41 舞踏会へ
「はぁ、すごく緊張してきたわ」
城へ向かう馬車の中でセリーヌはソワソワと落ち着かない。
「お嬢様、ご安心ください。私がしっかりサポートいたしますので」
髪を後ろへ撫で付け、眼鏡をキラリと光らせる若い執事が余裕の笑みを浮かべている。
「ダニエルお兄様は楽しそうですわね。すっかり執事になりきって」
「うん、こういうのもたまには楽しいね」
行方知れずという事になっているのでランドール侯爵家の子息ダニエルとして舞踏会には参加できない。
しかし一年に一度国内外の貴族が集まるこの舞踏会にはどんな者が紛れているかわからない。執事に扮してセリーヌの護衛をする事になったのだった。
「もう、私はそんな楽しめるような余裕はありませんわ」
「エストルネ国の王女様の事もあるし緊張するのはわかるけど、それよりも外を見てごらん、みんな一年に一度のお祭りを楽しんでいるよ。セリーヌにとって今日は生涯で一度の日になるのだから楽しまないと損だよ」
ダニエルに言われて外を見ると、街には至る所に色とりどりの花が咲いていて心なしか行き交う人々の足取りも軽い。
「本当ね、みんな楽しそう…あっ!あのショコラのお店改装したのね!私まだ新作のショコラ食べてないわ…」
「ふふっ、セリーヌは本当に菓子が好きだね」
「もちろんですわ!」
「舞踏会が終わったらリリアンに頼むといいよ」
「そうします!無事に終わったらご褒美に買っていただきますわ!」
いつものセリーヌになりダニエルもホッとする。
「さぁお嬢様、そろそろお城に到着しますよ。背筋を伸ばして堂々と行きましょう」
セリーヌは大きく息を吸って覚悟を決めた。
「マルグリット伯爵ご夫妻、ご令嬢セリーヌ様、お待ちしておりました。ここから私がご案内いたします」
伯爵とキャサリンも馬車から降り立ち皆で控室に向かう。
セリーヌとそう変らない年頃のメイドに案内されて歩いているが、何人か執事や騎士とすれ違っても後ろを歩いている伯爵家執事がまさかダニエルとは誰も気づかない。
(ダニエルお兄様ったら本当に堂々としているわね。数えきれないくらいお城に出入りしていたはずなのに誰も気が付かないなんて)
着ているものや髪型が違うだけでこんなにも気づかれないのは、ダニエルのその堂々とした態度のおかげでもあるのだろう。
「セリーヌ様と執事の方はこちらのお部屋でお待ち下さい。マルグリット伯爵と奥様は先に広間へご案内いたします」
「ではセリーヌ、しっかりな」
「セリーヌ、じゃあまた後でね。舞踏会楽しみにしてるわ」
二人はダニエルに目配せし、ダニエルはそれに頷いて応える。
ここで一度両親と離れるのは少し心細い気もするけれど、ダニエルがついているので心配はない。
そうして通された部屋に入ると、そこにはアルフレッドがいた。
「アッ、アルフレ…」
「しっ、ここにいることを知られるのはまずい」
アルフレッドの指で口を抑えられる。
セリーヌは目を丸くしながらもコクコクと頷く。
「驚かせてすまない、こうでもしないと今日はセリーヌと話せないから」
アルフレッドも同じ気持ちでいてくれたと知り心が温かくなる。
「私も今日はアルフレッド様とお話できないかもしれないと思っていましたので…嬉しいです」
モジモジしながらも素直に気持ちを伝える。
アルフレッドはセリーヌを見つめ、セリーヌもアルフレッドを見つめている。
「オッホン」
咳払いの声で我に返る。
「ご、ご機嫌よう、サイラス様」
「セリーヌ様、本日は一段と雪の妖精のようなお美しさでございますね」
さすができる執事は褒め言葉がサラリと出る。
飾り気のない真っ白い衣装がより妖精のように見せる。
