28 誘拐には慣れています
「ははははは、ようやく手に入った」
「あなたはまだあんなおとぎ話を信じているの?こんなことをしたって無駄よ」
「それはどうかな。まあ無駄なら無駄でいい、試す価値はある。使えないようなら捨て置けばいい」
「仮にもしあの話が本当なら逆にあなたに跳ね返ってくる可能性もあるということよ?」
「私は人生をかけて女神の事を研究してきたのだ。そうなった時の事も考えてないわけがないだろう?」
「どうしてそうまでして…」
「私はこの国が欲しい。私だけではない、祖父もそのまた祖父も私達一族の願いでもある。女神が邪魔をしなければ私は今頃国王となっていただろう。私の血族こそが真にこの国を統べる者なのだから」
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「おばあ…様……おばあ様?!」
セリーヌは聞き覚えのある声に驚き目が覚めた。
「今のは何…」
ゆっくりと体を起こすとそこは見慣れない部屋で固いベッドに寝かされていたようだ。
「なんだよ驚かせるんじゃねーよ」
今度は聞き慣れない声が近くでする。
ハッとして横を見ると小さいテーブルを挟んで黒い布で覆われた二人が向かいあって座っている。
どうやら小さい方の人がこちらに話しかけているようだ。
「あなたは…?」
「もう忘れたのか?この前会っただろう南の海で」
「うーん…黒い布でお顔を隠されているのであの時にお会いした方なのかはわかりません」
「ははっ、言えてる」
「お前が笑うな」
「すまんすまん」
あの時ミオーネとセリーヌを攫おうとした二人組らしい。
一人は大柄で低い声がよく響く。もう一人は小柄で声からすると若い少年のようだ。
「あなた方は西のお方なのでしょう?」
「ちっ、やっぱりあのじじいは知ってたか」
「あぁ、あの遠くからものすごい殺気を放っていたじじいか」
「それで、わたくしに何か御用ですか?」
「あんたこの状況でよくそんな落ち着いていられるな」
「ええ、誘拐には慣れていますの」
「ははっ、こりゃいい!誘拐に慣れている令嬢に初めて会ったな」
「お前っ…呑気に笑ってるんじゃねーよ」
小さい方が大きい方を諌めるが全く気にしていないようだ。
「それで、私になんの御用でしょうか?身代金ですか?」
「それはまだ言えねーな」
「そうですか…では私は何をすればよろしいのでしょう?」
「ぷっ、本当に落ち着きすぎなくらい落ち着いているな」
どうやら大きい方は笑い上戸らしい。
「今頃あんたの家は大騒ぎだろうよ」
「そうでしょうね。私の父は赤の魔王と呼ばれるほど恐ろしい人物なのはご存知?」
「あぁ、知っている」
「本当におっかない顔してるよな」
「おっかないのは顔だけではありませんわよ」
実の娘の方が散々な言いようである。
溺愛する娘のこの発言を聞いたら当の本人は夜な夜な枕を濡らす事になるであろう。
「まぁどれだけ怖い魔王だろうが俺の移動魔法を使えば追えないだろうよ」
そうだ、あの海の時と同じく小さい方の移動魔法で連れ去られたのだ。
「そうですわ、移動魔法というのは行ったことのない場所には移動できないのではないですか?どうやって家の庭に来られたのです?」
「ひひっ、伯爵邸に行ったことがあるからだよ」
「もしかして…偽の手紙を持ってきた方ですか?」
「正解!」
「伯爵邸の周りには結界が張ってあるが、中に一度入り自分の痕跡を残しさえすれば俺くらいの高度な移動魔法が使える者なら入れるのさ」
「まぁ!お小さい方は素晴らしい魔法使いですのね!」
「ぶふっ、くくくっ、お小さい…お小さい方って…ぶわっははは、ひーっ」
大きい方はお腹を抱えて笑い出した。
「うるせー黙れ!笑ってんじゃねー!小さいって言うな!まだ成長してる最中だ!」
「あら、失礼。お名前がわからないのでつい。なんとお呼びすれば?」
「お前に名を教える義理はない」
「そうですか、それではこのままお小さい方と呼ばせて頂きますわね」
「…っ、……ークだ…」
「えっ?」
「マークだ!」
「マークさんですね!ありがとうございます」
誘拐犯相手にお礼を言うのもセリーヌくらいのものだろう。
「俺はショウキと名乗っておこう」
大きい方も名乗る。案外根っからの悪人ではないのかもしれない。
「ショウキさんですね!私の事はセリーヌとお呼びください」
「わかった、セリーヌ」
「はい」
「セリーヌはどうして攫われて来たと思う?」
唐突に質問が来た。
「そうですわね…身代金ではなさそうなので考えられるとすれば、父への恨みでしょうか?」
「あんた、さっきから父親に対して酷くないか?」
「そうですか?父はあの通り厳しい方なので恨みを買いやすいのも事実なのです」
「それは確かにありそうだ」
ショウキの方は大人なだけに色々察するのだろう。
自分が子供みたいに思われるのが悔しいのかマークがムキになる
「お前はこれから頭首の元に連れて行くんだ」
「頭首?」
「マーク、お前は喋り過ぎだ」
