49 女神を護れ!
「クリスティア殿、ウォルドナー教会について知っていることを教えて欲しい」
アルフレッドはここのところずっとウォルドナー教会の事を探っているが、中々その実態を掴めないでいた。
関わりがあったというクリスティアに頼るしかないと思い、サンドラに頼み話せるよう取り計らってもらった。
「ウォルドナー教会は、この国の西側にある大聖堂を主として秘密裏に活動しているのです。頭首は大聖堂で司教をしている男、そして殿下が先日セリーヌを助けて下さった時にいた移動魔法が使えるのがその息子です」
西の大聖堂といえば、女神を信仰していたはずだかそれを隠れ蓑にしていたようだ。
(なるほど、あのショウキという男が妙に小さい奴を気にしていたのはそういう事か)
「表向きは女神信仰しているように見せて、実は女神を滅ぼし自らがこの国の王となるべきだと考えているようで…というのも司教は祈りの女神伝説に出てくる魔女の血筋なのです」
祈りの女神伝説では、魔女が己の欲望を満たすために民を呪いで傀儡にしようとしたが、女神の祈りによって呪いが解かれ平和な世になったと語り継がれている。
「なるほど、この国を己のものにするために女神が邪魔なのか」
「ええ、恐らくフォンテーヌ公爵家のミオーネ様が女神の生まれ変わりとどこからか聞きつけて亡きものにしようとしたのでしょう」
「そうか…でも最初の誘拐未遂はそれで説明がつくが、セリーヌが攫われたのはどういうことだ…」
「それはね、私にかけられていた呪いが関係しているのよ」
サンドラが口を開いた。
「おばあ様の呪い…あれはウォルドナー教会が関わっていたのですか?どうして今まで黙っていたのです?」
「どこに関係者が潜り込んでいるかわからないから迂闊に口に出すわけにはいかなかったのよ」
アルフレッドもなぜミオーネやセリーヌが狙われたのかと考えると、この城に内通者がいるからではないかと思えてならない。
「あの呪は昔、司教の母親である西の魔女にかけられたの。私達がまだ令嬢と呼ばれていた頃は女神様の生まれ変わりが現れない事に焦った王家が魔力の高い令嬢たちを集めては女神様を探していたの」
当時その令嬢たちの中にいたのがサンドラとクリスティアだった。
二人は特に高い魔力を持っていたためにどちらかが女神であろうと思われていた。
「そんな中で私は戦に出て敵をどんどん倒しちゃって…しかもその後当時の王と結婚して王妃になったものだから私が狙われたのね」
軽い調子で話しているが、噂に違わずやはり影の女帝と言われたのには理由があるのだとアルフレッドは妙に納得する。
「サンドラ様のイカヅチは恐ろしい程の威力で一度に何百人と倒すものだからあっという間に片付いたそうですわ」
「そういうクリスお姉様の治癒魔法なんて死人だって生き返らせる事ができそうなくらいすごいのよ」
あくまで例えだと思いたい。
サンドラは若かりし頃を思い出して思わず当時の呼び方でクリスティアを呼ぶ。
二人で懐かしい青春の思い出を語るように話しているが、聞いている方はゾクリとする。
「それでメデューサ…」
サンドラは影の女帝と呼ばれていた頃には、貴族の間でメデューサの如き恐ろしい人だと呼ばれていた。
「そうそう、懐かしいわね」
ふふふと笑っているが、アルフレッドは初めて祖母に恐ろしさを感じた。
「呪いを解くということは相手にそれが返されるという事。私を殺すための呪いだからそれをセリーヌが解いたことで西の魔女にはね返ったのね」
「ええ、そんな事は並大抵の魔力では不可能ですから、それで本当に女神が生まれ変わったのだと気づいたのでしょうね」
ただ、どこの誰かまでは分からなかった。
そこで王族に近く魔力の高さや痣等を手がかりに探していたのだろう。
静かに二人の話を聞いていたアルフレッドは違和感に気づく。
