55 それぞれの覚悟
応接室に戻ってきても重苦しい空気に包まれていた。
特にロンベルクは、セリーヌの手を握っているアルフレッドを見ても何も言えないほど落ち込んでいる。
誰もが口を開けぬまま沈黙が流れる。
そこへサイラスがお茶を持ってやって来た。
「殿下、皆様にご挨拶をしたいとレオナルド殿下方がいらしていますが…いかがいたしましょう」
空気を察したサイラスは場合によってはお引取りいただこうと心の準備をする。
少し間があったが、サンドラも頷いたので通すことにした。
「失礼いたします」
レオナルドに続き、シモンと見知らぬ男性が一人入ってきた。
「何だか空気が淀んでいますけど、どうしました?」
敢えてなのか鈍感なのか、レオナルドはこの場にはふさわしくない明るくあっけらかんとした声で皆に声をかける。
「いや、ちょっとな…」
部屋に通したことは間違いだったかと少々後悔するアルフレッドだったが仕方がない。
「ふーん、そうですか。僕の方は今日はアンネルシア王女からご報告したいことがあるようでお連れしました」
そういえば、アンネルシア王女は暫くここに留まるという話だったと思い出しながらセリーヌはレオナルドの方を向く。
「そうか。何か変化はありましたか」
アルフレッドは特に何ということもなく三人に向かって話している。
「例の教会はまだ何も動きはないようですが、その周辺で気になる事がありましたのでご報告をと思い参りました。場所を変えたほうがよろしいかと…」
淡々とした口調で見知らぬ男性が答えている。
「…………え?」
思わず声が出た。
今の話の流れはおかしい。レオナルドはアンネルシア王女から報告があり連れてきたと言った。
そしてアルフレッドが話しかけて答えたのが初めて見る男性の方だ。
(どういうこと?王女様の遣いの方?それにしては不自然な会話よね…)
慌てて口に手を当てるけれど、セリーヌの心の声は誰が見ても手に取るようにわかる。
「そうか、セリーヌはこの状態で会うのは初めてだったな。こちらの方がアンネルシア王女だ」
とアルフレッドが手で指し示している方はどこからどう見ても男性に見えるのだが。
(え…えっ…えー!?)
何とか声には出さず心の中で驚きの声をあげるけれど、聞こえているかの如く皆にもわかる。
セリーヌ以外は皆知っているようだ。
当のアンネルシアが一歩前に出る。
「舞踏会でお会いしましたね。私はアンネルシア。この格好だとやはりわからないか…これが私の普段の装いなので」
セリーヌの手を取り紳士らしく挨拶をする。
王女だとわかってはいても、爽やかな見目の良い男性に見えるアンネルシアがセリーヌの手に口づける様子を見ているアルフレッドの心も穏やかではない。
現にアンネルシアは自国エストルネでは剣の腕も知られているが、女性にしてはスラリとした長身で、立ち居振る舞いも紳士的である事からご令嬢達の間では王子様のような存在でとても人気がある。
化粧をしていないだけでこんなにも違うのかと思うけれど、キリリとした顔立ちは美しく、髪を後ろで無造作に束ねているだけだがそれがまた何ともいえない色気を醸し出している。
勇ましいが為に、嫁の貰い手がないのではと国王の悩みの種でもあるようだ。
「エストルネの友人達にはルシアと呼ばれている。セリーヌもそう呼んでくれると嬉しい」
「ルシア様、素敵ですわね!」
相変わらず受け入れるのが早いセリーヌはもう慣れた様子だ。
何となくこれ以上二人を近づけてはならない気がして、アルフレッドは二人の間に入り本題に入るように促す。
アルフレッドが焦る所などそう見れるものではないと、レオナルドとサンドラは興味津々でやり取りを見ていた。
「挨拶はそれくらいで十分でしょう。ここにいる者たちは皆事情を知っているので話してくれて構いません」
「わかりました、実はウォルドナー教会の信者と思われる者達を何人か湖の近くで捉えたと報告が来ました。それもエストルネ側で」
