34 嵐の前の…
アルフレッドの執務室には珍しい人物が座っていた。
「お帰りなさいませ、レオナルド殿下」
「サイラス、久しぶりだね」
爽やかな笑顔でにこやかに応えたのは、この国の第二王子であり、アルフレッドの弟レオナルドだった。
緩くウエーブのかかった髪を後で束ね、笑うと白い歯がチラリと見える、眩しい太陽のような王子だ。
どことなく王太后サンドラを思わせる。
今はルカニア国の隣に位置するエストルネ国に留学中なのだが、年に一度王城で開かれる舞踏会があるため帰国していた。
女神降臨を祝うため女神降臨祭が行われるこの国で一番大事な日なのだ。
そしてその日は16歳になった者たちが、国王と王妃の祝福を受けて初めて社交界にデビューするという大人への階段を上る儀式を行う日でもある。
レオナルドは将来国王となる兄を支える為に、文武を磨くだけではなく人脈を広げるために今は隣国のエストルネ国を拠点とし他の国へも足を伸ばしている。
元々人当たりが良く明るく活発な性格から、他国を渡り歩き貴族のみならず平民にも友人がいるほど、自然と人の懐に入っていけるのは特技と言ってもいいだろう。
そしてアルフレッドとの一番の違いは女性に対しても紳士的でスマートな振る舞いが幼い頃から自然とできた。
アルフレッドはそんな弟に対して、その身軽さや明るい性格を羨ましく思うところもあるが、誰よりも信頼しているのである。
「レオ、先程の話だが」
「ええ、今度の女神降臨祭にエストルネ国の王女が国王の代理で参加することになったと知らせが来ました」
エストルネ国はルカニア国の北山を境として隣接する国である。
昔から交流もあり、友好国である。
過去にはルカニア国の貴族からエストルネ国の王族に嫁いだ者もいるが、逆の場合もある。
商業や軍事面でも協力しあい、神聖な北山の湖は両国で守っている。
お互いに協力関係を揺るぎないものにしたい国どうしであるため、その国の姫が来るとなれば一大事だ。
そして恐らく、わざわざ国王代理で王女を寄越すとなるとその思惑は十中八九アルフレッドのお相手にと名乗りを上げるのだろう。
「そうか…」
「兄さんは、おばあ様を救ったあの伯爵令嬢に惚れていると聞いてますが?」
今日の天気の話でもするようにさらっと言った。
アルフレッドはお茶を吹き出しそうなのを堪えたせいで喉にお茶が詰まった。
「んんっ…ごっ…ごほっ…ごほっ…」
「殿下、落ち着いてください。ゆっくり息を…」
サイラスが背をさすっている。
「やはり図星でしたか」
レオナルドは「ははは」と豪快に笑っている。
「んんっ、んん…レオ、からかうのはやめてくれ」
「ははっ、すみません。まさか兄さんが恋をする日がくるなんて奇跡を見ているようですよ」
「レオナルド殿下、アルフレッド殿下はこういうことに耐性がないのでお手柔らかに」
サイラスは主を庇う。
「相変わらずサイラスは兄さんに甘いな」
「それより、レオも今回祝福を受けるのだろう?」
アルフレッドは話を逸らす。
「ええ、祝福を受けて社交界デビューですよ」
「レオが夜会への参加ができるようになれば、これからは少し夜会への参加を減らせるな」
「まぁそうですね。でも例のご令嬢が参加していたら兄さんも参加する事になるのではないですか?」
また話を戻される。
「それに、今回はエストルネ国の王女が来られるので兄さんがエスコートしなければいけませんよね?」
これにはサイラスも言葉をはさめない。
国どうしの問題になるので避けては通れないだろう。
アルフレッドは机の上に飾られたピンク色のバラをしばらく見つめため息をつく。
「セリーヌをエスコートする事はできないのか…」
切なげな顔でそう呟くアルフレッドの横顔は男から見ても美しいと思うほどだ。
「兄さんにこんな顔をさせるなんてかのご令嬢はすごいね」
「殿下、これはお仕事と思って乗り切るしかありませんね」
「はぁ…」
「それに、ミオーネ嬢はどうされるのですか?」
「ミオーネについてはまだ今後どうするのが良いのか決めかねている。ただ、今回のことで公爵家とも婚約を破棄するという事で話はついているが…まだ正式には破棄されていないから婚約者のままだ」
「そうですか…何だかややこしくなってきましたね。ミオーネ嬢がいなくなった事は隣国にも伝わっていますから、王太子妃候補に名乗りを上げようとエストルネ王家をはじめ、どれだけの貴族が画策している事か…」
「あぁ、それについては陛下とも話しているが…」
またため息が出る。
(以前は結婚もその相手も義務でしかなかったが…もうセリーヌ以外考えられないな)
アルフレッドはまたバラを見つめ、これから待ち受ける嵐に立ち向かうべく己を奮い立たせるのであった。
*****
セリーヌは腰に手を当て、指を顎にあてながら今日ミオーネが着る衣装をどれにしようか悩んでいた。
当のミオーネは侍女のリリアンに髪を梳いてもらいながら今流行りの髪型がどんなものかと聞きながら、街に溶け込むにはどんな装いがいいかと思案中だ。
「今は大きめのリボンで結ぶのが街では流行っております」
「そう!じゃあリボンはどんなのがいいかしら」
いつもは大人びているミオーネが今日は年相応に可愛らしい少女に見えて、なんだか微笑ましい。
「ミオーネお姉様!変装して街に出られるとはいっても、ダニエルお兄様とお二人でお出かけなのですからやっぱりこれくらい可愛らしいお洋服でもいいと思うのです!」
どうやら今日はミオーネとダニエルはお忍びで街へ出かけるようだ。
ずっと屋敷に籠もっていたので少し外の様子が知りたいというミオーネの希望を叶えようとダニエルが考えたのである。
「そうね…可愛らしいけれど目立ってしまわないかしら」
セリーヌが持ってきたのは濃いブルーでフワリとしたドレスだ。
派手な色ではないが、品が良く爽やかだ。
「ふふっ、お嬢様はご自分の事のように嬉しそうですね。ミオーネ様、せっかくですからこのお洋服にこちらのリボンはいかがでしょうか」
白いレースに少し金糸が編み込まれていて動くとキラリと光る。
セリーヌがミオーネの顔の横にリボンを持ってきて鏡越しに合わせてみてはうんうんと頷いている。
(あぁ、完璧な淑女と言われているミオーネお姉様を変身させる事ができるなんて!)