ショウキに言われてハッとして口をつぐむ。
「今話せるのはここまでだな。ま、いずれ分かるよ」
そういうと二人共黙ってしまった。
それならなぜすぐに頭首の元へ連れて行かないのかが謎だけれど、どうやら事情があるようだ。
それ以来二人が口を開くことはなく、無言で食事を出してくれたり最低限の世話はしてくれた。
(ここは一体どこなのかしら…窓からは川しか見えないし…)
窓の外にある流れる川を眺めながら、心配しているであろう皆の事を思うと申し訳無さでいっぱいになる。
(何とか無事を伝えられると良いのだけれど…せっかくアルフレッド様がお茶会に来てくださったのに…アルフレッド様…)
「ここから出る方法を考えても無駄だよ」
マークは一言だけ告げると部屋を出て行った。
ショウキは黒い布で顔を覆っているにも関わらず、器用に新聞を読んでいる。
外と中で見張りをしているのだろう。
(どうせ何も出来ないなら楽しいことを考えた方がいいわね)
どこまでもポジティブであろうとするのがセリーヌなのだ。
また外の川を眺めながら、小さい頃よく歌っていた歌を口ずさんだ
「ラララ〜、この歌を口ずさめば〜誰もが皆幸せになれるのよ〜ラララ〜」
(おばあ様とよく歌ったわね…懐かしい…)
その時ガタッと何かが倒れる音が響いた。ショウキが勢いよく立ち上がったせいで椅子が倒れたのだ。
驚いたセリーヌは歌うのをやめショウキを見ている。
「どうしたのです?」
「セリーヌ…その歌…」
「この歌ですか?これは小さい頃よく祖母と歌っていたのを思い出して…うるさかったかしら…ごめんなさい」
「…いや…そうか…別にうるさくはない」
「ショウキさんもこの歌ご存知なのですか?」
「………何度か夢で聞いた気がする。だから、まさか現実で聞けるとは思わなくて驚いただけだ。それはセリーヌの故郷の歌なのか?」
「どうでしょう…私はおばあ様としか歌った事がないので、てっきりおばあ様が作ったのだと思っていました」
何かを考えているようだったショウキが口を開きかけたその時、外が何やら騒がしくなった。
「なんだ!?」
「セリーヌ!セリーヌいるのか??」
聞き覚えのある、心を揺さぶられるその声にセリーヌは胸が熱くなった。
(まさか…まさか…幻聴…ではない?)
「ア…アルフ…レッド様…?アルフレッド様!セリーヌはここです!」
ショウキがセリーヌを抑えようとするが扉が勢いよく開きアルフレッドが飛び込んできた。
「セリーヌ!」
まさか助けに来てくれるとは思っていなかった。
高度な移動魔法の使い手に攫われたのだ。探し当てることはできないのだろうと諦めていた。
取り乱してはいけないと過去の誘拐の時に学んだように平静を保つよう必死に恐怖心を抑え込んでいた。
歌う事で気を紛らわせていた。
それが、アルフレッドを目の前にすると安心からか抑え込んでいたものが溢れ出し涙が止まらない。
「アルフレッド様…」
「セリーヌ無事で良かった」
「ふんっ、まだ無事とは限らないぜ」
ショウキがセリーヌを抱えナイフを向けている。
「ショウキさん…」
「へへっ、やっぱりあんたも人並みに怖さを感じてたんだな。おい!外に一人いただろう?そいつはどうした?」
「そこで眠っている。セリーヌに何かあればそいつがどうなるか」
「ちっ」
一つ舌打ちするとセリーヌをアルフレッドへと押しやった。
その勢いでセリーヌはアルフレッドの胸に飛び込む形になった。
「今回はこちらの負けだ。さっさと連れて帰れ。そこのやつには手を出すなよ」
「今回も、だろう?本当なら許せないがここはこちらも引こう。次はないと思え」
「ふんっ、それはこっちのセリフだ。せいぜい用心するんだな。じゃあなセリーヌ、楽しかったぜ」
「ショウキさん…マークさんも今度はお友達として違う形でお会いしたいですわ」
「…ふっ…そんな日は来ねーよ」
ボソりと呟いたのを聞き終わらぬ内にアルフレッドの移動魔法で屋敷へと帰ってきた。
そこはバラ園の真ん中でお茶会の用意がされたままの状態で誰もいない。
「皆は屋敷の中にいる」
アルフレッドの顔を見上げると優しい眼差しでセリーヌを見つめていた。
そしてマルグリット邸に戻ってきたのになぜかまだセリーヌの腰を抱いたまま離さないでいる。
(心臓がドキドキしてるのアルフレッド様に聞こえてしまう…)
恥ずかしくなり目を逸らそうとしたが、アルフレッドの綺麗な顔の額から血が流れている事に今さらながら気づいた。
先程マークと剣を交えたのだろう。
「アルフレッド様!お怪我が…」
そう言いながら額の傷を治癒魔法で治そうと手を伸ばしたその時、アルフレッドの手がセリーヌの手を掴んだ。
ギュッと手を握りしめられるとドクンっと一つ心臓が大きく跳ねた。
アルフレッドの綺麗な青い瞳と目が合う。美しいその瞳に今にも吸い込まれそうだ。
その美しさに見惚れていると、腰にあった手がセリーヌの頬を撫でアルフレッドの顔が近づいてきて唇と唇が重なった。
薔薇の香りが二人を包み優しい風が流れていた。