湖はルカニア側とエストルネ側で守っている。
エストルネ側でも門番のような者たちがいて簡単に立ち入ることができないのは誰もが知っている。
それにも関わらず、捕まるとわかっていてわざわざ侵入してくる等不自然なのだ。
「捕まった者たちは皆が口を揃えて"願いの湖に願い事をしにきた"と言っているそうです」
「願い事…」
「ええ、皆花を持って病気の家族の治癒を願うためとか、意中の相手と婚姻を結べるようにとか」
なぜ急にそんなことが起きているのか。
「今まで近づいてはいけないと誰もが知っていたはずなのに、急に願い事をしに訪れるなんて確かに不自然ね」
サンドラも腰と顎に手を当て考え込んでいる。
「まだ詳しいことはわかりませんが、捕らえた信者達は口々に女神様が願い事を叶えてくれると話しているようです」
「こちら側にはそのような動きはなさそうですが、念の為こちらも注視しておきます」
レオナルドも真剣な顔になっている。
「私からも報告が」
ここまで静かに聞いていたシモンが手を挙げ話しても良いかと許可を得る。
「私の調査によると、ウォルドナー教会の司教の母親がどうやら瀕死の状態で、さらに愛人が少し前に亡くなっているようです」
憔悴しきって下を向いていたロンベルクが驚きの表情でゆっくりと顔を上げた。
その理由は誰もがわかっている。
つまり、かけた呪いが退けられた為に己に跳ね返った結果という事だ。
鈍感なセリーヌもさすがに気づく。
「私が…」
サンドラやミオーネを助けようと必死に呪いと戦った結果とはいえ、自らの行いで誰かの命が消えた。
愕然とし、己の恐ろしさに体が震えているセリーヌをシモンはキッと強く見つめる。
「セリーヌ、こんな話本当なら聞かせたくないけど、いずれ必ず知るときが来る。それなら親友の私から伝えたいと思ったの」
人前ではいつも言葉遣いを気にしているのに、そんな事など気にしている余裕もないほど真っ直ぐにセリーヌに伝える。
「もしあなたが呪いを退けなければ、サンドラ様とミオーネ様がそうなっていたのよ。あなたはお二人の命を救った。私はお二人の命を狙い、あなたにこんな思いをさせたあいつらを絶対に許さない」
いつも冷静でツンとしているシモンの目に炎が見えるようだ。
「セリーヌ、あなたが背負う必要はないわ。あの者たちはその覚悟で命をかけて私達に戦いを挑んできた。その結果負けただけ」
王太后であるサンドラの言葉が重くのしかかる。
アルフレッドがセリーヌの両肩に両手をおき、力がこもる。
「ただ気にするなと言っても無理なのだろう。だが、君にそれをさせたのは僕だ。僕が背負うべき事。そして僕はそれを後悔することはない」
皆がセリーヌを慮り気にするなという。
それでもそう簡単に割り切れるわけではない。
(私のせいで…)
ここに来て初めて女神の生まれ変わりであることの重さを知る。
未だ目を伏せて体を震わせていると
「いいえ、それではダメです。セリーヌ、おまえは覚悟を持たなければいけない」
娘を溺愛してやまないロンベルクから、まさかそんな厳しい言葉が出るなど誰も予想だにしておらず、驚きの目を向ける。
「セリーヌ、これから先も恐らくこういう事が起こり得るのが今の状況だ。どこかで命の選択を迫られることもあるだろう。その時にお前はどう選ぶのか…目を逸らしてはいけない」
父ロンベルクの言葉はセリーヌの心に突き刺さった。
厳しい言葉だけれど、苦しいし恐ろしいけれど、向き合わなければいけない。
ギュッと目を閉じて一呼吸おき、それからゆっくりと顔を上げた。
「はい…」
手はまだ震えているが、しっかりと父と目を合わせ応える。
「ああ、もう子供ではないのだ。それにお前はただの令嬢ではない。できることなら恐ろしい事など知らずに過ごして欲しかったが、これが運命ということならば立ち向かうしかあるまい」
ロンベルクは自分自身に言い聞かせるように言った。




