40 王女様にも負けたくありません
「セリーヌ、あなたそんなにのんきに菓子を食べている場合ではないわよ」
いつになく厳しい顔つきのミオーネが颯爽と現れた。
クリームがたっぷりのった紅茶のケーキを口いっぱいに頬張った所だった。
「ほうされなのれす?」
どうされたのです?と聞きたいようだが、その状態では無理がある。
とても淑女とは言えぬその姿をリリアンが窘める。
「お嬢様、口に詰めたままお話になってはいけません」
そう言われて慌てて紅茶を飲む。
「その前に、まず一口はその半分…いえ、さらにその半分ね」
さすがはミオーネ、先生としての顔を覗かせた。
口のケーキを紅茶で押し込むように急いで飲み込んで居住まいを正す。
外ではできても、家族しかいない屋敷ではこれがいつもの姿なのだ。
「ごめんなさい」
「わかってもらえたならいいわ」
「サイラス様がいらしていたのではないのですか?ミオーネお姉様はサイラス様とお茶をされているかと思いまして…」
「ええ、先程帰られたわ。あなたが先に菓子を食べている事に怒っているわけではないの。ちょっと強敵が現れたわ」
ミオーネはセリーヌ程食いしん坊ではない。
「強敵?」
「明日の舞踏会にエストルネ国の王女が来られるみたいなの」
「まぁ、エストルネの王女様がいらっしゃるのですか?きっと素敵な方なのでしょうね〜」
のんきにうっとりしているセリーヌを見るミオーネの顔が更に厳しくなる。
「あなたはそれがどういう事なのかわかっていないのね」
ポカンとしているセリーヌにため息が出そうになるがグッと抑えた。
「友好国であるエストルネの王女が来るのよ?それにわざわざ国王の代理ということは国賓として扱うのはもちろん、アルフレッド様の婚約者にという事なのよ。つまり、王太子であるアルフレッド様は明日の舞踏会では否が応でも王女をエスコートしなければならないし、このままいけばあっという間に婚約者になるわよ」
ここまで一気に捲し立てたミオーネは肩で息をしている。
(こんなに感情的に話をする人ではないのだけど…)
完璧な淑女と言われるミオーネが段々セリーヌに染まってきてはいないかとリリアンは少々心配になった。
「アルフレッド様の…婚約者…」
ミオーネの勢いに押され驚いていたが、ジワジワとその言葉の意味を理解すると共にセリーヌの心に不安が広がってきた。
「今は婚約者が不在のアルフレッド様のお相手にと、沢山の貴族がその座を狙っているけれど私は大したことではないと思っていたの。セリーヌだって伯爵令嬢なのだから身分に問題はないでしょう?それに国王陛下もセリーヌの事は気に入られているようだし…でも国家間の問題となれば話は別よ」
腕を組み、指を顎の下にあてて対策を考えているようだがその姿でさえも様になる。
(エストルネの王女様がアルフレッド様の婚約者…)
ここへ来てセリーヌは自分の置かれている立場がアルフレッドの婚約者になるには危ういものだと初めて現実を突きつけられた。
苦しい。王女の姿を想像し、アルフレッドと見つめ合って微笑んでいる様子を思い浮かべてしまったらズキズキと胸が痛む。
「お姉様…私はどうしたら…」
痛む胸を抑えてミオーネに助けを求めるように問う。
「いい?セリーヌ、相手が王女であろうと負けたらダメよ。あなたには私とリリアンという強い味方がいるのだから。それに何よりアルフレッド様の言葉を信じて」
(…そうよね、アルフレッド様も信じて欲しいと言っていたのに私がこんな風ではダメよね!)
セリーヌは立ち上がり、胸の前で両手を強く握り背筋を伸ばしたら目に力がこもった。
「お姉様。私、王女様にも負けたくありません!」
「ええ、その意気よ!そうとなれば明日の為に準備をしなければ」
「はい!よろしくお願いします!」
「お嬢様、私も明日の為に気合を入れます!」
「ええ!お願いねリリアン!」
戦場にいく前夜の騎士達のような意気込みであるが、ある意味では舞踏会は女性達の戦場の場ともいえるだろう。
「それではまず明日のドレスよね。洗礼の儀は白い飾り気のないものでなければいけないけれど、その後の舞踏会用のドレスよね。リリアン、どんなドレスか見せてもらえるかしら?」
「はい、それでは衣装部屋へご案内します」
「わかったわ、先にフォンテーヌ公爵家に至急早馬を出していただけるかしら」
「かしこまりました。ではロニーに伝えます」
こうして二人は鼻息荒く部屋を出ていった。
セリーヌは腕まくりでもしそうな二人に奮起され、一番苦手なダンスのおさらいを始めた。
(アルフレッド様は王女様をエスコートされるのだろうけど…でも、もしかしたら一度でも踊って頂けるかもしれないのだから失敗できないわ!)