「そんなっ、ありがとうございますサイラス様」
褒められて嬉しそうなセリーヌを見たアルフレッドは先に言われたことにムッとするが負けじと褒める。
「んんっ、んん…あー、何というか…本当に…綺麗だ…」
「えっ?」
恥ずかしそうに頬を両手で押さえているセリーヌの後ろでダニエルは目を大きくして驚きを隠せない。思わず声が漏れたのだろう。
「何だ?」
「いや…アルフレッドがそんな風に女性を褒める日が来るなんて」
驚きのあまり幼馴染の口調になってしまったようだ。
「アルフレッド様、あまりお時間はありませんよ」
大事な事を早く伝えるようにとサイラスが口を挟む。
「わかっている。セリーヌ、時間がないから詳しく説明はできないが、今日これから起こることはあくまでも形だけのものだとわかっていて欲しい。僕の気持ちは先日伝えた通り信じて。何があっても…」
「はい、エストルネ国の王女様の事ですわね」
「あぁ、サイラスが知らせたと思うが…」
「アルフレッド様、もう本当にお時間がありません」
時計を見ながらサイラスが珍しく焦っている様子だ。
「わかった、セリーヌこれから起こる事を目にしても僕を信じて…」
ここまで念を押されると逆に不安になるけれど、それでもアルフレッドの真っ直ぐな目をセリーヌは信じようとしっかりと頷いた。
「それからダニエルも僕を信じてくれ、そしてセリーヌの事を頼んだ」
「もちろんです、お任せください」
左胸に右手の拳を当て、騎士がする最も忠誠を誓う姿勢をとった。
「うん、では」
そう言って二人は部屋を出ていった。
後に残されたセリーヌはしばらくアルフレッドが去った扉を見つめていたが、ダニエルに促され静かに座り洗礼の順が来るのを待った。
*****
国王陛下と王妃の前で緊張しつつも、つつがなく洗礼の義を終えることが出来た。
「お嬢様、ご立派でした」
ダニエルが執事らしく労ってくれる。
「ダッ…ダニーも付き添いありがとう」
ダニエルだと気づかれてはいけないので執事のダニーという事になっているが、中々慣れない。
「いえ、当然のことです」
執事は洗礼を受ける部屋の外で待たされる為、他の子息令嬢の執事や侍女等と横並びで待つ。
その間も誰に疑われる事もなく無事に洗礼を終えたのだからその度胸はさすがというもの。
「舞踏会の準備もありますから控室に戻りましょう」
「ええ、これからが本番ね」
「はい。ですがあまり力まず、せっかくの晴れ舞台なのですから楽しみましょう」
「はい!」
と、ダニエルが緊張を解そうとしてもどうにも気合の入った返事になってしまうようだ。
クスクスと笑いながら控室まで来ると、兄ロナウドが殺気を漲らせて仁王立ちで待ち構えている。ダニエルの目には地獄の門番のように見えた。
「お兄様、お待たせしてしまいましたわね」
可愛い妹に声をかけられるとやっと人間に戻りダニエルはホッとする。
「いや、そんなに待ってはいない」
その優しい声音は傍から見るとむしろ怖いのだが、セリーヌには優しいままに聞こえるらしい。
「お兄様、今日はよろしくお願いいたします」
そう、今日セリーヌをエスコートするのはロナウドが役目をもらい張り切っている。
伯爵とその役目を取り合っている様子はまるで猛獣どうしの戦いを見ているようだった。
そしていつものようにキャサリンの一喝で場が収まる。
「ほんとマルグリット家は…」
「何か言ったか?執事」
「いえ」
「ふんっ、足を引っ張るなよ」
「お兄様、そんな言い方は酷いです」
怒る妹が可愛いと、謝りながらもデレデレだ。
「さぁ、時間がありませんよ。お嬢様はドレスに着替えなければ」
「ええ、ではお兄様また後で」
こうして慌ただしく準備に取り掛かった。




