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54 狙いは…


「ショウキッド……ショウキッド…」


薄暗く湿ったカビ臭い地下牢の中で両手両足を重く冷たい鎖に繋がれ横たわっている"ショウキ"ことショウキッドは目だけを動かし声のする方へ視線を移す。


そこには"マーク"と名乗ったマクベスが騎士の格好をして立っている。


「マクベス…」


「ショウキッド、しっかりしろ!もう少しこっち側へ」


「お前…なんでここに…」


「そんなことはいいから、とにかく今はもう少しこっち側に!時間がない」


どうやら変装して騎士に紛れてここまで助けに来たようだ。


ショウキッドは一瞬手に力がこもったがすぐに諦めた。


「無理だ…ここから逃げられても女神からは逃げられない」


「何言っているんだ。諦めるのか?ばあちゃんの敵を取るんじゃなかったのかよ!それにな…」


マクベスは何かを言いかけて黙った。


何を言いかけたのか気になったがショウキッドは思い出した。祖母が呪いによって倒れ、今はもう枯れ木のように皺だらけに痩せ細り目を開けることもなく静かにただ眠っている姿を。


「俺は諦めない。あいつらに復讐するまで」


ショウキッドは舞踏会で女神に会ってから今まで、自分はここで死ぬ運命だと諦めていた。


女神の視線と声だけで体が動かなくなり、気がつけばこの牢に放り投げられ重い鎖に繋がれていた。


しかし目の前にこうして城の奥深くまで乗り込んできた弟に希望の光を見る。


気力も体力も失われていたがショウキッドの目に復讐の火が再び灯される。


「そうだな…まだ終わっていない」


「そうだ、まだ終わってない!」


ショウキッドは僅かに残る力を振り絞りなんとか格子の近くまで体を寄せ手を伸ばす。


その手を掴んだマクベスはショウキッドを引き寄せた。


上着を全て脱ぎ捨ててもギリギリの状態だが、魔力を無効化してしまう格子に腕が着かないよう慎重に移動魔法で城の外へと飛んだ。




****



祖母クリスティアと現実の世界で再会したセリーヌは、改めて女神の生まれ変わりであるという事を告げられ、現実なのだと実感する。


そして、セリーヌの中に居る女神と対峙した事も皆に話して聞かせたのだった。


舞踏会での事やクリスティアから話は聞いていたけれど、それでも信じたくないロンベルクだったが、本人の口から女神との話を聞かされると夢であって欲しかったと肩を落とした。


(なぜ女神様は私の娘をお選びになったのか…)


本来ならば誇るべき事なのだろう。しかしロンベルクは娘の運命を、背負うものの大きさを思うと己の無力さを痛感した。


娘を思い悲しむロンベルクの姿に、クリスティアもまた母親として胸が苦しくなる。


そしてかわいい孫娘に辛い思いをさせたくなどない。


しかし、クリスティアはフーっと一つ大きく息を吐き真っ直ぐにセリーヌを見据え話し始めた。


「私達北の魔女一族が北山の湖を守っている事は知っているわね?」


「はい、小さい頃におばあ様に連れて行って頂いたのを朧気ですが覚えています」


「そうね、いずれあなたには私の後を継いでもらうつもりだったから連れて行ったのだけれど、その後あなたものすごい高熱で寝込んでしまったから大人になるまでは近付かせない方がいいと思ってね」


