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46 ミオーネの覚悟


楽しげな笑い声や足取りが軽くなるような軽快な音楽が流れている。


水面下では貴族同士で足の引っ張り合い、笑顔で嫌味の応酬、手を擦り合わせながら力の強い者に媚びへつらう者。それが貴族社会なのだ。


そんなものを覆い隠すかのように豪華な衣装に身を包み綺羅びやかな装飾の中、優雅な音楽が鳴り響く。


ミオーネは一度この貴族社会からダニエルと手を取り逃げた。


以前は何も感じなかったこの場所が、今はとても息苦しく居心地が悪い。


それはきっと本当に愛する人がいて、第二の家族とも言えるマルグリット伯爵家で過した日々がそう思わせてしまうのだろう。


マルグリット家での時間はそれまでのミオーネには考えられないような楽しいことばかりで、初めて心から笑い胸いっぱい息が吸えたようなそんな幸せな時間だった。


一度綺麗な水で身を清めると濁った水が触れなくなるように。

またこの濁った場所に戻ってきた事を不快に思うがそれでも己の役割だと言い聞かせながら、作り笑いの公爵令嬢に戻る。


(これは私にしか出来ないことよ。幼い頃からの努力はこの時の為にあると思えば何も後悔はないわ)


「ミオーネ大丈夫か?」


アルフレッドがミオーネを気遣う。本当に心配しているのだろう。


(アルフレッド様もずいぶん表情豊かになられたわ。女性には不器用だったのに、これも全部セリーヌのおかげね)


妹のように可愛がっているセリーヌをとても誇らしく思う。


「ご心配いりません、私は大丈夫です。それよりセリーヌは大丈夫でしょうか…」


「洗礼の前に会った時にもダンスの時にも心配ないように伝えてきたから大丈夫だ」


「そうですか」


(本当に大丈夫かしら…セリーヌもわかっているとは言っていたけど…)


女心はそう簡単ではない事を身をもって知っているだけに不安になる。


(とにかくこの舞踏会が無事に終われば…)


そう思いこの夜が無事に終わることだけを祈りながら皆の様子を眺めていた。


「お姉さん、女神様だよね」


ぼーっとしていたせいでいつから後に人がいたのか気づかずにいた。


「えっ?」


振り向くとそこには15〜16歳くらいのまだあどけなさの残る可愛らしい顔立ちの少年が立っていた。


ミオーネにしか聞こえないくらいの声でニコニコと笑いながらそう訪ねてきた。


「あなたいつからそこに…ここは王族の席で…」


言い終わらない内にニコニコと笑顔の可愛い少年に後ろから抱きつかれた。


一人分ほど間を空けて横に座るアルフレッドがこちらに気付き、帯剣に手をかけたのを見た瞬間、胸が焼けるような熱さに襲われた。


何が起きたのか分からず少年を振り払おうとするが、体が思うように動かない。


アルフレッドが何かを言っているがわからない。


段々と薄れゆく意識の中でミオーネの名を呼ぶダニエルの声だけが耳に届いた。


(ダニエル…)



******



セリーヌはゆっくりとミオーネが倒れる様子をその目で見ていた。


ダニエルが王族の席の方へと飛び込んでいきミオーネが床に頭を打ち付ける寸出のところで間一髪支えることができた。


現実味がなく理解が追いつかない。全ての時がものすごく遅くなったような。


アルフレッドが剣を抜きその者を切りつけたが少年はその場から飛び退いた。


「これでこの国は本当の姿を取り戻すことができる」


とその笑い声だけを残して煙のように消えてしまった。


あっという間の出来事だった為に、何が起きたのか理解するまでに一瞬皆の動きが止まったが、誰かの悲鳴が合図となり我先にと貴族たちは外へ逃げ出そうとして大混乱となった。


その場にボー然と立ち尽くしていたセリーヌは逃げ出そうと出口へ向かう貴族たちの勢いに押されて倒れかけたが誰かに背を支えられた。


「あのご令嬢、女神様なんだろう?俺たちにとっては邪魔でしかないんだ。可哀想だけど、本当の王が本当の国に戻すためには女神がいては困るんだ。仕方のない犠牲もある」


セリーヌが女神様じゃなくて良かったと笑っているショウキの声を無表情で聞いていた。


(なにを………ミオーネお姉様が…女神様が犠牲になっていい理由なんてない!!)


