57 美しい騎士アンネルシア
セリーヌとアンネルシアは一緒に講義を受けながらすっかり仲良くなっていた。
大階段での騒動もあり朝はクラスのほとんどがセリーヌと距離を置いていたが、今日から来た留学生のアンネルシアが楽しそうにセリーヌと話しているのを見て一人、二人と話しかけてくるようになり、お昼前にはすっかり元に戻った。
それもこれも美しく爽やかなアンネルシアのおかげだろう。
特にダンスの際にはアンネルシアが男性側になった事で、パートナーの子がアンネルシアと踊ると花の香と色気にあてられてパタリパタリと倒れていった。
あちこちからご令嬢達の黄色い声が上がる度にセリーヌがこっそりと治癒魔法をかけていく。
皆はなぜかわからないが、セリーヌが触れると目を覚ますので救世主を見るような眼差しになっていった。
またアンネルシアには兄弟がおり、普段から騎士団の仲間とも良く剣の手合わせをしたり男の中で過ごしている事が多く男性と仲良くなるのも早い。
クラスの男性達ともすっかり打ち解け、女の子達の間でもあっという間に人気者になった。
特に年頃の娘達にとっては女神や魔女の話よりも、目の前の素敵なアンネルシアと仲良くなる事の方が勝るようだ。
そしてお昼休みはいつものようにシモンとの昼食にアンネルシアも誘った。
「どうぞこちらへ王女様」
アンネルシアは護衛も付けず一人で学園に来たものだから、シモンが護衛も兼ねて世話をする。
「ありがとう、でもそんな事しなくていい。シモンもいつも通りにして欲しいな、堅苦しいのは苦手だから」
アンネルシアは騎士団にも所属しているほど戦いが好きで、魔獣が出たり盗賊団が現れたと聞けば真っ先に駆けつけるほど。
市中でもその姿はよく見られるので、貴族令嬢だけではなく、平民にも男女問わず人気がある。
だが、シモンはそんなアンネルシアの事があまり好きではなかった。
(他国に来て護衛も付けずにこんな所までくるなんて…余程腕に自信があるのだろうけど、本当に迷惑ね)
と心の中で毒づく。
とはいえ相手は隣国の王女様なのだから放っておくわけにもいかない。
(後で何を言われることか…)
「いえ、そういうわけにはいきません。エストルネ国の王女様に何かあったら私が叱られますので」
冷たく棘のある言葉しか出ない。
「シモンはセリーヌと二人の時間を邪魔した私が気に食わないのだな」
美しい顔が苦笑いで歪む。
「そうではありません、私はこの国の騎士としてあなた様をお守りしなければなりませんので」
口を開けば開くほど冷たさに拍車がかかる。
暖かな陽気の昼下りのはずだが、氷点下並みの冷風が吹いているようだ。
そのやり取りを見ていたセリーヌだったが、さすがにアンネルシアの悲しそうな顔を見かねて口をはさむ。
「シモン、どうしたの?あなたらしくないわ。この学園で一緒に学んでいるのだからここでは同じ生徒じゃない」
「いや、私が邪魔をした。悪かった、シモンが寛げないなら私も困る。他に行くからいつも通りにして欲しい」
シモンはなぜかアンネルシアを前にすると胸がザワザワとして嫌な態度を取ってしまう。
いつも人に対して冷めていると言えるほど、顔は笑っていてもある程度距離を取りながらうまく立ち回っているのにアンネルシアに対してはそうできない。
シモンを気遣いその場を立ち去ろうとする姿が潔く、それがまた憎らしくなる。
(そんなにいい人ぶって悲しげな顔をして同情を引こうとしても無駄よ…)
どうしても嫌な奴だと思いたいようだ。
セリーヌは立ち去ろうとするアンネルシアを必死に止めようとしているが、気にしないでと言いながら歩き出している。
シモンはその背中を見てモヤモヤする。
(何よ…こっちが嫌な奴みたいじゃない…)
「シモン!」
セリーヌがシモンに抗議の目を向ける。
セリーヌがこういう顔をするのはいつ以来だろう。
「………あぁもうわかったわよ!いつも通りにすればいいのでしょ!これでいい?」
シモンはいつもの口調になった。
ドカッと椅子に座りどうにでもなれと自棄になった。
アンネルシアは突然の事に驚いたようで足を止めこちらを振り返っている。
「シモン!」
セリーヌの声が嬉しそうだ。
シモンが本当の姿を見せるのは心を開いた相手しかいない事を知っている。
この機を逃すまいとセリーヌは急いでアンネルシアの背を押しながら椅子に座らせた。
「ルシア様!私もうお腹すきましたわ!お昼休みも限られていますしここで一緒に食べましょう」
「いいの?」
アンネルシアはシモンに尋ねる。
「ええ、どうぞ。いつも通りの私はこんなですけど、ご不快でなければ」
「不快だなんて思うはずない。ありがとう」
満面の笑みでお礼を言われたシモンは何となくバツが悪そうに視線が泳ぐ。
それから3人でこの学園名物のぶ厚いハムが挟んであるサンドウィッチにかぶり付く。
学園長の好物で、若い頃にこれを食べながら友と語り合ったとかで生徒たちにも友と味わって欲しいという願いが込められているらしい。
この学園に入学したら必ず聞かされる話なのである。
学園長の話は聞き流している者がほとんどで、それぞれメイドたちが昼食を準備してお昼休みには持ってくるのだが、セリーヌは時々無性にこの厚いハムのサンドウィッチが食べたくなるのだ。
