43 何が起きているのですか?
「ランドール侯爵家のダニエル様って行方不明だったのではないの?」
「フォンテーヌ公爵家のミオーネ様を誘拐したのよね?」
「マルグリットのご令嬢は振られたんだよな…」
「あの二人は婚約を解消したはずじゃなかったの…」
ヒソヒソと、しかし聞こえる大きさで驚きの声があちらこちらから聞こえてくる。
誰もが動きを止め二人の行先を見ているのでまさに針の筵だ。
そこへ一段と華やかな女性が近づいてきた。
薔薇の令嬢ヴィクトリアだ。
「ご機嫌ようダニエル様。お久しぶりですわね」
「ああ、久しぶりだねヴィクトリア。今日はすごく華やかだ」
「あら、ありがとうございます」
金色のドレスに身を包んだヴィクトリアは、艶やかな黒髪も相まってその存在感はまるで女王のようだ。
そして今日は一段と濃い真っ赤な口紅が目を引き、大きく開いた胸元にはこれでもかと主張してくる大きなサファイアが輝いている。
誰が見ても分かりやすいほどにアルフレッドの髪と瞳の色だ。
「セリーヌ嬢は洗礼の義を受けて舞踏会へ参加できるようになったのね。おめでとう」
「ありがとうございます、ヴィクトリア様。本日もお美しいですわ」
「そう?ありがとう。それにしてもあなた達が一緒に舞踏会に参加するなんて驚いたわ。やっぱりお二人はよくお似合いね」
余裕の笑みで見下ろしてくる。
「セリーヌ嬢良かったじゃない、ちゃんと婚約者にエスコートしていただけて」
「本当ね、本来であれば伯爵令嬢のあなたが侯爵家のダニエル様と婚姻を結べるなんて奇跡よね」
やはり取り巻き二人も後に控えていたようだ。
「ありがとうございます…」
「ヴィクトリアとセリーヌがこんなに仲が良かったなんて知らなかった。後ろのお二人もこれからもセリーヌの事よろしくね」
ダニエルは貴族らしい微笑みで取り巻き二人にも優しく話しかける。
「もちろんですわっ」
「お任せくださいっ」
ダニエルの微笑みにポッと頬を染める二人と、山より高い所から見下ろしているようなヴィクトリアの元を離れ伯爵夫妻の所へと移動した。
勝ち誇った顔で高らかに笑うヴィクトリアの声が響く中、ヴィクトリアが王太子妃の座へと近づいたと考えた貴族達がこぞってベネディクト侯爵の周りに集まり始めた。
(何が起こっているの…)
セリーヌは不安でいっぱいになる。
「セリーヌ来たわね、ドレス姿を良く見せてちょうだい。うん…素敵よ、とても似合っているわ」
「ああ、今日はまた花のようだ。立派な淑女に見えるぞ」
母キャサリンは何事も無いかのようにドレス姿を褒め、父ロンベルクもいつものように目尻を下げて愛娘を愛でる。
「あの…これは一体何が起きているのです?」
不安でいっぱいのセリーヌは母に助けを求める。
「…セリーヌ、これはあなたの為なの。これが一番良い事なのよ。私達を信じて」
皆が口を揃えて信じてとだけ言うが、それだけ言われても不安は拭えない。
(私の知らないところで何が起きているの…)
「大丈夫、何も心配する事はない。セリーヌには初めての舞踏会を楽しんで欲しいんだ」
ダニエルは優しくセリーヌの背を支えるようにし、父ロンベルクは何も言わずに頷いた。
(良くわからないけれど…そうね、心配ばかりしていても何も始まらないわ。きっとこれには何か理由があるのよね)
セリーヌは気持ちを切り替え顔を上げた。
「わかりました、皆を信じます。では今日はダニエルお兄様にダンスの成果をお見せしますわね」
「うん、楽しみにしているよ」
ただでさえ赤の魔王と呼ばれるロンベルクが目立つ上に、噂の二人の事が気になるようで周りの視線はマルグリット伯爵家に注がれているが気にしないことにした。
「セリーヌ喉が乾いただろう?何か飲み物を持ってきてあげるよ」
昔からセリーヌの世話を焼くのが得意なダニエルは言わなくても分かると言わんばかりにせっせと世話を焼く。
「ダニエルお兄様、私はもう子供ではないのですよ」
「ははっ、そうだね。でもこういう時は男に頼むのが女性の役割なんだよ」
