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36 フォンテーヌ公爵夫妻

応接間ではフォンテーヌ公爵夫妻に向かい合うようにしてマルグリット伯爵夫妻が座っている。


そしてその間を取り持つようにアルフレッドが一人中央に座り、その後ろにはサイラスが控えている。


部屋の中は重苦しく緊迫した空気だ。


始まりを告げるかのようにアルフレッドが口を開く。


「公爵夫妻にはこちらまで足を運んでもらい、そしてマルグリット伯爵も突然の訪問にも関わらずこの場を設けてくれたことに感謝する」


「いえ、私達がお断りする理由はございません」


伯爵が恭しく応え、それに対してアルフレッドは一つ頷き公爵夫妻に目を向ける。


「公爵夫妻には以前にも説明した通り、ミオーネの身はこちらで大切に預かってもらっている。何者かに狙われているために相手を特定するまで、どこでどう伝わるか細心の注意を払う必要があった。だからどこに身を隠しているかを知らせるわけにはいかなかったのだ」


「王太子殿下のお心遣いには感謝いたします。ですが、これ以上こちらに迷惑をかけるわけにもいきませんのでもう連れ帰ってもよろしいですね?」


ミオーネの父である公爵は丁寧な物言いだけれど、言葉には怒りがこもっている。


「フォンテーヌ公爵、私達にも娘がおりますのでご心配なお気持ちはよくわかります。ですが、まだ何があるかわからない状況であるのも事実。もうしばらくミオーネ様にはこちらに身を寄せて頂いた方がよろし…」


伯爵が言い終わらないうちに公爵がアルフレッドに向き口を開いた。


「王太子殿下、これは私達の問題でこちらの伯爵家には関係のないこと。もう十分王家には良くして頂きましたので、今後は娘の事は私達で守ります」


公爵も婦人も伯爵夫妻とは目を合わさず、まるでここには自分達とアルフレッドしかいないかのようだ。


赤の魔王は相手の方が身分が上とはいえ、その失礼な態度に徐々にこめかみに青筋が浮かんでくる。


しかしこう見えて常識人ではあるので心を沈め冷静さを取り戻す。


「公爵、どうかここは私達を信じて頂けないでしょうか」


公爵夫人は扇子を広げ口元を隠しこちらを見ようともしない。


公爵も未だ伯爵夫妻を視界にも入れずアルフレッドに話しかけている。


「はっ、そもそもこちらの伯爵家はかの有名な魔女の一族でしょう?それにご令嬢は婚約者に愛想をつかされたそうじゃないですか。そのせいでその男に私達の娘を誘拐されてしまった。それにこんな野蛮な人間のいる場所に娘をいつまでも置いておけませんよ」


鎮めた伯爵の青筋が再び浮き上がる。


そしてこれにはアルフレッドも黙ってはいられない。


「公爵、今こちらの伯爵令嬢は関係ない。そして、ミオーネは自らの意志で王都を離れたと聞いている。しかし今は伯爵家で安心して過ごせているようだ。私はミオーネが産まれた時から見てきたが、あんなに楽しそうに笑うところを見たことはなかった」


「それは、王太子殿下を前に緊張していたからに過ぎません。あの子は産まれたときからずっと貴方様の為に完璧な淑女となったのですから」


母親である公爵夫人は扇子をおろし前のめりにアルフレッドへ訴える。


「ミオーネがずっと努力してきたことはよく知っている。しかし、緊張を解すことも笑わせることもできないまま、挙句の果てには逃げられてしまったわけだから、僕も愛想を尽かされた男ということになるな」


「そんな事…責任感の強いミオーネが自ら居なくなるなどありませんわ!侯爵家の息子に無理やりさらわれたのです!」


我慢ならないといった様子で、夫人はたまらず立ち上がり肩で息をしている。


「おい、座りなさい。みっともない」


公爵に窘められ我に返った夫人は座り直した。


「公爵、娘のことが心配なのはわかる。しかし、今はまだ動くべきではない」


「こちらにいる方が安心できませんわ!」


アルフレッドの言葉にも、間髪入れずに夫人が声を荒げる。それに続いて公爵も口調が強くなる。


「王太子殿下、娘との婚約を破棄するというお話も娘の所在がわからないので承知しました。ですがもうその必要はありませんよね?何せあの子は"特別"なのですから。あの子以外に王太子妃になれる者等おりません」