今日はせっかくだからとアンネルシアにも食べてもらう事にした。
「貴族の子息令嬢が通う学園にこんな豪快な食べ物がある事に驚いた」
それもそうだろう。貴族は一口よりも小さく切ったものを上品に食べるよう叩き込まれているのが当たり前なのだ。
こんなに大口開けないと食べられないものがあるなんてよく生徒たちの親が黙っているものだと驚く。
「これはこの学園の伝統のようなものですわ。私の父も母もこの学園の出身でして、やはり同じように食べていたそうです」
親もこの学園の出身者が多く、皆知ってはいるがこの学園の名物と言うだけで実際に口にする者は少ない。
驚きながらも大きく口を開けて美味しそうに頬張るアンネルシアは、王女であるにもかかわらず豪快に食べていく。
「アンネルシア様は王女様なのに随分と食べ慣れていますね」
シモンはその様子に驚く。
「ルシアでいい、こんなの日常茶飯だよ」
騎士団員でもあるアンネルシアは度々野営をする事もあり、そこでは狩った魔獣を焼いて食べることもあると話して聞かせる。
「では、ルシア様…って王女様にそんなことさせるの!?エストルネ国って」
シモンは目を丸くしている。
「ははっ、私が異例だと思うよ」
色々意外な面を知り、思っていたような単にいい人ぶってカッコつけてるわけではないようだ。
(女のくせに必死に男のマネをしてるわがまま王女かと思ったけど、意外と本当に現地に行って戦ってるのね)
「ルシア様は剣の腕前が素晴らしいと聞きましたが、実際に魔獣や強盗団と戦う事もあるのですね」
セリーヌは驚きとともに憧れのような眼差しでアンネルシアを見ている。
「剣を振るのが幼い頃から好きだったんだ。兄や弟達は当たり前のように剣を持ち鍛えられているのを私は眺めているだけで、綺麗に着飾って本を読んだりお花を触ったり王女として相応しくなるよう教育されてはいたけど、兄達が羨ましくてね」
幼い頃を思い出しているのか、懐かしむように遠くを見る。
アンネルシアは幼い頃兄の剣を持ち出しては森の中で隠れて剣を振っているところを兄に見られ、その素質を見抜いた兄である第一王子が父である国王に一緒に訓練を受けさせてはどうかと進言してくれたのだ。
もちろん王女にそんな事をさせるわけにはいかないと拒否されるが、兄は根気よく説得し、いざというときに自分の身を守れる方が安心ではないかという一言で国王は渋々頷いた。
晴れて堂々と一緒に訓練を受けることになったアンネルシアは、淑女教育やダンスよりもみるみる剣の腕が上がり、いつの間にか騎士団の一員となっていた。
国王がそれと気づきやめさせようとしたが、時すでに遅し。
アンネルシアは立派な騎士となり、貴族令嬢や市井でも人気の騎士様となっていた。
「今回このルカニア国に私が送り込まれたのは、父である国王が嫁に行き遅れる前になんとしてもアルフレッド殿の婚約者にさせようと画策していたようだけどね」
やはりそうだったのかと今度はセリーヌがモヤモヤとする。
「ああ、心配しなくていい。父はそのつもりだったようだけど、私にそんな気は全く無い。今回こちらの方で不穏な動きがあったから、おかげでそれを理由にレオナルドにエスコートしてもらえたのは助かったよ」
アンネルシアにとってもアルフレッドがミオーネをエスコートしたことで婚約者になる可能性がなくなり好都合だったということだ。
見るからにホッとするセリーヌの顔を見てクスリと笑う。
「本当にアルフレッド殿の事が好きなのだな」
「えっ?いっいえ、ええ…はい…」
顔を真っ赤にして取り乱すセリーヌに声を上げて笑う。
「本当に…可愛いなセリーヌは。アルフレッド殿が大切にするのがわかるよ」
尊いものを愛でるようにセリーヌを温かく見守っている。
「でも、あの舞踏会の時何もできなかった事は本当に申し訳なかったと思っていたんだ」
従者達に言われるままに別の部屋へと通された。後で事の顛末を知り、今まで鍛えてきたのにこんな大変なときに何もできなかったと後悔していた。
「そんな!あれは誰も予想できなかった事ですし、それこそルカニア国として来賓の王女様のお手を煩わせるなんてとんでもない」
セリーヌは手と首を思い切り横に振りながら謝らないでと訴える。
「そうです、あなたが気に病む事ではありません。この国の全騎士団を束ねる私達ランドール家が守らなければならなかった事。それを隣国の王女様に守られましたなんて口が裂けても言いたくないわ」
段々とシモンはいつも通りの毒舌ぶりを発揮する。
「シモンはハッキリと言うのだな。私はそういう人間が好きだ」
突然何をと思いシモンの思考が一瞬停止する。
「あっ…ああ、人としてということね」
「うん、いつもは騎士団の仲間たちと過ごす事が多いのだけど、みんな結構ハッキリと言うから。王侯貴族の回りくどい話はちょっと苦手」
と肩をすくめて見せる。
(そっ、そうよね…まったく…ビックリさせないで欲しいわ)
お昼休みはあっという間に終わりの時間となった。
「じゃあ、シモンまたぜひ一緒に食事をしよう」
爽やかに手を振りながらシモンは二人を見送った。
その時、ふと視線を感じ振り返るがそこには誰もいない。
(何か嫌な感じね…)
気を抜いてはいけないと、やはり二人をきちんと見送ろうと足早に二人の後を追った。




