45 危険な予感
大広間へ入ると貴族達が順番に国王陛下や王妃等王族への挨拶をしている所だった。
「セリーヌ、私達もこれから行くのだけれど…」
「はい、大丈夫です。行きましょう」
マルグリット夫妻は顔を合わせて頷きあった。
そこへダニエルが加わり国王陛下の元へと向かった。
「おおセリーヌ、先程ぶりだな」
「国王陛下、王妃様、本日は洗礼の儀を執行って頂きありがとうございました」
品良く綺麗にドレスを軽く持ち膝を屈める。
「まあ、先程の白い衣装姿も可愛らしかったけれど、そのドレス姿も素敵よ」
王妃様もにこやかに話しかけてくれる。
「ありがとうございます王妃様」
「私のことはエリザベートと」
唐突に言われて一瞬理解が追いつかない。
「そっそんな、恐れ多いですっ」
「でもサンドラ様はお名前で呼んでるわよね?」
(そっそうですけど…)
チラリと母の顔を見て助けを求めるも、キャサリンは頷くのみ。
「…わかりました、エリザベート様……」
「なあに、セリーヌ」
これは何かの試練なのだろうか。
「エリザベートだけずるいぞ。それなら私も…」
最後まで言わせまいとセリーヌは慌てて
「陛下は陛下でお願いします」
と早口で懇願した。
「そうか…まぁ今はそれで良しとするか」
国王陛下を名前で呼ぶなど後で何があるかわからない。
国王はしょんぼりしているが、名前呼びを諦めてくれたことにほっと胸を撫で下ろした。
「ではその代わり後で私と踊ってくれるかな」
「私でよろしいのですか?」
「セリーヌと踊りたいのだよ」
「承知しました、精一杯努めさせて頂きます」
「うむ。なあアルフレッド、お前もその後一曲セリーヌ嬢に手合わせしてもらったらどうだ」
「手合わせだなんて恐れ多いですわ」
ハードルを上げないでくれと首を振る。
「ははっ、そうですね父上。セリーヌ嬢一曲手合わせ願おう」
「…はい」
心音が早くなる。
今日はアルフレッドと踊ることは叶わないと思っていたがまさか国王の計らいで叶うとは思ってもみなかった。
嬉しいような恥ずかしいような少しモヤモヤもする所もあるけれど、それでも素直にアルフレッドと踊れることが嬉しい。
色々な思いが交差しながらモジモジとしているとミオーネが近くへ来た。
「セリーヌ…私…何も伝えないままでごめんなさい…」
ミオーネは表情を変えないようにしているが、これまで一緒に過ごしてきたからこそほんの少しだけれど、不安そうな顔になった事に気づいた。
「ミオーネお姉様、大丈夫です。わかっておりますから心配しないでください」
心からの笑顔でそう応えると、ほんの一瞬ミオーネは泣きそうに見えたがすぐに元の表情に戻った。
ダニエルはミオーネの前で膝を屈め、恭しくその手に軽く口づけただけで何も言わなかった。
ミオーネもそれを見つめるだけで言葉を発しなかった。きっと言葉はなくても二人の間には伝わるものがあったのだろう。
「やぁ、君がセリーヌ嬢だね。噂は聞いているよ。僕は第二王子でレオナルドだ」
「お初にお目にかかります。私の事をご存知で下さっているなんて、ありがとうございます。セリーヌ・リリー・マルグリットと申します」
「うん色々聞いてるよ」
(色々って…何を聞いてるのかしら)
セリーヌの表情でわかったようでレオナルドはクスリと笑った。
レディに対する挨拶としてレオナルドがセリーヌの手を取り口づけようとした時、アルフレッドが大きな咳払いをひとつした。
それに気づいたようで、苦笑いしながら本当には口を付けずに形だけに留まった。
そして王女のアンネルシアにもきちんと挨拶をする。
「よろしく、セリーヌ」
スラリとした美人でしなやかな所作も美しい。だけど、背筋が伸びキリッとして勇ましさも感じる不思議な雰囲気の方だ。
「アンネルシア様、お会いできて光栄です」
レオナルドはエストルネに留学中なのだから王女とも会う機会もあったのだろう、どことなく親しみのある二人の距離感が良い関係性であると感じる。
一通りあいさつを終えるとまずは国王陛下のエスコートの元、広間の中央へと誘われ踊り始めた。
国王陛下と踊るなんて緊張するなという方が無理だが、セリーヌの緊張を解すようにおどけて見せる。
「ふふっ」と思わず笑うと安心したのか国王も楽しそうに踊る。
「セリーヌ、君にとってこの舞踏会が辛い場所になってはいないだろうか」
怖いと思っていた国王陛下が一介の伯爵令嬢を気遣ってくれるなんてと胸がジーンと温かくなる。
「陛下のおかげでとても楽しい初舞踏会となりました」
「おお、そうか!」
くるりと回りながら楽しげに踊っている様子を皆が見守っている。
気づけば足運びを気にすることなく踊れているではないか。
(昨日練習していて良かったわ)
そろそろ曲が終わり次の曲へと移る所へ待ちきれない様子でアルフレッドが近づいてきた。
「父上、今度は僕の番ですよ」
「もう終わりか」
名残惜しそうにセリーヌの手をアルフレッドに渡した。
「よろしく頼む」
セリーヌの手を取る。それだけでセリーヌの心臓は跳ね上がった。
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
