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42 波乱の幕開け


ルカニア国では一年に一度の女神降臨祭が行われるこの日は他国からも客人を招き盛大に祝う。


この日に16歳を迎えている貴族の子息令嬢は国王陛下と王妃の下、洗礼の儀を受けることで大人の仲間入りをする。


そして同時に将来の伴侶となる相手を見つけなければならないが、貴族は幼い頃から家どうしで決めらている事がほとんど。


しかし、時には親に反旗を翻し決められた相手とは婚約をせず、別の者と縁を結ぶ事もしばしば。


そのキッカケとなりやすいのがこの女神降臨祭で行われる舞踏会なのである。


初めて会う他国の王侯貴族や、これまでは会う機会のなかった人達と出会える場となる。


それは子だけの話ではなく、この場を利用してより良い家との繋がりを持ちたい貴族たちは少しでも良い家柄の方に子を売り込むことも多い。


親としては一番目を光らせておかねばならない日と言っても過言ではない。


毎年、表向きは華やかだけれど裏では熾烈な戦いが行われているのである。


そして今年は王太子アルフレッドの隣の席が空いている為に、その座を巡ってご令嬢たちの殺気が満ちた舞踏会になることが予想される。


案の定、会場へ続々と貴族達が集まり始めたが、こんなにも青いドレスを着た娘が多い会は初めてだろう。


「まぁ!深い海のような素敵なお色のドレスですわね」


「ありがとうございます。今年は青色と決めていましたので、シャンティのオートクチュールですの。そちらのドレスは空のような青ですわね」


「あらぁ〜素敵ですわ。シャンティといえば母の代の時にはすごく人気があったそうです。私はアルフレッド様と何回かお会いした事があるので瞳の色に合わせたお色で仕立てて頂きましたの」


「ええ、シャンティの作るものは芸術品です。歴史があるので流行りを追ってはいないのですわ。今日はきっと皆様同じ色になると思いましたので敢えて少し違う青色にしていただきましたの」


「オホホ」と笑い合っている青いドレスのご令嬢たちの間には赤い火花が散っている。まさに女の戦場。


とはいえ中には現実をしっかりとわかっている者、端から諦めているものもいるが。


「わぁ!青いご令嬢ばかりだ。もしかして僕を目当てに来たのかな」


そして中には空気の読めない、勘違いも甚だしい世間知らずのお坊ちゃんもいる。

この荒々しい海原へ放り投げられた小魚のようだが、サメやクジラに食べられてしまわないよう幸運を祈るとしよう。




「セリーヌ準備はできたか?」


「はい、お兄様」


いつもは妖精のように可愛らしい妹だけれど、お化粧をし着飾り美しい女性へと変貌したセリーヌを見てロナウドはとても心配になる。


「セリーヌ、今日は他の男共に話しかけられても応えてはいけないし、目も合わせてはいけないよ」


「えっ?目も合わせてはいけないのですか…」


「そうだ、常に視線は少し下に下げ家族以外の前では顔を上げてはいけない」


「そんな決まりがあったなんて知りませんでしたわ…」


当然そんな決まりはない。


支度を整え、仕上がりに満足気だったリリアンはロナウドの言葉に一抹の不安を覚えるが、口を挟める立場ではない。


「ダニエルお兄様はいらっしゃらないのですか?」


「ダニエルには別の用を頼んである。ここからは僕がエスコートをするから心配ない」


「そうですわね、お兄様とのダンスも楽しみですわ」


無邪気に笑う妹をできればこのまま部屋に閉じ込めておきたくなった兄は心の中で葛藤しているようだ。


「リリアンありがとう。あなたがここへ来て支度をしてくれたから心強いわ。私、頑張る」


「いいえ、私こそ連れてきて頂いてお嬢様のお手伝いができた事に感謝します。ダンスもたくさん練習されましたから、きっと上手くいきます」


一つ大きく深呼吸したセリーヌは気合を入れるために顔をパンッと叩こうとしたが、せっかくのお化粧が台無しになってはいけないとリリアンに止められ顔の前に上げた手をそっとおろした。


「ではお兄様参りましょう」


「ああ、行こう」


「行ってらっしゃいませ」


リリアンに見送られ、いざ出陣。



舞踏会会場となる大広間へと向う途中、アルフレッドと共に歩いた中庭が見えてきた。一緒に南の海へ行ったときを思い出して嬉しくなる。


(あの時はまさかこんな風になるなんて思ってもなかったわね…ダニエルお兄様も帰ってきてミオーネお姉様は本当のお姉様のようだし)


アルフレッドと海へ落ちた時を思い出しクスリと笑う。


「セリーヌは緊張しているかと思ったけど、楽しそうだな」


「ええ、ちょっと色々思い出してしまって…もし叶うならこのまま皆で楽しい時間が続いて欲しいです…」


このあとアルフレッドがエストルネ国の王女をエスコートする姿を想像するとチクリと胸が痛むがそれを振り払うように首を振った。


「セリーヌ…すまない。…どうか皆がお前を愛しているという事をわかって欲しい」


いつもは表情をあまり変えることのないロナウドが重苦しい顔つきで謝る。


「お兄様?急にどうされたのですか?」


兄の急な変化に何がなんだかわからないまま、大広間の扉の前についた。


そこには正装したダニエルが待っていた。


「ダニエルお兄様、他のご用があったのではないのですか?」


「ああ、執事のダニーは終わったよ。ここからは僕がセリーヌをエスコートする」


益々何がなんだかわからない。


「どういうことですの?ダニエルお兄様がここにいることを知られてはいけないのですよ?」


何が起きているのか兄に訪ねようとしても視線をそらしている。


「お兄様?どういう…」


ロナウドは苦しげな表情でセリーヌの両肩を掴む。


「……セリーヌ、本当は…本当に…お前を屋敷に置いて誰の目にも触れさせたくないのだが…そういうわけにもいかない…」


「ロナウド…ここからは僕の役目だ。大丈夫、任せてくれ」


ダニエルがロナウドの手をセリーヌから離そうとするが中々動かない。


ようやく諦めたロナウドが渋々一歩後ろへ下がった。


「セリーヌ、元に戻るんだ。ここから僕は君の婚約者としてエスコートをする」


「え!?」


(どういうこと??ダニエルお兄様が婚約者に戻る?だってミオーネお姉様は…アルフレッド様…)


「セリーヌ、これが本来の場所なんだ。正しい場所に戻るだけだよ」


「そんな…」


「そんな顔しないで、僕のエスコートは嫌?」


「嫌ではありませんが…」


「うん、あれだけダンスも練習したしセリーヌと舞踏会で踊れるの楽しみだ」


そう言うダニエルに促され差し出された腕に手を添える。


「さあ、行こう」


ダニエルの合図で騎士が大広間の扉を開けると、そこは見たことのない綺羅びやかな光景が広がっている。


「ランドール侯爵家ご子息ダニエル様とマルグリット伯爵家ご令嬢セリーヌ様です」


大きな声で名を呼ばれた途端、賑やかな話し声がピタリと止んだ。


入場から波乱の幕開けとなった。



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