56 久しぶりの学園は緊張します
久しぶりの学園に行く馬車の中、ソワソワと落ち着かないセリーヌはおかしなところはないかと侍女のリリアンに何度も聞いている。
「ふふっ、お嬢様は久しぶりの学園ですから緊張しているのですね。大丈夫です。このリリアン、お嬢様に恥ずかしい思いなどさせませんからご安心ください」
胸をポンと叩き自信満々だ。
「そうよね、そうなのだけど…私の顔が怖いとか…ないかしら?」
セリーヌは舞踏会でのショウキの怯えた顔が忘れられないでいた。
しかし、リリアンは今までそんな事一度もないと優しく返す。ただ、なぜそんな風に思うのかと不思議に思った。
(きっと三月も眠りについていた間に怖い夢でも見たのね)
と怖い思いをしたであろうセリーヌを元気づけようと、いつもと同じように明るく笑いかける。
「そうですわ、お帰りになったら料理長が新たに考案したと言っていたショコラを用意してもらいます」
セリーヌの大好きな料理長のスイーツを用意して待っているから頑張れと背中を押す。
「そう、楽しみだわ!」
リリアンの励ましに緊張が少し和らいだのも束の間、セリーヌの不安は学園につくとさらに大きくなる事になる。
馬車を降りると、珍しくシモンがセリーヌの到着を待っていたようだ。
「昨日はちゃんと眠れた?」
「おはよう、シモン。ええ、大丈夫よ。それより待っていてくれたの?」
「まぁ、久しぶりだし一緒にと思ってね」
「ありがとう」
ダニエルならまだしも、シモンがこんなに過保護なのは初めてかもしれない。
昨日、お城から帰る間際にシモンから学園には行くのかと聞かれ、明日から行く予定だと言うと一瞬顔が強張ったのを思い出した。
シモンはわかったとだけ言ってその場は別れたが、久しぶりだから場所を忘れているのかと心配しているのだろうか。
(三月ぶりとはいえ、こんなに通った学園内の事を忘れることはないのだけれど…)
不思議に思いながらも並んで歩いていると、皆が遠巻きにこちらを見ながらヒソヒソと話しているのがわかる。
いつもは挨拶を交わし合う声で活気があるのだが、セリーヌの姿を見ると静まり返った。
なんだか嫌な空気。
隣のシモンを見ると視線に気づいたようで目が合う。
「気にしないで」
と肩をすくめながら言うと、また前に向き直り足を止めることはない。
(そう言われても気になるのだけど…何かしらこの感じ…しばらく来ない間に何かあったの…)
だんだんと不安は大きくなるが、シモンに倣って黙って歩く。
学園のエントランス中央にある大階段の上で何やら人だかりができている。
一瞬怯むがそこを通らなければならないので階段を上り始めた。
すると、セリーヌに気づいた者たちがさっと端へ寄っていきあっという間に道ができた。
何が起きたのか分からず途中で立ち止まると階段の踊り場になにやら張り紙が見える。
「セリーヌ、やっぱり出席するにはまだ早かったみたい」
そう言ってシモンがセリーヌの腕を掴み元来た道を戻ろうとする。
しかし、セリーヌの目にはっきりと映ったその張り紙には、血のような赤い文字でこう綴られている。
"セリーヌ・リリー・マルグリットは女神を騙る偽物だ 本当の姿はこの国を滅ぼす魔女の子である 今こそ皆で国を守るとき 悪しき魔女は追放せよ"
気づけば階段下にも多くの生徒が集まり始めこちらを見ている。
シモンはそれでも元来た道を戻ろうとするが、セリーヌはその張り紙から目が離せない。
シモンに引っ張られている腕に力を入れ動かない。
「セリーヌどうしたの?今はとりあえず一旦外へ出よう」
シモンはなだめるように言いながら腕を掴む手に力を込めるが、セリーヌがてこでも動かない様子にため息をつく。
「シモン…このまま帰ることはできないわ」
「まったく…その頑固さには敵わないよ」
シモンはセリーヌを連れ帰ることを諦めた。
「はぁ、それで?どうするの?」
「ええ…」
その張り紙をじっと見つめて考える。
しかし考えたところでここを切り抜ける上手い方法等すぐには思いつかないだろう。
そしてセリーヌの真っ直ぐな性格も、そうそう変わるわけもない。
