綺麗な文章ではないが、真っ直ぐに思いの丈が綴られているのでその気持ちが伝わってくる。
最初はシモンの思っていたように、セリーヌは手紙を見るなりその顔が曇った。
「アルフレッド様から…」
受け取るまでに少しの間体が硬直していたが、それでも何とか受け取ったけれど微かに手が震えていた。
心の葛藤がいつも以上に見て取れる。
「セリーヌ、大丈夫だと思う。アルフレッド様の事だもの、あなたに辛い思いをさせることはないわ」
見兼ねたシモンはセリーヌを落ち着かせようと両肩に手を乗せて優しく声をかける。
「そうだと思いたいけど…」
どうしてもダニエルからの手紙を思い出す。手紙というものに対して臆病になってしまったようだ。
「まぁ、読むも読まないもあなたの好きにしたらいい。じゃあこの後まだ用があるから帰るわ」
そう言って、シモンはそそくさと帰っていった。
暫く自室の真ん中でぼーっと手紙を見つめて立っていたが、意を決して勢いよく封を切った。
リリアンもあの時を思い出し、心配そうに見守っている。
(あぁ…どうしよう…怖い…でも何が書かれていても受け止めなければいけないわね…)
嫌な想像が膨らんでいくけれど、一つ大きく深呼吸をし、恐る恐る文字を目で追っていった。
読み進むに連れて段々と体が熱くなり、褒美の口付け辺りまで来ると顔から火を吹きそうだ。
何とか最後まで読み終えると、そのままベッドへ前のめりに倒れた。
生まれて初めての恋文は、どうやらセリーヌには少々刺激が強かったようだ。
そしてシモンの願い通り、手紙に対する恐怖心はすっかり消え去っていた。
「セリーヌはどうしたの?」
学園での事を聞いたミオーネが心配してセリーヌの部屋までやってきたのだが…
「お嬢様は今少々取り乱しておりますが、ご心配には及びません。ふふっ」
主がベッドに倒れ込み足をバタつかせているのに、リリアンは何だか嬉しそうだ。
ミオーネが来たことに気づき、セリーヌは起き上がって身だしなみを整えて一つ咳払いをした。
まだ顔は赤いが。
「何かしら、私に隠し事?」
「そっそんな事はっ…その…なんというか…」
歯切れの悪いセリーヌが手紙を胸に抱いているのを見て勘の良いミオーネは察した。
「ふーん、どこかの王子様から恋文でももらったのかしら」
「どっ、どっ、どうして」
目を白黒させてしどろもどろだ。
「ふふっ、図星のようね。その様子だと愛の言葉がたくさん並べられていたのかしらね」
「いっ、えっ、あっ」
もう言葉にならない。
「ふふふっ、ごめんなさいからかいすぎたわね。あなたが可愛くて。もちろんお返事を書くのよね?」
「やっぱり…書いたほうが良いですか…」
「それはそうね、お返事しないのは失礼というものよ」
そう言いながら、セリーヌを落ち着かせて一緒に長椅子に腰掛けた。
幸せそうなセリーヌを愛でるのが、今やミオーネの癒やしにもなっている。
「それはそうと、学園で変な張り紙があったと聞いたのだけど?」
先程まで笑っていたミオーネの顔から笑みが消えている。
「はい、朝大階段のところにおどろおどろしい血文字のような貼り紙がありましたわ」
その内容を伝えるが意外にもセリーヌはケロリとしている。
「酷いことするわね…でも、それにしてはセリーヌはあまり気にしていないように見えるけど…大丈夫なの?」
「はい、私は大丈夫ですわ。あの手のイタズラは昔から時々あるのです。幼い頃は傷つきましたが、どこの誰かもわかりませんし私が魔女である事は事実ですから」
お茶を飲みながら淡々と話す様子にミオーネは少し驚く。
幼い頃、領地では見えない影の奥から忌々しい魔女だと罵倒されたり、どこからか石を投げられた事もある。
その度に涙を流し悲しい思いをしてきたのだった。
「本当に悲しくて悔しくて何度もリリアンに泣きついていました。でもある日おばあ様に言われましたの『人は未知のものに不安や恐れを抱くもの。あなたの事を知らないだけ、だから知ってもらえばいいのよ』って」
クリスティアもまた、一目で魔女とわかる容姿故にセリーヌと同じような経験をしていた。
時代的にはもっと辛辣だったかもしれない。
「少し前まではよくわかっていなかったのですが、最近はおばあ様の言葉の意味がわかってきた気がします」
知ってしまえば、なんだそんな事かと思える事でも知らないが為に警戒心が強くなるだけなのだ。
「そう…何だかセリーヌが前より逞しくなったように見えるわ」
「そうでしょうか!」
ミオーネに言われるとそんな気になる。
「逆に私はダメね。最近はどうにも弱くなってきた気がするわ」
「そんな事はありません!ミオーネお姉様は強くて優しくて私の憧れなのですから」
「ふふっ、べた褒めですね」
二人のやり取りを見ていたリリアンは嬉しそうに言う。
三人で笑い合い、またアルフレッドの手紙の話に戻ったかと思うと二人にからかわれながら、若い娘たちの楽しそうな声が屋敷に響いていた。
(この優しいお姉様二人に心配かけるわけにはいかないわ…)
セリーヌは二人に気取られないよう、今は必死で不安なことを頭の中から追いやった。