「そうですわ!あの子は特別なのです。ですから、婚約の件もこちらに居させることも考え直してくださいませ」


興奮状態の公爵夫妻の怒りはさらに燃え上がってしまったようだ。


そこへ扉を叩く音が響いた。


サイラスが扉を開けると、外で話を聞いていたミオーネがたまらず部屋に乗り込んできたのだった。


「失礼致します。アルフレッド様、お話中勝手をして申し訳ございません」


「…いや、当人がいたほうが良いのかもしれない」


「ありがとうございます」


カーテシーをする所作一つとっても、優雅で美しい。


「おお!ミオーネ!」


「ミオーネ…」


公爵夫妻は同時に立ち上がった。


そしてその後に続いて入ってきたダニエルを見て公爵の怒りは爆発した。


「きっ貴様…よくもこの私の前に顔を出せたものだな!!切り刻んでくれる!!」


「ダニエル!あなたどうして…」


ミオーネはまさかダニエルが入ってくるとは思わず驚きを隠せないが、咄嗟にダニエルを庇うようにして毅然と父親の前に立った。


しかしダニエルはさらにミオーネを庇うように前に立つ。


そして公爵の前で両膝をつき、胸に手を当て懺悔をするように頭を下げる。


「フォンテーヌ公爵、この度はミオーネ様を連れ出してしまい申し訳ございませんでした」


「ふっ、ふざけるな!!」


公爵は握った拳の甲でダニエルの顔を打ち、それをそのまま避けもせず受けたダニエルは後へ倒れた。


「ダニエル!!なんてことを…」


倒れたダニエルに寄り添うミオーネもその場に膝を付き抱きかかえる。


「ミオーネ!何をしているのです!?床に膝をつけるなどはしたない真似はおやめなさい!」


夫人も声を荒げる。


「……お父様、お母様ダニエルは何も悪くはありません。今回のことは全て私がしたこと。私は自ら公爵家を離れたのです」


「何を言っているの?その男に脅されているのね…大丈夫よ、私達が迎えに来たのだからもう心配しなくていいわ」


母親を目の前にしてミオーネが微かに震えていることに気付いたダニエルは、その背に優しく手を添えて「大丈夫」という様に微笑んだ。


その姿にミオーネの目頭が熱くなる。

そして冷静さを取り戻した。


「お母様、私は特別ではありません。なぜなら、女神の生まれ変わりではございませんので」


「おっ、おい!何を言出だすのだ!」


「お父様、こちらにいらっしゃる伯爵ご夫妻もダニエルもご存知ですのでご心配なく」


「なっ…どういうことだ」


「あぁ、ミオーネあなたは騙されているのね。あなたが何を言おうがしっかりのその体に証明されているのよ」


「いいえ、私が王城の書庫で見つけた文献に書いてありました。女神の痣は首にあり使う魔力によってその濃さが変わるのだと」


「……」


「それに…私は魔力量が少なく、使える魔法も微々たるものです。その文献を見て私は長年の疑問が晴れました。幼い頃から女神の生まれ変わりとして生きてきましたが、学べば学ぶほど私は女神の器ではないと感じておりました」


「そんな事…」


信じられないと言うように夫人は目を見開き首を横に振っている。


しかし、公爵は苦虫を噛み潰したような顔でバツが悪そうだ。


「ミオーネ、仮にそうだとしてもお前以上に美しく完璧な令嬢はいない。そうでしょう殿下」


「公爵は今ミオーネが言ったことを知っていたのか?」


「それは…」


「あなた…どういう事ですの?」


「お父様はご存知だったのですね。私が女神の生まれ変わりではないと言うことを」


「……るはずないのだ…女神などこの世にいるはずがないのだ!あれは空想にすぎない!」


公爵夫人はふらりとその場に崩れ落ち気を失った。


「お母様!」


「大変!ロニー!」


今まで静かに見守っていたキャサリンがテキパキと指示を出し夫人を客間へと運び介抱する。


公爵はヘナヘナと力なく座り、項垂れ目をきつく閉じている。


「公爵、詳しく聞かせてもらおうか?」


ミオーネも母親に付き添い、この場には男性達だけが残った。

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