53 父ロンベルクvs王太子アルフレッド
セリーヌは父ロンベルク伯爵と共に城から来た迎えの馬車に乗り込んだ。
「では行ってまいります」
ミオーネやキャサリン達に見送られ馬車は走り出した。
サンドラは約束通り祖母クリスティアに会わせてくれるということで、わざわざ迎えを寄越してくれたのだ。
王家の馬車が度々出入りするマルグリット伯爵邸を最初の頃はこそこそと覗き見ていたお隣の屋敷の使用人たちも、最近では遠慮なく堂々と頭を下げ見送るようになった。
「立派なのは馬車だけなのだけれど…」
何だか申し訳ないような複雑な気持ちになる。
「わざわざ迎えを寄越してくれなくとも馬車くらいうちにもあるのだがね」
ロンベルクもあまり目立ちたくないと思っているようだ。
「お父様は前にお城でおばあ様に会ったのですよね?」
「ああ、セリーヌが誘拐されたときに陛下とサンドラ様の計らいで一度な」
会うと言っても詳しいことは聞かされていないセリーヌはどうやって会うのか不思議に思い首を捻っている。
「おばあ様がお城にいるわけではないのですよね?どうやって会えるのか気になりますが…」
とはいえ、どんな事でも王太后サンドラならできる気がする思うほどにその信頼は厚い。
「着いてからのお楽しみ、だな」
心なしかロンベルクも嬉しそうだ。
赤の魔王と恐れられてはいても、母親を前にすれば子にかえるのだろう。
城の門を通り抜けると、絵の中に入り込んだかのような素敵な庭園が広がっている。
「いつ見ても素敵ですわね」
うっとりと窓の外を眺めているセリーヌを愛でるロンベルクであったが、最近はアルフレッドの顔がチラついてしまいどうにも落ち着かない気分になる。
「セリーヌ、今日は母上に会わせて頂くだけで終わったらすぐに帰るのだぞ」
念の為に念を押しておく。
「ええ、アルフレッド様はお忙しいのでしょうね…」
「そうだ、王太子殿下に暇な時間はないはずだからな」
と、さらにダメ押しの一言。
ここまで言えばいいだろうと、ロンベルクは余裕の笑で腕を組み壁に背をあずける。
「あっ!アルフレッド様だわ!」
「なっ…」
見るとアルフレッドが外で馬車の到着を待っているではないか。
(なぜ王太子がわざわざ外で待っている?!)
束の間の余裕であったようだ。
エントランス前に馬車が止まるとアルフレッドが出迎える。
「やぁ、待ってたよ。伯爵、昨日は無意識とはいえ勝手にセリーヌを城へ連れてきてしまって申し訳なかった」
アルフレッドは王族にも関わらず、自分の非を認め謝罪した。
王太子に謝罪をさせるなど恐れ多い事である。ロンベルクはセリーヌとの距離が近いアルフレッドに苦言を呈する事ができなくなった。
(これは私に何も言わせないための策略か?)
とさえ考えてしまう。
ロンベルクは舞踏会の時の様子で二人の事は薄々気がついている。
だが、真実を知りたくはない。
キャサリンには溺愛が過ぎると呆れられるが、認めたくないのだから仕方あるまい。
「どうぞ一貴族に過ぎない私共にその様なお気遣いはなさらないでください。殿下はお忙しいでしょう、今日は執事の方にサンドラ様の所へ案内していただけましたらそれで結構です。私達は用が済めばすぐに帰りますので」
笑顔で丁寧に話しているが、ロンベルクの額には青筋が浮いている。
「いや、二人は大事な客人なのだから僕が案内する。心配には及ばない」
アルフレッドもにこやかに微笑んでいるが、二人の間にある空気は張り詰めている。
赤い炎と青い氷のような相反する二人の様子をその場にいる者達は固唾を呑んで見守っている。
たった一人を除いて。
「アルフレッド様、お忙しいのにありがとうございます。お父様、アルフレッド様にもお会いできて良かったですわね!」
のほほんとしたセリーヌの声で緊張がとけた。
「あ、あぁ…」
「いや、セリーヌの事以上に大事なことはないからな」
赤の魔王の髪が逆立ち、更に燃え盛る炎が見えるのは気のせいだろうか。
そしてセリーヌの頬もほんのり赤く染まっている。
今にも噴火してマグマを吐き出しそうな伯爵の様子に、執事のサイラスが空気を察知し城の中へと促した。
(殿下…ここは慎重に…)
二人の恋を応援するサイラスは主と魔王の機嫌を損ねないようにと気を利かせる。
できる執事であるからこそ、このサイラスの胃が壊れないことを切に願おう。
「マルグリット伯爵、セリーヌよく来たわね」
王太后サンドラが応接室で待つセリーヌとロンベルクの元へとやって来た。
「サンドラ様、本日はありがとうございます。よろしくお願いします」
恭しく挨拶をするロンベルクにならいセリーヌもカーテシーをする。
「いいのよ、クリスティアからも頼まれていた事だから」
「そうでしたか、益々恐縮してしまいますが…快く受けてくださって感謝いたします」
「そんな他人行儀な事を言わないで頂戴。私はもうあなた達の事は家族のように思っているの。そうよね?アルフレッド」
「ええ、おばあ様の仰る通りです」
(王族の方って何て心が広いのかしら)
感激しているセリーヌとは裏腹に、ロンベルクの額に浮き立つ青筋がまた一つ増える。
(外堀を埋めるつもりか?セリーヌはやらんぞ…)
もちろん表情はいつも通りだが、心中は荒れ狂っている。
「そういう事だから気にしないでね。これから場所を移るけど、場所を教えるわけにはいかないからアルフレッドお願いね」
「はい、では移動しますのでお二人はセリーヌにお掴まりください」
言われたようにセリーヌを中心に皆が繋がった所で秘密の部屋へと移動した。
「ここは…」
窓のない部屋の中央に大きな鏡が置かれ、その両脇に長椅子がそれぞれ置かれているだけの簡素な部屋だ。
華やかな城の中に、こんなにも何もない部屋は返って不気味さすら感じてしまう。
「この鏡を使ってクリスティアに会うのよ」
「鏡を使って…」
「まぁ見ていて」
サンドラはニッコリと笑うと鏡に向かって手をかざし呪文を唱えた。
すると鏡の中に映るサンドラがモヤモヤと歪み始めたかと思うと段々暗くなっていきとうとう真っ暗闇になった。
セリーヌは固唾を呑んで見守っている。
10数える程度の時間だろうが、ものすごく長い時間のように感じられた。
「あっ、おばあ様!」
思わず声が出る。
「サンドラ様、アルフレッド殿下本日はありがとうございます」
落ち着いたクリスティアの声はとても懐かしいような心を穏やかにさせてくれる。
「セリーヌはよく頑張ったわね」
鏡越しでなければ、温かく労ってくれる祖母に抱きついている所だ。
「おばあ様…あの時夢でおばあ様が教えて下さったおかげでこうして目を覚ますことができたのです…」
眠りについている間、己との戦いであった。苦しくて寂しくてそんな思いに押しつぶされそうにもなった。
けれど、祖母が背中を押してくれたおかげでこうして現実の世界に戻ることができたのだ。
「あなたが自分の力で目を覚ましたのよ。もっと自信を持ちなさい」
優しくも厳しい祖母の事がセリーヌは大好きなのだ。
そんな祖母と孫娘との温かいやり取りを三人は静かに見守っている。
「はい、ありがとうございます」
涙を拭き、背筋を伸ばして真っ直ぐにクリスティアへ顔を向けた。