どちらともなくもう片方の手を取りゆっくり動き始める。
「セリーヌはダンスが苦手だと言っていたがそんなことはない」
「昨日すごく練習したのです」
「そうか」
誰を相手に練習したのかと聞こうとしたが、誰と言われても嫌な気分になると思いアルフレッドは口を閉じた。
「アルフレッド様…この事だったのですか?」
セリーヌの言わんとする事はアルフレッドにもすぐに伝わった。
「ああ、今は詳しく話せないが…色々あってね…」
「そうですの…」
しばらく無言で踊り続け曲の終わりに差し掛かったとき、アルフレッドが口を開く。
「セリーヌ、僕の気持ちは変らない。今はこんな形だけど…どうか僕を信じていて欲しい」
真っ直ぐに見つめている。
「はい、もちろんです」
セリーヌも真っ直ぐに見つめ返した。
そして曲が終わりを告げた。
手を離す瞬間、少しだけアルフレッドの手に力が入ったのを感じた。
2曲続けて踊ったセリーヌは疲れたからと飲み物を取りに行くと、どこからとも無く涼しい風が吹いている。
見回してみるとすぐそこはバルコニーへの扉が開いていて、夜風が入ってきたようだ。
少し外の空気が恋しくなりふらりとバルコニーへ出ると、涼しい風がどこからか花の香も乗せて吹いてくる。
思い切り花の良い香りを吸い込み大きく吐いた。
(なんだか皆に気遣われてしまっているのよね。何があったのか気になるけど…考えても仕方のないことよ)
「それにしても、ちゃんと踊れて良かったわ。アルフレッド様とも」
手に持っていた果実水を一気に飲み干し一息つく。
ここへ来てから初めて一人になった事に気づいたが、少しだけなら構わないだろうと夜風にあたりながら目を閉じる。
「やぁ、セリーヌ。今日は一段と綺麗だな」
不意に名を呼ばれ振り向くと、そこには見知らぬ男が立っていた。
(いつからいたのかしら、気づかなかったわ)
他の誰かを呼んでいるのかと周りを見回すがセリーヌとその男以外には誰もいない。
「ぶはっ、セリーヌは君だろう」
ケラケラと笑っている。
(どこかで聞いたような声…あっ!)
「もしかして…ショウキさん?!」
「正解」
誘拐犯の大きい方ショウキだった。
黒い布で顔も覆っていたので分からなかったが、意外にもご令嬢にモテそうな甘い顔立ちだ。
「ここで何をしているのです?」
「さあね。それよりセリーヌが王子様の婚約者じゃなかったのか?」
「違いますわ。私は一介の伯爵令嬢でアルフレッド様の婚約者だなんて…」
言っていて悲しくなってくるが仕方のないこと。
「ふーん、そうか。あんなに血相変えて王太子自ら敵の陣地に一人で乗り込んできたんだ、てっきりそうだと思っていたんだけどなぁ」
あてが外れたというように首を傾げている。
「まぁいいや、それならそれで。俺はセリーヌの事は気に入っているからな。俺のところに来るか?」
「それはご遠慮いたします」
「ぶはっ、相変わらず面白いなぁ」
何がツボなのか全くわからない不思議な男だ。
「セリーヌとダンスもしたいけど、結構忙しいんだこう見えて」
「そうですか」
「ところで、あの王太子の後にいるのが婚約者か?」
「それが何ですの?世界一美しい私の大好きな方です」
「ふーん、やっぱりこの前南の海で一緒にいたもう一人の令嬢だな」
「ミオーネお姉様に何か?もう誘拐などさせませんわよ」
一気に警戒心を強めた。
(何か企んでいるようね…ダニエルお兄様に伝えなければ…)
「相変わらず強がりだな。この前あんなに泣いてたじゃないか」
「あの時より大人になりましたから」
「セリーヌ?どこにいる?」
心配で探しに来たのだろう、ダニエルの声がする。
「おっと、あいつも海で会ったやつか」
何とかダニエルに知らせたいがこちらに気づいて貰えない。
「無駄だ、あいつには何もできない」
「そんな事はありません、ダニエルお兄様はとても頭がよくお強いので」
キッとショウキを睨む。
「あいつがどうでも関係ない。これから面白いことが起きるから楽しみにしておいて」
そういうなりバルコニーを飛び越えて暗闇に消えた。
ショウキの行方も気になるが、ミオーネが心配だ。
「ダニエルお兄様、私はこちらです」
広間へ戻りダニエルの所へ急いだ。
「セリーヌ、どこにいたんだ。心配したよ」
「申し訳ありません、後でたくさん怒られます。ですが今はそれよりミオーネお姉様が危ないのです」
「どういう事?」
ダニエルの顔色が変わる。
「この前の誘拐犯のショウキさんがいました。ミオーネお姉様が王太子の婚約者なのかと聞かれて、それが何かと答えたら消えました」
顔色が真っ青なダニエルとセリーヌは急いで人々の合間を縫うように王族の席へと急ぐ。
座っているミオーネが見えたその時、その後ろに少年が現れた。
少年に気づいて振り返ったミオーネは間違えて王族の席へ来てしまったのだろうと思い、ここに来てはいけないと嗜める。
しかし少年は笑っている。
ミオーネの声で気づいたアルフレッドも振り返り帯剣に手をかけるが出遅れた。
後ろからミオーネを羽交い締めにするように抱きつき、気づいたらミオーネの胸に黒く歪に光る短剣が突き刺さっていた。