「ん?…今の話ではセリーヌが女神の生まれ変わりということになる…」
サンドラとクリスティアは顔を見合わせて頷き合う。
「ええ、その可能性が高いと思います。セリーヌの魔力量や治癒力の高さを考えると恐らく」
クリスティアの言葉に驚きのあまりアルフレッドは言葉が出ない。
「あの子が小さい頃、森で瀕死の小鳥を見つけましてね、セリーヌは必死に助けようとして治癒魔法をかけていたのですが、加減ができなくて倒れたのです」
その時、それはほんの一瞬の出来事だったのだが、セリーヌの首に花のような赤い痣が浮かび上がりクリスティアの目に焼き付いて離れなかった。
そして信じられない事に小鳥は何事もなかったかのように元気に鳴いていた。
その後痣は消えたが、それからセリーヌには首の後ろ側を見せてはいけないと言い聞かせてきたのだ。
万が一それを誰かに知られ、いつその命を狙われるかわからない。
何としても隠し通さなければならなかった。
サンドラを助けた時には、眠りについた後に痣が現れていたのをサンドラだけが気づいていた。
「そうか…ではミオーネはやはり女神ではなかったと」
クリスティアは悲しげな表情で答える。
「ミオーネ様は幼い頃から沢山の期待や重圧に耐えて来られたのでしょうね…」
そう、ミオーネの足にも痣がありやっと女神がこの世に生まれ変わってきたと王家や国の重鎮たちは喜んだ。
ミオーネをアルフレッドの婚約者とし、王妃になるべく教育を施してきた。
王家や重鎮達はミオーネこそ女神であると信じて疑わなかっただろう。
セリーヌの事はクリスティアの心の内に留めたまま、女神について色々調べながらセリーヌを見守ることにしたのだ。
「セリーヌが女神だった…」
「アルフレッド?」
腕を組み浮かない顔のアルフレッドを二人は心配する。
「殿下どうされました?」
「クリスティア殿…セリーヌの治癒能力はどれほどすごいのだろうか?」
「そうですね…先程の小鳥と言いサンドラ様といい死の淵ギリギリのところから助け出せる程でもあり、恐らくすごく広い範囲で治癒魔法をかけることもできるでしょう」
「しかし…そんなことをすればセリーヌが消耗してしまうのでは…」
「ええ…魔力を使い果たしてしまった時にはどうなるかわかりません…」
これまで女神として生まれ変わってきた者たちは、皆その最後は何らかの犠牲になりその生涯を終えている。それも若くして。
セリーヌもまた、誰かのために自らを犠牲にしてしまう所がある。
(マルグリット伯爵は無意識にそれを感じ取っていたのだな…セリーヌを外に出さなかったのは無茶をして自分を傷つけてしまう事を恐れて)
「セリーヌは痣の事も、自分が女神様の生まれ変わりだとも気づいていません。ただ、私の調べでは力が目覚める前に予知夢のような夢を見るようです。最近その兆候が見られたので、恐らく16歳の洗礼を期に目覚めるのではないかと…」
アルフレッドはダニエルとミオーネを探していた時に見つけたきっかけがセリーヌの夢だった事を思い出した。
「ウォルドナー教会はなんとしても女神様を亡き者にしようとそれはものすごい執着で来るはず。だからきっと何らかの動きをみせてくるわね」
三人は同時に同じ事を思い浮かべた。
「女神降臨祭ですね」
アルフレッドはあえて言葉にし腕を組み考え込む。
「セリーヌの事を気づかれてはいけない。だから何としても隠し通す必要があるわ」
「わかりました、この事は陛下に伝えて対策を考えます。いいですね?」
「はい、よろしくお願いします。あの娘は必ずこの国を救う女神となるでしょう」
「クリスティア殿、僕はセリーヌをこの国の為の犠牲になどさせない。女神でもそうでなくてもセリーヌは僕が守る」
「ありがとうございます。アルフレッド殿下。あの娘は幸せですわね」
そんなアルフレッドに一つ教えて差し上げましょうと言って、クリスティアは魔力を分ける方法をアルフレッドに伝授した。