「そうなのですか?」
「そうね、セリーヌはこれから大人の女性としての振る舞いを覚えていかなければいけないわね」
「よし、まずは護身術から始めよう」
「あなた…」
「どこの馬の骨とも分からないおかしな奴が近づいてきた時には必要だろう?」
「今は大人の女性としての振る舞いの話をしているのです」
この父にしてあの兄あり。兄ロナウドは思い切り父親の血を受け継いだようだ。
そんな両親のやり取りを見ていたセリーヌはいつもの光景にホッとする。
「では、ダニエルお兄様お願いしますわ」
「わかった、ここで少し待っていて」
飲み物を取りに行こうとダニエルが振り返ると、目の前にはダニエルの父ランドール侯爵が立っていた。
「父上…」
表情はなくただ黙ってダニエルを見ていたが、視線をそらしロンベルクへと近づいた。
「マルグリット伯爵、久しぶりだな。今回は愚息が迷惑をかけた」
「お久しぶりです総督。ご子息のことは私達にとっても家族同然に思っておりますのでお気になさらないでください」
お互いに今は立場を考えた物言いだけれど、ロンベルクが騎士団に所属していた時は寝食を共にし、共に背を預け戦った仲間であった。
お互いに子が生まれ、男女だった時には結婚させようと夢を語った程信頼しあっていた。
その夢を叶えようと二人を婚約させたのだが、まさか従順だと思っていた息子に裏切られるとは思ってもいなかったのだろう。
「この借りは必ず」
暴君のように思われているランドール侯爵だが、筋をきっちり通す人間なのだ。
「ダニエル、お前は自分の役割を全うしろ」
「はい…心得ております」
ダニエルの言葉を聞き終わると何も言わずに去っていった。
「ダニエル、私達の思いは先程総督に伝えた通りだ。気負う必要はない」
「ありがとうございます。ですが、父に言われた通り命を懸けて役目を全うする気持ちに曇りはありません」
ダニエルらしい真っ直ぐな目でロンベルクに宣言をした。
「ふっ、全く似たもの親子だよ。でも君が無理をするとセリーヌが心配するからな」
「…はい、それも心得ておきます」
セリーヌに視線を移し優しく微笑んでいる。
(一体二人は何のお話をなさっているのかしら…まぁ、聞いても教えてくれないのよねきっと…)
リンリーンと鈴の音がしたと同時に重々しい扉が開いた。
「皆様ご静粛に!本日は我が国の大事なこの日にご来場くださいましたエストルネ国国王代理、第一王女アンネルシア様でございます」
(いよいよ王女様がいらっしゃる…)
セリーヌは心の準備をする。
(大丈夫…大丈夫よ…)
そう言い聞かせてもやはり顔を上げるのは怖い。
「わぁ、素敵ね〜」とため息混じりの声が聞こえてくる。
心臓がドクドクと脈打つのが感じられるが、勇気を振り絞ってゆっくりと顔を上げた。
「えっ?」
目の前を通り過ぎたのは美しい女性とその方をエスコートする見たことのない男性だった。
(アルフレッド様…ではない?)
この舞踏会が始まってから訳がわからないことだらけだ。
横にいるダニエルに、いい加減教えて欲しいと訴えようと振り向くと、ダニエルは硬い表情で二人を見ていた。
なぜだか聞いてはいけないようなそんな気持ちになる。
しかし、セリーヌとしてはアルフレッドがエスコートする姿を見ずに済んだことに胸を撫で下ろした。
そしてまた鈴の音が鳴る。
「それではこれより国王陛下、ならびに王妃様、王太子殿下、そして王太子殿下の婚約者様がご登場いたします」
「今…なんて…」
聞き間違いかと思いあの重々しい扉に目をやるが、皆が視線を下げ頭を低くし王族を迎える。
慌ててセリーヌもそれに倣うが先程よりも心臓の音が体中に響いている。
「皆のもの顔を上げよ」
国王陛下の一声で皆が顔を上げるとざわめきが起きた。
セリーヌも恐る恐る顔を上げると、そこにはアルフレッドと並ぶ美しく着飾ったミオーネがいた。
セリーヌは国王の声を遠くに聞きながら、やはりミオーネは女神様だとぼんやりと思った。




