30あの時
屋敷に戻るとミオーネが誰よりも早くセリーヌの元へと飛んできた。
完璧な淑女と言われたあのミオーネがこんなに取り乱すところをアルフレッドは生まれて初めて見たのかもしれない。
「セリーヌ!あぁ…セリーヌ…良かった…本当に良かっ…」
ミオーネの大きな目からポロポロと涙が溢れてくる。
今では本当の妹のように思っているセリーヌが攫われたのだ。
口には出さずとも誰もが最悪の事態も想像した事だろう。
ミオーネは動揺してはいけないと、いつも以上に気を張って冷静を装っていたがセリーヌが帰ってきた安堵で綺麗なお顔がグシャグシャになっている。
その様子を見ていた皆の緊張もほぐれほっと肩を撫で下ろす。
そしてキャサリンは、セリーヌを抱きしめるミオーネごと抱きしめた。
先程までほんの一時とはいえ、セリーヌを独り占めしていた事を申し訳なく思うアルフレッドはそっと一歩後に下がり皆が次々にセリーヌと抱きしめ合っている様子を眺めていた。
あの手紙を見て誰もが狙われているのはミオーネだと思い込んだ。
急いでミオーネのいる部屋へと駆け込んだ直後、キャサリンと侍女たちがセリーヌを呼ぶ声が聞こえてすぐに引き返したがそこにはもうセリーヌの姿はなかった。
(あの時は本当に頭がどうにかなりそうだったな…)
予想外に取り乱したアルフレッドは怒りで爆発しそうな魔力を抑えるのに必死だったのを思い出した。
*****
セリーヌと引き換えに残されていた布切れにアルフレッドは机が壊れんばかりの勢いで拳を突き立てた。
声にならない怒りの声が聞こえてくるかのようだ。
(あの時攫われかけたのはミオーネとセリーヌ二人だったのに…クソっ!)
自分に対する怒りと後悔と犯人に対する憎悪とで今にも爆発してしまいそうだ。
アルフレッドが己を必死に抑えようとしている横でロナウドは父親に詰め寄っていた。
「どういう事ですか父上!あなたがセリーヌについていたのではないのですか!?」
伯爵は項垂れキャサリンはその場に泣き崩れている。
「すまない…」
マルグリット伯爵も自分が側にいながら攫われてしまったのだ。もっと早く護衛をつけるなりするべきだったと後悔してもしきれない。
騒然とする中で唯一冷静さを保っていたのはダニエルだった。
「皆さん、ここは責め合っている場合ではありません。セリーヌを探す方法を一刻も早く見つけなければ」
恐らく移動魔法でこの屋敷に侵入した誰かがセリーヌを連れ去ったのだ。
元々が屋敷を覆うように結界を張り巡らせているのだから招き入れた人間以外が侵入しようとしても入れないはず。
マルグリット伯爵邸は領地の屋敷も同様に守りは堅いのだ。
そして音もなく形跡を残さず、ただセリーヌだけを連れ去ったのだからそれ以外考えられない。
恐らく、偽の手紙を持ってきた者が関係しているのだろう。
そして、先日ミオーネとセリーヌを攫おうとした黒い布で顔を覆っている二人組みの内、移動魔法を使った小さい方だろうとアルフレッドとダニエルは考えていた。
(恐らくあいつらがやった事だろう…さっき手紙を持ってきたのがあの小さい方だろうな…)
皆がそれぞれに考えていると、ダニエルが伯爵へ向かって疑問を口にした。
「伯爵は西のウォルドナー教会の事は何かご存知ですか?」
伯爵の顔が強張り、ギロリとダニエルに目を向けた。
「………なぜここでその名が出てくるのだ?」
予想もしなかった名がダニエルの口から出た。
泣いていたキャサリンが顔を強張らせてダニエルを凝視している。
答えを聞かずともわかった。
「ご存知なのですね」
「………ウォルドナー教会が何か関係しているということなのか?」
「恐らく…」
ダニエルは先日二人を攫おうとした二人組について情報を集めていた。
師匠が言っていた西の魔女というのが現ウォルドナー教会の司教の母親の事で、どうやらウォルドナー教会は女神を信仰している教会らしいことまでをつきとめた。
「…なんという事だ」
「あなた…お母様へ…」
「ああ…」
「その様子だとウォルドナー教会と何やら関係がありそうだな」
眼光鋭く二人のやり取りを聞いていたアルフレッドの声も低く鋭く突き刺さるようだ。
ウォルドナー教会とは女神を信仰する教会なのだが、その女神とは"祈りの女神伝説"に出てくる国を滅ぼそうとした魔女を真の女神として崇めている教会なのだ。
公には知られていないが、王家の者は民よりも詳細にその伝説について伝えられている。
「はっきりとは申し上げられません。我が北の魔女一族の長である母は以前ウォルドナー教会と少々関わりがあったようで私達より詳しく知っていると思うのですが…ただ、この時期は北山の山頂にある湖にいますから、急いで手紙を書いて飛ばせば3日程で返事がくるかと…」
「3日?!そんなには待っていられない!その間に…」
「ええ、わかっています!しかし…湖に行くまでは何日もかかってしまいます。手紙を書いて飛ばす方が早いのです」
「………いや、城にいけば何とかなるかもしれない」
「えっ?」
「それはどういう…」
「詳しいことは言えないが…、その為にはまず国王に話しを通さなければならないが良いか?」
「それは構いませんが…しかし、一介の伯爵家の娘が攫われた程度の事で国王の手を煩わせるなど恐れ多いのですが…」
「何を言う、セリーヌはおばあ様の恩人でもあるのだから、ただの貴族令嬢ではない。受けた恩は返さなければと思っているはずだ」
「…それは…ありがとうございます。それでは殿下にお任せします」
「あぁ、では伯爵は一緒に城まで来てくれるか?」
「はい、よろしくお願いします」
「僕たちは城へ向かうが、皆はここで待っていてくれ。ミオーネの事もまだ安心はできないからな」
「はっ、ミオーネの事は私が守りますのでご心配なく」
「アルフレッド殿下、私も一緒に参ります」
こうしてロナウドも一緒に行くことになった。
何せ事を急がねばならないためアルフレッドの移動魔法で行くのだが、ごつい男二人を連れて共に移動するだ。
セリーヌを連れて移動するときのようなフワフワした感じはないので少々複雑な心境になる。
今は緊急事態なのだからと己を納得させることにした。
「では行ってくる」
そういうなり3人の姿が消えた。