アルフレッドと踊ることを想像しながらダンスの動きを確認する。
ふと視線を感じ、その先に目を向けるとダニエルとシモンが立っていた。
「ちょ…ちょっと、二人で覗き見るなんて悪趣味よ」
「まさかあのダンス嫌いなセリーヌが鬼気迫る様子で一心不乱に踊っているなんて思ってなかったから、驚いて声をかけられなかったのよ」
シモンはからかうようにセリーヌの方へ歩いてきた。
その後に続くダニエルは優しい笑顔だ。
二人がいるその光景に心が温かくなる。
「セリーヌ、いよいよ明日だね。アルフレッド様と踊るのだろう?」
ダニエルが子供の頃からしているように頭を撫でながら聞いてくる。何だか懐かしい。
「明日踊って頂けるかはわかりませんが…でも何もしないでいるなんて私の性分ではありませんので」
「ははは、さすがはセリーヌだな。じゃあ僕も協力するよ。シモンがアルフレッド様の役をしてくれ」
「えっ?」
シモンの顔が引きつる。
「また足踏まれるの…」
「失礼ね!最近はミオーネお姉様に教えてもらっていて上達してるのよ」
「さっきの動きを見ればセリーヌが上達していることはわかるよ。シモンも協力したいのだろう?」
「まぁ、親友の一大事だから…」
一つ息を吐き諦めたようにセリーヌの手を取った。
「いい?足を踏んだら覚えておきなさいよ」
「わかってるわ!任せて!」
ダニエルがパンと手を叩き始まりを告げたと同時に二人は動き始める。
「あら、本当に上手くなっているわね」
「ふふん、わかっていただけたかしら」
得意げな顔でスイスイと足を踏むことなく踊っている。
「うん、すごく上手くなっているよ。その調子でもう一回」
優しい声とは裏腹に意外と厳しい先生だ。
「ダニエルお兄様ってこんなに厳しかったかしら…」
「意外かもしれないけど、兄上が一番父に似ているし、跡継ぎは兄上しかいないという理由がわかるでしょ」
踊りながらこっそりシモンが呟く。
「シモンは集中しろ」
すぐに激が飛んでくる。
その後も二人はミオーネが呼びに来るまでしごかれることになった。
*****
「セリーヌ、あなたにはこっちの色がいいと思うの」
ミオーネが手に持っているのは淡いピンク色のフワリとしたドレスだ。
裾にかけて花びらを何枚も重ねたような可愛らしくもあり美しくもあるそのドレスは少女から女性へと花開いていく今のセリーヌにピッタリだ。
キャサリンはセリーヌに着せるドレスを何着か用意していたらしく、どれも捨てがたいと言いながらも、ミオーネはその中の一つのドレスを選んできた。
「私お茶会の日に咲いていたピンク色の薔薇がすごく好きなの。セリーヌはあの薔薇がとっても似合うから私はこっちを勧めるわ。リリアンはどう思う?」
「はい、お嬢様によくお似合いになります」
「そうよね!あと、ジュエリーはこれをセリーヌにつけて欲しいの」
ミオーネが手にしているのはブルートパーズが雫のように中央に輝くネックレスとイヤリングだ。
「わぁ…綺麗…」
(この色…アルフレッド様の瞳みたいだわ)
「ふふふ、お気づきかしら」
「えっ?」
「そう、これはアルフレッド様の瞳の色と同じ色の宝石を探して母が作らせたものなの」
「そうなのですか?!」
「そう、私がまだ5歳の頃に将来アルフレッド様と舞踏会に出るときにと用意したもので、先程公爵家から持ってきてもらったの。セリーヌに着けてほしくて」
「そんな大事なもの…私には着けられません」
「いいのよ、私はもう着けることはないのだから。可愛い妹に着けてもらいたいの」
「ミオーネお姉様…」
「他の人がアルフレッド様の隣に立つなんて私は嫌よ。アルフレッド様の隣にはセリーヌがいて欲しい」
最近ワガママが過ぎるかしらと肩をすくめるミオーネが可愛らしい。
「見てもよろしいですか?」
「もちろんよ、胸元にあてて鏡を覗いてみて」
セリーヌは言われたとおりに胸元にあててみた。
金の細い蔦のしなやかなネックレスの中央からキラキラと光る雫がこぼれ落ちるようだ。
「こんな素敵なネックレス私みたいな子供でも似合うかしら…」
「お嬢様はもう立派な淑女です。それに前髪と横を少し上げるとぐっと大人っぽくなると思います」
「思い切って髪全体を束ねてお花の髪飾りを着けてみたらどうかしら?」
ミオーネが後ろの髪を束ねてあげようとするとリリアンがそれを止める。
ミオーネは不思議そうに首を傾げる。
「お姉様、私は結婚するまで髪を下ろしていなければならないのです。北の魔女一族の習わしで、うなじを見せてはいけないとおばあ様からそれだけは強く言われているのです」
「そうなの…わかったわ。それじゃあこれはどうかしら」
前髪と横髪を後に流し、細い金色のリボンを織り交ぜながら軽く編み込んでいくようにリリアンに細かく教える。
こんなに顔を出していいのだろうかと少し不安もあるが、ここはミオーネとリリアンに任せることにした。
いよいよ舞踏会を明日に控えセリーヌはその夜中々寝付けないかと思ったが、ダンスの猛練習とドレスやらの準備で疲れたようであっという間に眠りについた。




