39 お気に召して頂けたようで
「お呼びでしょうかお母様」
セリーヌは侍女のリリアンに言われ薔薇園へとやってきた。
「ええ、セリーヌこちらへ。改めまして、娘のセリーヌです」
キャサリンの横に立つと改めて公爵夫人へ紹介された。
夫人は相変わらず扇子を広げているので、先程のような攻撃的な様子は感じられないものの表情は読めない。
(お顔色は良くなられたようね!良かったわ!)
疎まれている事はわかっているが、セリーヌは夫人が元気になった事を素直に喜んだ。
そんな様子をジッと見ていた夫人は目を閉じ、何かを決意したかのように扇子を閉じた。
「あなたが私を介抱してくれた事にはお礼を言うわ」
多少トゲは残っているし、優しい言い方でもないが、お礼を言われるとは思っていなかったのでセリーヌは驚きを隠せない。
「いっいえ、私は大した事はしておりません。ミオーネ様がつきっきりでご看病なさったからですわ」
「………」
「お母様…」
ミオーネが何かを促すように夫人へ目線を送る。
「はぁ…セリーヌ嬢、先程の私の態度は助けてくれた方に対して失礼だったわ」
お詫びのようだ。
「……っ」
さらなる驚きに言葉が出ない。
「フォンテーヌ公爵夫人、娘へのお気遣いありがとうございます」
キャサリンの言葉にハッとしてセリーヌも左胸に手を当て、少し膝を屈めて感謝の気持ちを表す。
(どうしよう…嬉しい…)
ジワリと目頭が熱くなる。
顔をあげると、夫人の横でミオーネも嬉しそうに笑っている。
夫人は高位の貴族故に、自分より身分の低い者に謝罪の言葉を口にするわけにいかないという考えが染み付いているのだ。
しかしこの場にいる誰もが精一杯のお詫びとお礼の言葉だとわかった。
「私には勿体ないお言葉。ありがとうございます。お元気になられて何よりです」
セリーヌは心からの言葉を贈った。
夫人はどこか居心地の悪そうな、ソワソワとしながら薔薇に目を向ける。
「まぁ、またこの薔薇園には招待されてもよくてよ」
「お気に召して頂けて光栄です。今はピンク色の薔薇ですが、次は赤い薔薇が咲きますのでぜひそちらもご覧いただきたいですわ!」
心を込めて育てた薔薇たちを、薔薇好きの公爵夫人に認めてもらえてキャサリンも喜びを隠せない。
「あらそう!私赤が一番好きなの」
一周してやはり王道の赤い薔薇が良いというところか。
「まぁ!でしたらおいしいお茶をご用意しますので、ぜひご招待させてください」
「悪くないわね」
ツンと鼻が上を向いているが、とても気に入ったようだ。
そんな母を見ているミオーネも嬉しそうに笑っている。
「お母様、私はまだ少しこちらに身を寄せていたいと思います。伯爵家の皆様にはご迷惑をおかけしますが…」
「迷惑だなんて!」
思わずセリーヌは声に出した。
「ふふっ、ありがとうセリーヌ」
「迷惑だなんてございませんわ。私共はいつまででもいてくださって構いません」
「…ふぅ、あなたは余程こちらが気に入ったのね。まぁいいわ。王太子殿下もそのように仰っていましたから」
「ありがとうございます、お母様!」
夫人は娘の満面の笑みを見てもう何も言うことはないと思う反面、名残惜しそうに薔薇園を後にした。
*********
フォンテーヌ公爵家とランドール侯爵家は昔から折り合いが悪い。
敵対しているというわけではないが、公爵と総督は元々ウマが合わない。
そして、フォンテーヌ公爵家は王家の次に鉱山を多く所有し、流通で成功を納めたベネディクト侯爵家とは懇意にしており、共同で事業をしている程。
それに対してランドール侯爵家は、この国の騎士団の頂点に立つ家柄であり、またあらゆる情報網を駆使し裏でこの国を支配しようとしていると一部の貴族の間で囁かれている。
孤高の存在であり、国王陛下の忠実な下僕である為に他の貴族から疎まれる存在なのだ。
その為、善とする物事だけでは立ち行かない取引も多々あるベネディクト家からすると邪魔でしかない。
そして、ベネディクト侯爵はこれまでミオーネが女神の生まれ変わりだからこそ、将来の王妃になることは揺るぎないと思っていた。
しかし当のミオーネがいなくなり、盤石だと思われていた足元が揺らぎ始めた事に動揺しているかと思われたが、ここへ来て野心をむき出しにあらゆるところへ手回しを始めた。
そして、ベネディクト侯爵家の娘ヴィクトリアをアルフレッドの婚約者に据えようと画策しているのだ。
ヴィクトリアが王妃になればその恩恵が受けられるからと、他の貴族を抱き込み周りを固めてきている。
今や公爵家には用がないと言わんばかりに態度を変え始めたのだった。
それだからこそ、フォンテーヌ公爵はミオーネを元の場所へ戻そうと必死なのである。
「フォンテーヌ公爵、ミオーネが女神の生まれ変わりではないとなぜわかった?」
国王陛下の前に突き出され膝を付き、緊張のせいで全身から汗が吹き出している。
「私が知ったのは一年ほど前、ある書物に書いてありました。」
「その書物というのは?」
「はい、ある者からおかしな事が書かれた書物があると見せてもらったのです。その中には女神の印は首にあり、魔力量によってはその色を変えるとありました。ミオーネとはあきらかに違いましたので私は誰かが勝手に作り出した読み物か何かと思っておりましたので…」
「気にもとめなかったと?」
「はい…申し訳ございません…先程娘の話を聞くまでは…」
「で?その書物を見せたのは誰だ?」
「………」
「言えない相手なのか?私が聞いているのに?はっ、そうか私はそんなに甘い王に見えているのだな」
逆らうとどうなるのかと、暗に脅しをかけているのだ。
その恐ろしい程の声色に公爵は震え上がる。
「……ベッ…ベネディクト侯爵です」
「ふむ、そうか」
そう言うなり国王は席を立ち部屋を出ていった。
宰相からもう帰って良いと声をかけられるまで、公爵は腰が抜けてボー然としていた。




