37 公爵夫人
公爵夫人は温かい何かに包まれているような何だか不思議な感覚に酔いしれていた。
(温かい…これは何かしら…天国のようだわ…)
フワフワと雲になったかのように体が軽く感じられる。
とても居心地がよく漂っているところへ誰かの声が聞こえてきた。
「………あさま………かあ様……お母様!」
公爵夫人は目を開けると見慣れない天井が目に入ってきた。
(ここは…私はどうしたのかしら…)
「お母様!」
聞き慣れた声の方に目を向けると可愛い娘が泣きながら呼びかけているではないか。
「ミオーネ?どうして泣いているの?」
「お母様……ごめんなさい…」
何だかわからないが、頬を流れる涙を拭ってやる。
そうしているうちに段々と意識が戻ってくると、倒れる直前に起きた出来事を思い出した。
「もしかして…私気を失っていたのかしら?」
頬を包む母親の手にミオーネが手を重ねながら中々泣き止まないようだ。
娘の頬に触れるなどいつぶりだろうかと思い返していると聞き慣れない声がする。
「ご気分はいかがですか?」
ミオーネの反対側から紫色をした瞳の少女が覗き込んできた。
「あなた…魔女ね」
「はい、私は北の魔女一族の者です」
穏やかな寝顔から一転して眉間にシワをよせ警戒するように体を起こした。
「お母様、こちらは私がお世話になっているマルグリット伯爵のご令嬢、セリーヌ嬢ですわ」
銀色の髪に紫の瞳なんて忌わしい魔女以外に有り得ないとあからさまに顔に出ている。
「お母様が気を失ったあと、セリーヌが治癒魔法をかけてくれたのです」
「………」
そう言われても嫌悪していた者をすぐに信用する事はできないと、蔑むような視線をセリーヌに向ける。
「慣れない場所で落ち着かないですわね、どうぞお二人でゆっくりなさってください」
「セリーヌ…」
「私は部屋へ戻っていますので、何かあればいつでもお呼びくださいね」
そう笑顔で言ってセリーヌは部屋を出た。
扉を閉めるとそこに背を預けすぐには動けない。
(魔女を厭われる方はいるけれど…やっぱりあそこまで嫌われると…)
大好きなミオーネの母親なのだからせめて嫌われたくはないと思うけれど、魔女というだけではなく母親からすると大事な娘を取られたように思っているのかもしれない。
セリーヌはトボトボと自室に向かう為に歩き出すと、フッと影が出来た。
見上げるといつからいたのかアルフレッドが心配そうな顔で見つめていた。
「ア、アルフレッド様…お話なさっていたのではないのですか?」
「うん、公爵は陛下の元で話してもらわなければならないから城に連れて行く事になって、サイラスと護衛に任せてきた」
「そうでなのですね…」
「公爵夫人の事も気になるし、少しでもセリーヌの顔を見てから城に戻ろうと思って少しだけ残ったのだが…元気がないな」
「あっ、いえっそんな事は…ありません…」
アルフレッドの顔を見たら胸がギュッとなる。
(だめよ、アルフレッド様はお忙しいのだから、平常心よ…平常心…)
セリーヌは自分に言い聞かせながら笑顔を作る。しかし、
アルフレッドはセリーヌの手を取り強く握った。
「セリーヌ、君は心の声が全部顔に出るのだから隠そうとしても無駄だ。公爵家は魔女に対して女神の敵のように思っていたのだろう…特に公爵夫人はそれをあからさまに態度で示すからセリーヌにとっては辛かったな」
(どうしてこの方は…)
胸が締め付けられるようだ。
セリーヌの大きな目から大粒の涙が落ちた。
「涙に濡れる君の瞳は本物の宝石のようだ…いやそれ以上に美しいな」
こんなセリフを言える王太子ではなかったのだが、恋は人を変えるのだろう。
セリーヌは涙を拭っても拭っても次々と出てくるので一旦この場を離れようとしたがアルフレッドはそれを許さない。
繋いだ手とは逆の方で涙を拭い優しく抱き寄せた。
(こんなに優しくされたら益々止まらないではないですか…)
そう思うが勿論嫌なわけがない。
「セリーヌ、これからもっと色んな事が起こると思う。だが、君のことは必ず僕が守るから…どんな事が起きたとしても信じていて欲しい」
アルフレッドの腕に力がこもる。
「…っ…っく…っはい…私はアルフレッド様を…信じています」
セリーヌも応えるようにアルフレッドの背に腕を回した。
優しくセリーヌの頭を撫でながらアルフレッドは続ける。
「うん…それに…僕が君の事を好きだと言うことも忘れないでくれよ」
何だか甘えられているようで歳上なのに可愛らしい。
でも、魔女だと蔑むように言われた事に傷ついた心を、治してくれる薬のような言葉だと思った。また涙が出た。
「ふふっ…私もっ…私もですアルフレッド様」
泣き笑いになる。
「今僕のこと子供みたいだと思ったな?…まぁセリーヌにならそれもいいか」
そう言っておでこにキスをくれた。
顔を離すとアルフレッドの肩に涙の跡がついているのを見たセリーヌは急に恥ずかしさがこみ上げると同時に汚してしまった事に慌て始める。
「気にしなくていい、すぐに乾くさ」
屈託のない笑顔のアルフレッドが眩しくてまたドキリと胸が鳴る。
「あぁ…セリーヌ。少し顔を見れたらと思ったが、顔を見たら離れがたいな…本当ならもっと強く抱きしめて口付けてそのまま…」
両手をギュッと繋いでアルフレッドは己の中の何かと戦っているようだ。
(そのまま…って…そのままって何ー??)
「ア、アルフレッド様!いっ色々漏れています!」
一瞬でセリーヌの目から涙が消えて、今度は頭の先から足の先まで全身を赤く染めた。
(ダメだ…セリーヌが可愛すぎる…抑えろ…ここにはあの赤の魔王がいる…)
アルフレッドは理性と本能の間でもがきながら、伯爵の恐ろしい顔を思い出して何とか暴走しそうな気持ちを鎮めた。
セリーヌを心配して様子を見にきたキャサリンとリリアンは、幸せそうな二人を物陰から静かに笑顔で見守っていた。
(アルフレッド様ならきっと大丈夫ね…それにしてもこんな場面を見たのが私達で良かったわ…)
溺愛する父ロンベルクと兄ロナウドがここにいなかったことにほっと胸をなでおろす。
そして、公爵夫人とミオーネのいる客間を見つめて気を引き締めるキャサリンであった。