そのやり取りを見ていたサンドラも満足げな表情で聞いていたのだった。
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ミオーネは国王陛下に呼ばれ城へと向かう。
恐らく正式に婚約破棄の手続きを取るのだろう。
「セリーヌはもう洗礼の儀を終えた頃かしら」
馬車の中から賑やかな街を眺めてはダニエルと街を歩いた事やセリーヌとリリアンに支度を手伝ってもらったことを思い出し自然と笑顔になる。
「セリーヌとアルフレッド様が踊るところを見たかったわ」
立場的に今回の舞踏会に出るのは無理だという事はわかっているが、二人の踊る姿とミオーネ自身もダニエルと踊る所を想像してしまう。
(いつかそんな日が来たらどんなに良いか…)
想像を膨らませている間に気づけば城についている。
馬車から降り立つと、そこには父フォンテーヌ公爵が待ち構えていた。
「お父様、お待たせいたしました」
「ああ、これからすぐに陛下の所へ向かう」
素っ気ないのはいつもの事だが、今日はどこか落ち着きがない。
違和感を覚えながらも父親のあとに続き謁見の間へと移動した。
そこには国王、王妃、王太后サンドラ、アルフレッド、第二王子レオナルドがいた。
婚約破棄の手続きにしては王族が揃いすぎている。
形式的な挨拶の後、国王陛下は本題に入った。
「ミオーネ、そなたが逃げ出した経緯は聞いた。幼い頃から厳しい教育を受け努力をしてきたことも知っておる。だからこそ、そなたが逃げ出したくなる気持ちも分からないではない。様々な重圧があった事だろうな」
「唆されたとはいえ、とんでもないことをしでかした娘にそのようなお言葉を頂けるなど、陛下の寛大なお心に感謝いたします」
未だに唆された等と言う父親には辟易するが、ここは黙って陛下の言葉を待つ。
「しかし、何の咎めもなしというわけにはいかないのだよ」
「はい、重々承知しております。どのような罰も受ける所存でございます」
「うむ、ミオーネならそう言うだろうと思っていた。今日王太子アルフレッドとの婚約を解消するつもりだったが、それを撤回する」
(どういうこと…)
ミオーネは表情にこそ出ないが困惑している。
「へっ、陛下…それはつまり…このまま王太子殿下とミオーネの婚約を破棄しないと言うことでしょうか?」
「うむ、それが今回ミオーネに与える罰とする。今日の舞踏会に二人で出席し婚約者として振る舞ってもらう」
「なんと!陛下、ありがとうございます!!ミオーネ、陛下からチャンスを頂けたのだしっかり努めを果たすのだぞ」
上機嫌な父を他所にミオーネは絶望感に苛まれる。
「お言葉ですが陛下…私は別の方と逃げた身、そのような女がアルフレッド様の横にいてはアルフレッド様や王家の皆様に恥をかかせてしまいます。どうかもう一度お考え頂けないでしょうか」
極めて冷静に進言しているが、心の中はとても動揺していて気を抜くと手足が震えるのではないかと思う。
「うむ、ミオーネはアルフレッドが婚約者では不服か」
「不服などございません。ですが…」
「おい、ミオーネ!何を言っているのだ」
公爵は慌てて取り繕うようにあれこれと言葉を並べている。
(どうして…ダニエル…)
泣きたくなるがグッと堪える。
黙っていたアルフレッドが口を開いた。
「陛下、一度ミオーネと二人で話をさせてもらえませんか?」
「おお、そうだな二人でしっかり話すといい」
「ありがとうございます。では、ミオーネこちらに」
アルフレッドの後に続いて謁見の間を離れた。
しばらくミオーネは無言で歩いていたが、どうにも納得できない。そして段々と腹が立ってきた。
「アルフレッド様、これはどういうことですの?こんな罰はあんまりです…セリーヌの事を傷つけたら私、命懸けで抗議いたしますわ!」
ミオーネにしては珍しく感情的だ。