「うーん、そうね…色々あるけれど、とにかくまず言いたいのは、私は魔女の子ではなく孫です」
「ん?」
その場にいる皆がキョトンとする。
「ですから、子供ではなく孫なのです。魔女は祖母で、母は魔女ではありません。ですから子ではありません」
水を打ったように静まり返っている。
「うん…そうだけど、そうじゃない…」
真面目に訴えているセリーヌに、シモンはどう返したものかと悩む。
「アハハハ」
階段の下から豪快な笑い声が響いた。
「さすがセリーヌ、期待を裏切らないね」
見るとそこには昨日会ったアンネルシアが下から見上げて笑っている。
室内なのにそこだけ風が吹いているかのような爽やかさである。
「ルシア様!」
「ご機嫌よう、今日から暫くここで勉強させて貰うことになった。よろしくね」
と周りを見ながら皆に向かって言うと一斉に黄色い声が飛び交った。
「まぁ、やっぱり人気者ですわね」
とセリーヌはアンネルシアの人気ぶりに関心している。
「あーあ、これでも結構心配したんだけどな…」
シモンは心配損だったようだ。
ガックリと肩を落とすけれど、セリーヌが思いの外堪えてない事に安堵した。
「なんですかこれは」
刺すように鋭い声音にその場にいた者たちはビクリと動きが止まった。
声のする方を向くと、そこにはあの薔薇の令嬢ヴィクトリアが険しい表情で踊り場を階上から見下ろしている。
「それは何かと聞いているのよ、誰か答えなさい」
あなたと指差された大人しそうなご令嬢は、まさか自分に振られるとは思っていなかったのだろう、目を白黒させ今にも倒れそうだ。
「いいわ、その隣の方答えて頂戴」
拷問を受ける囚人さながらに怯えている、いかにも育ちの良い貴族の子息という雰囲気の男子が慌てて答える。
「あっ、あのっ、朝参りましたら、ここにこのような張り紙がありまして…」
「誰の仕業かしら?」
「わっ、わかりません…」
「そう…誰だか知りませんが、この美しい学園の品位を落とす行為は私が許しません。犯人は早く名乗り出たほうがよろしくてよ」
まさかあのヴィクトリアがこんな事を言うなんて驚きでしかない。
中には王太子の婚約者になれなかったヴィクトリアの仕業じゃないかと疑っているものも少なくなかっただろう。
シモンだけは未だにヴィクトリアに対して自作自演ではないかと疑っている。
「まあいいわ、この件は学園長に報告させて頂きます。もうすぐ講義が始まる時間ですよ、皆さんこんなところで立ち止まっている時間はありませんわ」
その言葉を合図に皆が慌てて散っていく。
ヴィクトリアは自らの執事に張り紙を外して学園長へ提出するよう命じた。
「あの!ヴィクトリア様、ありがとうございます!」
おかげでこの状況を脱する事ができたとお礼を伝えるが、ヴィクトリアのセリーヌに対する視線もまた冷たい。
「あなたの為ではないわ、私はこの学園の品位を貶める行為が許せないだけ。あなたの事を信じているわけではない」
そう言い残して立ち去った。
「気にすることない、ああいう人だから」
シモンはさすがに落ち込んでいるかとセリーヌの顔を覗き込むが、当の本人はなぜかニコニコと嬉しそうだ。
「ヴィクトリア様って言葉はキツイけど正義感の強い優しい方なのね」
「えっ!?何をどうしたらそう思えるの?」
付き合いは長いけれど、セリーヌのこういうところは未だにシモンの理解を超えている。
「ははっ、セリーヌは儚い妖精のように見えて結構芯が強いんだね」
アンネルシアは関心しながら二人に近づいてくる。
「ルシア様はどちらのクラスですか?」
「君と一緒だよ」
「そうですの、嬉しいですわ!では一緒に行きましょう」
キャッキャと嬉しそうにはしゃいでる。
確かに、並の心臓ではあんな貼り紙をされたら二度とこの学園に足を踏み入れる事はできないだろう。
改めてセリーヌの図太さを感じながらシモンは二人を送り届け、その後自分のクラスへと向かった。
(セリーヌを傷つけたい誰かはきっと面白くないわね…もっと酷い嫌がらせをしてこないといいけど…)
一抹の不安を抱えながら、シモンは学園でも目を光らせなければと気を引き締めた。