セリーヌは怒りで今までにないほどの魔力が爆発するように弾けた。


その波動で窓ガラスがビリビリと震えている。


目には見えないが焼け焦げてしまうのではないかと思うほどの、炎を纏っているような物凄い圧だ。


思わずショウキは後退り、信じられないという顔でセリーヌから目が離せない。


ゆっくりと振り返ったセリーヌのその瞳は真っ赤に染まり右目からは血の涙が流れている。


「まさか…」


「愚かな者よ…己の傲慢さを後悔するがいい」


可愛らしいセリーヌの声ではない。


重くのしかかるような、跪かずにはいられないような恐怖心を煽る声がセリーヌの口から発せられている。


その視線だけで息の根を止められてしまうのではないか思うほどショウキの体が震え始めた。


「セリーヌ!!」


アルフレッドの声が響きこちらに駆け寄ってくる。


その声が聞こえた瞬間、スッと憑き物が落ちたかのようにセリーヌは正気に戻った。


「私…今…」


目の前には跪いて恐怖に震えるショウキがこちらを見ている。


アルフレッドはセリーヌを守るように間に立ちショウキに切っ先を向けるが、抵抗する気がないどころかまるで地獄でも見てきたかのような顔で固まっている。


アルフレッドの合図ですぐさま騎士たちが駆け寄りショウキを縛り上げた。


アルフレッドもセリーヌの魔力の爆発に驚いたが、それよりもセリーヌが心配になる。


ショウキを地下牢に繋いでおくように指示を出し後ろを振り返った。


「セリーヌどこか怪我をしているのか?!」


「えっ?いえっ…大丈夫で…」


顔を触った手を見ると右手が真っ赤になっているのを見てギョッとする。


「どうして…痛くもなんともありませんのに…」


「本当に大丈夫なのか?」


「はい……そっそれよりミオーネお姉様は?!」


壇上のミオーネを見ると、タニエルがミオーネを抱きしめ名を呼び続ける中、王宮の医師や治癒師達が何もできずにただ黙って見つめている。


「ミオーネお姉様!!」


セリーヌは走り出した。アルフレッドもそれに続く。


「すみません通してください!ミオーネお姉様!!」


その場から逃げずに少し離れたところから様子を見ている人々をかき分けミオーネの所までたどり着いた。


浅い呼吸を繰り返しているミオーネの胸には黒い禍々しい短剣のような物が突き刺さっている。抜けないどころか少しずつミオーネの中に押し込まれていく。


「この様な物は見たことがなく…」


医師も治癒師も手のつけようがなくただ見ているしかできないのだろう。


ダニエルが必死で短剣を抜こうとしているがびくともしない。


そこへ騒ぎを聞きつけたロナウドが部下を数人連れてやって来た。


ロナウドは見るなりすぐさま呪いの剣だとわかったが、こんなにも禍々しくものすごい呪いの力を感じる呪物を見たことがない。


ミオーネが倒れすぐに王と王妃は臣下たちによって避難させられていた。


「恐らく…ウォルドナー教会かと…」


十中八九そうであろう。ミオーネに短剣を突き立てた少年は恐らく誘拐犯の小さい方マークに間違いない。


「くそっ…」


ミオーネの側にいたのに護れなかったアルフレッドは自分に対して怒り拳を突き立てる。


「ミオーネ…ミオーネ…誰か…助けてくれ…」


ダニエルの悲痛な声が皆の胸に刺さる。


「ミオーネお姉様、聞こえますか?セリーヌです」


ミオーネの脇に座りその手を握りながら声をかけると、微かな呼吸を繰り返しながらほんの僅かに手を握り返した。


「ミオーネ!」


ダニエルが顔を上げてミオーネの顔を覗きこむと、ほんの少しだけれど目を開けた。


「ダ…ダニ…エル…ごめ…ん…な…さい…」


「ミッ…ミオーネ…っく…君が謝る事なんて何もない。大丈夫、僕がついてる」


抱きしめる手に力を込める。


「あ…りが…と…う…」


息も絶え絶え微かに笑う。


「セ…リー…ヌ……わた…し…のいもう…と…」


「ミオーネお姉様!!」


セリーヌも握る両手に力がこもる。


「だい…じょう…ぶ…しんぱ…い…し…ない…で…」


言い終わったと同時に目を閉じ手の力が抜けた。


「ミオーネお姉様!!こんな時にまで私の心配なんて…待って!私が何とかしますからっ!お願いですから目を開けてっ…お願い…お願い…女神様…どうか…どうかミオーネお姉様を…護って……」


セリーヌの目からポロポロと涙が溢れ、ミオーネの手を両手で強く握り、額をつけて強く強く祈る。


(神様…女神様…どうかこの優しい私のお姉様を助けて下さい…)


『良いだろう。お前の力を開放する』


セリーヌの頭の中で誰かの声が響いた。





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