「すまない、ちゃんと説明するから僕の執務室に着くまで待ってくれ」
アルフレッドがミオーネを宥めながら急いで執務室へと移動する。
そこではサイラスがお茶を用意し出迎えた。
「ここなら大丈夫だ。すまなかったねミオーネ、これには理由があってあの場では話せなかったのだ」
「理由ですか…」
「ああ、特に公爵には内緒の方がいい。実はウォルドナー教会の事を調べたら色々わかった事があるのだが、そこにはセリーヌが大きく関わっているんだ」
これまでの経緯を話して聞かせた。
ミオーネは静かに、時々頷きながらアルフレッドの話を聞く。
どこに内通者がいるかわからないのでこの秘密を話すには細心の注意をはらう必要がある。
今やもうマルグリット伯爵家の一員と言っても過言ではないミオーネは、何よりセリーヌの事を妹のように可愛がっているのだからこれ以上の味方はいないだろう。
話を聞き終えたミオーネはお茶を一口飲み真っ直ぐにアルフレッドを見据える。
「お話はわかりました。それで私が婚約者として参加することでセリーヌから目をそらせる作戦なのですね」
「簡単に言えばそうだが、一度ミオーネを誘拐しかけて失敗した後ミオーネ自身には興味を示していないようなんだ。気を悪くしないで欲しいのだが、君は魔力がそんなに高くない。だから恐らく狙われる可能性は低いという結論になった」
なるほど、ただの王太子の婚約者であればウォルドナー教会にとって手をかける必要はない。
クリスティアのよみは間違いなさそうだ。
「確かに、魔力の高いご令嬢を隣に据えると疑惑を持たれやすく危ないですわね。ましてやセリーヌは…」
「ああ、とはいえミオーネに危険がないわけではない。そのような役目を負ってもらうことが陛下からの罰ということだ。」
罰といわれれば納得する。ミオーネにとって苦しかった王太子の婚約者という立場に戻るのだ。
だが、セリーヌの為ならばどんな罰でも受けよう。
この役目を引き受けるなら当のセリーヌに嫌われてしまうかもしれない。ミオーネがアルフレッドの隣に立つ姿を見た時セリーヌの気持ちを思うと胸が痛い。
それでもセリーヌの命を守れるならばと承諾した。
「ミオーネ、僕は君とダニエルにも幸せになって欲しい。今のままだと二人はずっと日陰を歩かなければならない。だから敢えてここは最初から何事もなかったかのように、当たり前の顔で舞踏会に参加する事で貴族たちの騒ぎを鎮める。それから改めて別の理由で婚約を解消する」
そうなのだ。噂は広がっていても、王家は二人の事を何一つ公にしてはいない。
失踪などなかったとする事もできるのだ。
(アルフレッド様はセリーヌのことだけではなく、私達の事も考えて下さっていたのね)
ミオーネは目頭が熱くなる。
「ありがとうございます、アルフレッド様。そんな風に考えて下さっていたなんて…」
「うん、二人は大事な幼馴染だし僕だけ幸せになるなんてできないからね」
「ふふっ、それは惚気というものですか」
サイラスも二人の姿を見ていると感慨深く温かい気持ちになる。
そして、恋にうつつを抜かしているわけではなく多方面に目を向け、皆の幸せを考えられるアルフレッドはやはり王になるべく人だと改めて心の中で忠誠を誓った。
「さて、ここからが大変だ。とにかくセリーヌの事は誰にも気づかれてはいけない。セリーヌ本人にも」
「そうですわね、セリーヌは心の内が表に出てしまいますからね」
「うん、そこが可愛いのだが…」
「アルフレッド様、今はセリーヌの可愛さは置いておいて作戦を練りましょう」
「そうだな、それは後でゆっくり堪能しよう。サイラス、ダニエルを呼んでくれ。そしてマルグリット家の皆にも協力が必要だ」
「承知しました」
返事をするやいなや優雅に、ものすごいスピードでサイラスは準備に取り掛かった。
こうして女神を護る作戦が始まったのであった。