「そうでしたか…寝込んだことは覚えておりませんでした…」


何かを考えているのかクリスティアはじっとセリーヌを見て難しい表情を浮かべている。


「おばあ様?」


「今までどうして私達北の魔女一族が湖を守ってきたのか…一族の長だけに受け継がれている事なのだけれど、その理由をあなたは今知る必要があるわね」


クリスティアは慎重に言葉を選んでいるようで重々しく口を開いた。


これは一族の間で最も重要な事であり本来ならば長だけが知り得る秘密なのだ。

クリスティアも慎重にならざるを得ない。


その場に居る他の三人は本当ならば部屋を出てもらうべきなのだけれど、セリーヌを守るために掟を破る覚悟を決めた。


もちろん、三人も秘密を外に出すことはないとその場で誓いを立てる。


そして、クリスティアは静かに語り始めた。


北山の山頂にある湖は"願いの湖"と呼ばれ、底にはある箱が沈められている。


今から千年もの昔に魔女がこの世界に呪いをかけ、箱にそれを封じ込めたのが祈りの女神と言われている。


その封印が解けないよう箱を、湖を守っているのが北の魔女一族だった。


だが、200年毎に呪いの箱の蓋が開きかけるため、封じ直すため女神が姿を変えて生まれ変わるのだと古文書に記されている。


それを北の魔女一族の長が代替わりの際にその古文書と共に箱を守る役目を代々引き継いできたのだ。


皆が静かに話に聞き入っている中、セリーヌはサンドラやミオーネにかけられた呪いの事を思い出した。


禍々しく気持ちの悪いあの感触は、思い出しただけでゾッとする。


「その箱に封じられた呪いとはどのような物なのです?」


「古文書には禍々しきものと書かれてあるだけ。でももしその呪いが箱から漏れ出して湖に広がり、そこから川に流れ出てしまうと国中に呪いが広がることになるの」


「そうなれば、その水に触れたり飲んだりした人も…呪われる…という事ですか?」


「恐らくそういう事になるわね」


言い伝えられている伝説では、魔女がこの国の民を傀儡にし我ものにしようと呪いをかけたと言われている。


「何だかおとぎ話のようね」


サンドラは淡々としているようで、やはり難しい表情を浮かべている。


「ええ、本当におとぎ話の中だけにして欲しかったですわね」


クリスティアはため息をつき首を横に振る。


「では…私の役目はその封印をかけ直すという事ですね?」


セリーヌは冷静に確認する。


「ええ、そうよ」


胸の痛みを飲み込みながらクリスティアは毅然とした態度でセリーヌに向き合う。


ここまで静かに話を聞いていたアルフレッドが口を開いた。


「クリスティア殿、確か前に女神が生まれ変わったのは250年くらい前だったはず…50年もの間女神がいない状態でも封印が解けることがなかったのであればかけ直す必要があるのだろうか」


クリスティアとサンドラは顔を見合わせ頷きあった。


「先日、捕らえられていたウォルドナー教会の者が姿を消しましたね…」


アルフレッドはその言葉で気づいた。


「ウォルドナー教会の狙いはその呪いか…」


「はい、そうだと思います」


セリーヌはその会話を聞いて思い出した。


あの舞踏会でショウキが何かと女神にこだわっていた事を。そして、怯えた顔を。


「もしかして、ショウキさんがいなくなったのですか?」


「あぁ、10日ほど前に…情けないが恐らくもう一人の奴が潜り込んで移動魔法を使って脱走させたのだろう」


アルフレッドは眉間にしわを寄せ、本当に悔しそうだ。


「そのウォルドナー教会がどうして呪いを」


「ウォルドナー教会の現頭首である司教は、伝説に出てくる魔女の子孫で、本来ならば自分がこの国の王なのだと強く思っている」


そしてそれはまた、ウォルドナー教会の歴代の頭首達の願望でもある。


「魔女として悪者にされている方が本物の女神で、その子孫である自分達が国を正しく導くのだと信じて疑わない。だから、その為には偽物の女神が邪魔な存在でしかない」


「そんな…」


サンドラが、クリスティアの言葉に続く。


「これまで王家は幾度もウォルドナー教会から刺客を送り込まれたり、命を狙われてきた歴史があるの。それもこれもウォルドナー教会が王家に取って代わろうとしているから」


サンドラは怒りを滲ませながら話して聞かせた。


点と点が線になりつつある。


「ちょっと待ってください、呪いは失敗するとかけた者に返るのですよね?そうすると呪いを解いたセリーヌに復讐しようと考えるのでは?」


ロンベルクは恐ろしいことに気づいた。


「ええ、サンドラ様の呪いを跳ね返した事で女神が生まれ変わったと気づいて、あの舞踏会でセリーヌの中の女神様が目覚めたのを知った今、あの者達の狙いはセリーヌよ…」


「そんな…」


絶望に打ちひしがれるロンベルクの気持ちを思うと、クリスティアもまた胸が苦しくなるがそんな気持ちを押し殺して淡々と話を進める。


「200年毎に箱が開きかけるというのは、ウォルドナー教会の方でも強大な魔力を持った者が生まれ、その度に箱を開こうとするからなの」


つまり、箱を開かせず呪いが外に漏れ出さないようにするということだ。


「湖のこちら側から守っているのは北の魔女一族だけれど、反対側を守っているのはエストルネ国。舞踏会であちらの王女様がいらしたのは、両国の関係は強固であり、両国で守っているから手出しはさせないという牽制の意味もあるの」


そう考えれば、王女アンネルシアが王太子ではなく第二王子のエスコートで登場したのも、両国が良好な関係を保っている事を知らしめる意味が強いために、王太子ではなく第二王子がエスコートしても良かったのだろう。


立場を考えればアルフレッドの婚約者候補に一番近い方なのだが、そうではなかった事にホッとするセリーヌだった。


「王女アンネルシアは暫くここに滞在し、ウォルドナー教会の動きを探ると言っていた」


「えっ?王女様がそんなことをなさって大丈夫なのですか?」


上品で所作の美しい王女アンネルシアを思い浮かべてセリーヌは心配になる。


「彼女はああ見えて剣の腕はエストルネ国一なんだ。一見大人しいお姫様に見えるけどな」


言われてみればどこか勇ましさも感じた不思議な方だと思った。


「エストルネ国では湖の周辺で怪しい動きがあったようなの。だから今は国内も緊張感を持ってウォルドナー教会の動きを見ているはずよ」


隣国をも巻き込み、繰り返される歴史の大きな渦に飲み込まれるなようなそんな恐ろしさにセリーヌの体は竦んでしまう。


(私にそんな大役を果たせるのかしら…)


不安に押しつぶされそうなセリーヌの手を取ったアルフレッドは、その大きく力強い手でしっかりと握りしめた。




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