「なんだかセリーヌは楽しそうね」
「うふふ、はい楽しいです!こうしているとなんだか三人姉妹みたいではないですか!」
リリアンは自分がご令嬢二人の姉妹なんて恐れ多いと言いながらも満更でもない様子だ。
三人姉妹なら、年齢的に言ってリリアンが長女でセリーヌが末の妹ねとミオーネも楽しそうにしている。
「でも、今日は目立たないようにしなければいけないのよ。誰かに気づかれるわけにはいかないし…」
「そうですけれど、せっかくのデートではないですか…」
「お嬢様、ご令嬢がそんなに口を尖らせてはいけませんよ」
リリアンに窘められる。
(せっかく街へお出かけになるのだからめいっぱいオシャレして欲しいのに…何か良い方法はないかしら…)
セリーヌはまた衣装部屋へと引き返しながら思いついた。
「そうですわ!お帽子よ!ミオーネお姉様このお帽子でしたらお顔が隠せます」
衣装部屋から少しつばの広い白い帽子を持ってきてミオーネとリリアンに見せる。
「素敵です!これならお洋服にも合いますしお顔も隠せますね」
「あら、素敵なお帽子ね。これなら確かに顔を隠せるわ」
「これで決まりですわね!」
「それなら、髪は横に流してリボンで結ぶのはいかがでしょうか」
「わぁ!素敵!ダニエルお兄様のお色ですわ!」
ダニエルの深い海のような青い瞳と柔らかい金色の髪は彼の優しさを引き立たせている。
その言葉にミオーネはダニエルを思い浮かべ、ハッとして頬をピンク色に染めた。
「そんなつもりでは…」
ゴニョゴニョと呟いている。
(もう!ミオーネお姉様が可愛らしいわ!)
普段見れないミオーネの様子にセリーヌは心の内でキュンとしているのがやはり顔に出ている。
それを見たミオーネは仕返しと言わんばかりにセリーヌに向かう
「セリーヌ、次はあなたを着飾らせてね!私だって可愛い妹の恋を応援したいのよ」
思わぬ方向に矛先が向き今度はセリーヌが真っ赤になった。
「ふふっ、お嬢様その時は私も今日のように腕をふるいますからご安心ください」
「なっ…なっ、二人共何を…私の事はいいの!」
「ふふふふふ、まずは今度の女神降臨祭での舞踏会ね」
「そうですね!このリリアン、セリーヌお嬢様を立派に送り出して見せます!」
「あら、リリアンはずいぶん気合いが入っていること」
「もちろんです!お嬢様の初めての舞踏会ですから」
「そうね、私も協力するわ!今から楽しみよ。きっとアルフレッド様も楽しみにしてると思うわ」
「そっ…そうかしら…」
両手で頬を抑えながらアルフレッドの顔を思い浮かべる。
と同時にバラ園でのキスを思い出して茹でダコ状態だ。
「お嬢様とアルフレッド殿下が踊るところを見られないのが残念ですが、きっと素敵にエスコートして下さいますわ!」
リリアンは舞踏会で踊る二人を想像してウットリといった様子だが…
「それは無理ね…だって私はまだ婚約者ではないのだから…」
仕方がないとは思いつつ、少し寂しくなって下を向くセリーヌを見て、言い出したリリアンもしゅんとなる。
しかしミオーネはニヤリと笑いからかうようにリリアンに言う。
「ねぇリリアン、今の聞いた?"まだ"ですってよ。まだということはいずれは婚約者になると言うことよね」
口元に手を当てて「うふふ」と笑っている。
リリアンもパッと顔が明るくなりミオーネに乗っかる。
「えぇ、えぇ、聞きましたわ。この耳でしっかりと」
「もう!二人共からかわないで!」
「あぁ、なんて可愛いのかしら!セリーヌをからかうのが癖になりそうだわ」
そんな女性三人の楽しげな声を聞きながらダニエルは笑顔で扉をノックした。




