51 夢心地
喉に詰まったサンドイッチが何とか喉を通り抜け、息を吹き替えしたセリーヌはミオーネに背を擦られながら姿勢を正した。
「申し訳ございません、アルフレッド様…お見苦しいところを」
「いや、突然現れてすまなかった…」
いつかも見たような光景だ。
セリーヌの目覚めを知り慌てて移動魔法で飛んできたのだろう。
アルフレッドは恥ずかしがっているセリーヌを見て目覚めたことが現実だと実感する。
安堵からか気が抜けたように膝から崩れ落ち、床に膝をつき大きく息を吐く。
それからセリーヌの顔を下から覗き込むように見上げ両手でセリーヌの手をしっかりと包むように握った。
「セリーヌが無事で本当に良かった」
真っ直ぐにセリーヌの目を見て握る手に力がこもる。
「アルフレッド様のおかげです。あの時、支えてくださらなかったらあの禍々しい呪いに呑み込まれていたと思います」
アルフレッドの少し潤んでいる青い瞳をしっかりと見つめ返して感謝を伝えた。
「私を護って下さって本当にありがとうございます、アルフレッド様」
セリーヌの笑顔を見たアルフレッドは今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られる。
皆が温かく二人を見守っていたが、そこまでだと言わんばかりに父ロンベルクが立ち上がり、大きく咳払いをしアルフレッドに声をかける。
「んんっ、アルフレッド殿下、私も父として本当に感謝しております。どうぞそんな床ではなくこちらへお掛けになってください」
椅子を用意させてそちらへと勧める。
アルフレッドは立ち上がりながらもまだセリーヌの手を握っている。
「ああ、すまない。セリーヌが目覚めたと聞いたら体が動いて…突然来てしまって申し訳ない」
「いえ、殿下が謝られるような事は何もございません。娘のために飛んできて下さってありがとうございます。そして、改めてセリーヌを護って下さったことにお礼を申し上げます」
ロンベルクは胸に手を当て頭を下げた。
それに習いキャサリンも同じように胸に手を当て頭を下げる。
「いや、そんな堅苦しいのはやめよう。セリーヌは目覚めたばかりで食事をしていたのだな。食事を続けてくれ、三月も眠っていたのだからお腹も空いているだろう。邪魔したな」
「あのっ、アルフレッド様もよろしければ一緒に」
せっかく来てくれたのだからとセリーヌも立ち上がる。
「ありがとう。でも執務中に飛び出してきたから今頃サイラスが慌てていると思う。すぐ戻らねば」
「そうですか…」
寂しそうに俯くセリーヌの可愛さに、内心悶絶しているアルフレッドだが、ここは王太子として鍛えた理性で何とか抱きつきたい本能を抑える。
(くぅ…ここに誰もいなければ…執務などなければ…久しぶりのセリーヌなのに…)
そんな心の内とは裏腹に、王太子らしい微笑みで冷静に皆に挨拶をし、また移動魔法で城に戻った。
はずだった。
「あの…アルフレッド様…」
ふぅと一息ついた所でセリーヌの声が聞こえた。
「あぁ、あまりに会いたいがために幻聴まで聞こえる」
目頭を押さえながら頭を軽く横にふる。
「あの…」
「ぶっ」
執務室で主の帰りを待っていたサイラスが思わず吹き出す。
「ん?なんだサイラス」
「殿下、横をご覧になって下さい」
「横……?!」
サイラスに言われるがまま左側を見るとセリーヌが顔を真っ赤にしてこちらを見ている。
「なっ、なんで?!」
「なんでといいますか…あの…手を…」
アルフレッドの手はしっかりとセリーヌの手を握っていた。
どうやらアルフレッドの手は本能に負けたようだ。
「すっ、すまない!こんなつもりではなかったのだ!ちょっと顔を見たかっただけで…これでは誘拐になってしまう」
珍しく取り乱しているアルフレッドに、できる執事サイラスは常に冷静で主に落ち着くよう宥める。
「マルグリット伯爵邸に知らせを出しておきますのでご安心下さい」
サイラスは笑いを堪えていたが、姿勢を正し改めてアルフレッドの帰りを迎える。
「お帰りなさいませ殿下。そしてセリーヌ様」
「ああ、急に飛び出して悪かったな」
「サイラス様ありがとうございます」
サイラスもセリーヌの目覚めを本当に喜んでいるのがわかりセリーヌは胸がいっぱいになる。
「せっかくですからお茶を入れますのでセリーヌ様はごゆっくりなさって下さい」
「そうだな、セリーヌがいてくれたら執務も捗る。セリーヌは目覚めたばかりだ、サイラス何か食べる物も用意してくれ」
「いっいえ、そこまでしていただかなくても」
遠慮するセリーヌの言葉を聞き流し、できる執事サイラスはあっという間に準備を始め、あっという間に厨房へと向った。
そしてテキパキとマルグリット伯爵邸への知らせも滞りなく済ませたのであった。
アルフレッドが幼い頃から飼っている鷹が今はマルグリット伯爵邸と頻繁に行き来し、お互いに何かあればすぐに知らせられるようにしていたのだ。
「あの鷹に手紙を持たせているのですね」
「そうだ、セリーヌの目覚めをいち早く知りたくて毎日あの鷹を遣わせていたんだ」
(そこまでして下さっていたなんて…)
アルフレッドの言葉や行動一つ一つにセリーヌを想ってくれる気持ちが伝わってきて胸がギュッとなる。
セリーヌを長椅子に座らせて、ここでようやくアルフレッドの手が離れた。
恥ずかしさでいっぱいのセリーヌだったが、いざ手を離されると少し寂しいような気持ちになる。
そんなセリーヌを見たアルフレッドが我慢など出来るわけもなく、それでもはやる気持ちを押さえながら優しくセリーヌを抱きしめた。
「ああ、本当にセリーヌが戻ってきてくれたのだな。夢ではないな」
「はい、夢ではありません」
アルフレッドの背に腕を回して、これが夢ではないことをセリーヌも実感する。
「アルフレッド様…会いたかったです…」
アルフレッドの肩に顔を埋め、セリーヌの心の声が漏れる。
それを聞いたアルフレッドは息苦しいほどに強く抱きしめたかと思うと、ふっと体が少し離れ今度はセリーヌの顔をアルフレッドの両手で包み込んだ。
「僕も会いたかった…とても…」
額をくっつけ合いながら、吸い込まれそうなほど美しいアルフレッドの青い目に見つめられてぽーっとしていると、いつの間にかアルフレッドの唇がセリーヌの唇と重なっていた。
一瞬驚いたセリーヌに、少し笑いながら啄むような口づけを何度も重ねる。
「セリーヌ…目を閉じて…」
囁くようなアルフレッドの声に鼓動が一際大きくなる。
ドキドキと胸が鳴る中セリーヌはゆっくり目を閉じた。
それを確認したアルフレッドはセリーヌを支えるように頭に手を回して深く口付けた。
唇を重ね夢心地でいた二人だったが、サイラスが戻り扉を叩く音でハッとなり慌てて離れた。
少し間があってサイラスがお茶とケーキを運んできた。
ソワソワと落ち着きのない二人を見てサイラスは察するが、見ないふりをしてニコニコと嬉しそうにお茶とケーキを並べていった。




