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38 公爵夫人②


「お母様…ごめんなさい。私のせいでこんな事になってしまって…」


鼻の頭を真っ赤にして俯き謝罪を口にする娘をじっと見る。


「私は…あなたがこんな風に泣く姿を初めて見たわ…」


ミオーネの体が強ばる。


「取り乱してしまい申し訳ございません」


「いいえ、責めている訳ではないの。……あなたはいつから女神ではないと思っていたの?」


今までこんなに穏やかな母の声を聞いたことがあっただろうか。


ミオーネは一瞬本物の母だろうかと目を見張るが混乱する心中を抑えた。


「はい…私は幼い頃から女神であることに違和感を感じていました。それで公爵家を出る少し前に王城の書庫で日記のような物を見つけ…それを見て確信したのです…」


「そう…」


表情が変らないせいで夫人が怒っているのか呆れているのかミオーネにはわからない。


「なんだったのかしら…私はあなたをきちんと女神として、未来の王妃として育て上げる事だけを考えて生きてきたのよ…」


「ごめんなさい…」


横で謝るミオーネはまた俯きとても小さな子供のように何度も謝罪を口にする。よく見るとかすかに震えているではないか。


(私はずっとこの子をこんなに怯えさせていたのね…)


いつも美しく気高くあれと言い続けてきた。そしてミオーネはその期待に応えてくれたと思っていたのだが…


その結果こんなに脆い子になってしまったのだろうか…どこで間違えたのだろうか…夫人はミオーネが産まれた時の事を思い出した。



「可愛い私の赤ちゃん。あなたにはミオーネという名をお父様がつけて下さったわ」


産まれたばかりの小さな我が子を胸に抱き、優しく語りかける。


「あなたはきっと将来はこの国一の、いえどの国のお姫様よりも美しくなるわ。大きくなったらお庭でお茶会を開いて、素敵なドレスもたくさん必要ね。きっと他国の王子様からも求婚されてしまうわね〜」


と夢を膨らませては、これ以上の幸せがあるのかと夫人は夢見心地だった。


しかし、足首にある痣が女神の生まれ変わりと聞かされたその日から、夢は消え自由に育てる事ができなくなってしまった。


そして、課される事が徐々に増えていきそれに応えなければと必死だった。


(私はこの子の為に…いえ…王家のため、公爵家の為だけだったのかもしれない…)


公爵家に生まれた以上、家のために生きることは当然のことと言えばそうだ。


しかし、公爵家だけに留まらず王家や引いては国の為とその細い肩でのしかかる重圧に耐えさせ続けてきた。


それに必死に耐え毅然と背筋を伸ばしミオーネは立ち続けてきた。


そしてミオーネは苦しい心を隠すことでさえ上手くなりすぎてしまっていた。


夫人はふと、ミオーネの泣く姿ですら感情を表すところを見たことがなかったと気づいた。


「私の目が曇ってしまっていたのね…」


ミオーネの肩が微かに反応する。


「ミオーネ…私はね、本当はあなたのドレスを選んだり、お茶会をしたり、あなたとしたいことがたくさんあったの…」


ミオーネがゆっくりと頭を上げ、信じられないと言うようにベッド傍らで母親を見上げる。


「そうね…信じられないわね…あなたが女神で将来の王妃になることが決まってからずっと厳しくしてきたものね」


「お母様…」


「何だかお父様に騙されたような気分だけれど、お父様もまた私と同じだったのかもしれないわ」


ミオーネはどこから出てくるのかと思うほどさらに涙が止めどなく溢れてくる。


「お母様…私は…」


「もういいわ…あなたが女神ではないとわかってショックだったけれど、今はなんだか晴れ晴れした気持ちよ」


ミオーネは母親の笑顔を初めてみた。


結婚前はルカニアの華と言えば他国にも知れ渡る程の美しいご令嬢であったと、幼い頃に乳母から聞いたことを思い出した。


「お母様は許してくださるのですか?」


「そうね、でもまだあの侯爵家の息子のことはわからないわ。私達の可愛い娘を攫った男なのだから、そう簡単に許す事はできません」


「ダニエルは私の願いを叶えてくれただけなのです。ですから、私が侯爵家から跡取りである子息を連れ去ったという事になります。罰を受けなければいけないのは私です」


「…………どうしてあの男なの…よりにもよってランドール…」


夫人はまた頭を抱えることになりそうだとため息をつく。


「あの…お母様。恐れながらもう一つよろしいでしょうか」


「もうそんな堅苦いのはやめましょう。いいわ、何かしら」


ミオーネは今まで母に砕けて話したことがないから何だか落ち着かない。


「はい…セリーヌの事なのです。私の恩人でもあり、お母様の事も助けてくれました。そして私はここの皆さんが暖かく迎え入れてくれたことに本当に感謝しています。どうか、魔女というだけで冷たくなさらないで頂けませんか?」


「あなたも知っているでしょう?魔女はこの国を支配しようとした悪しきものだと」


「それは誤解です。それは言い伝えであって、セリーヌがそうではありません。それに魔女と言ってもたくさんいらっしゃいますから一括りにするのは違うと思うのです」


先程まで小さくなっていたミオーネは背筋を伸ばし前のめりで訴える。


「婚約者を奪った私を許し、そんな私を守ってくれました。感謝してもしきれません。今では姉妹のように思っています」


「…あなたの気持ちはわかりました。でも、私も長年の思いがあるので今すぐ心を許せるわけではないのです」


夫人の中の葛藤が見て取れる。


「すぐにとは言いません。ですが…いつか、いつかわかって頂けたらと…」


「…少し疲れたわ」


そこへマルグリット伯爵夫人のキャサリンが侍女リリアンと公爵家のメイドを連れてやってきた。


「お加減はいかがですか」


公爵家夫人はまだ警戒心が解けないようで扇子を広げ顔半分を隠す。


「ご迷惑をかけました。私はもう屋敷へ帰りますから」


「そんなに急がれなくても」


「いいえ、これ以上こちらにご迷惑をおかけするわけには参りませんわ」


そう言ってメイドに目配せし立ち上がろうとする。


「もしよろしければ、お帰りの前に少し薔薇園を覗いて行かれませんか?」


夫人の動きが止まる。


何を隠そうフォンテーヌ公爵夫人がこの国一の薔薇愛好家であることは貴族の誰もが知る程に薔薇好きとして有名なのだ。


「お母様、こちらの薔薇園はとても素晴らしいですわ。一目だけでも見ていかれた方がよろしいかと思います」


ミオーネも後押しする。


プライドの高い夫人は伯爵家程度では大した事ないだろうと思いつつ、しかし薔薇という言葉に物凄く後ろ髪を引かれる。


「では…ほんの少し回り道をして帰ることにするわ」


薔薇の魅力には勝てなかったようだ。


「有難うございます。ではご案内いたします」


こうしてキャサリンが案内役となり夫人とミオーネを連れ薔薇園へと向かった。


(まぁ、大した事はなくても薔薇は薔薇よね)


と鼻で笑っていたが、薔薇園に着くと瞬きも忘れたようで、しばらく無言でその光景を眺めることになった。


ミオーネとキャサリンは目を合わせてクスリと笑った。


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