20 いざ、伯爵邸へ
城を出てからダニエルは窓の外を眺めながら何度となくため息をつく。
4人で馬車に揺られながらマルグリット伯爵邸へと向かっている。
「ダニエル、そんなにため息をつかないで。大丈夫よ、私も一緒に謝罪するのだからあなた一人ではないわ」
「すまない、そんなにため息をついていただろうか…」
「ええ、こちらまで落ち着かないわ」
無意識だったようで苦笑するが顔が引き攣っている。
それもそのはず、娘を裏切った男がその娘の家に助けを求めるのだから落ち着いていられるわけがない。
ましてや一緒に逃げた相手である公爵令嬢という立場が難しいミオーネを引き連れて。
斬り殺されても仕方がないと覚悟を決めているが、ミオーネの身を案じてまたため息が出る。
思わず横に座るミオーネの手を強く握る。
それに応えるようにミオーネの手が優しく重なった。
(今朝はあんなに拗ねていたのにすっかり仲良しね)
セリーヌは気を使って手を繋ぐ二人に気づかないフリをする。
横に座るアルフレッドはというと、
(この狭い馬車の中で勘弁してくれ)
という気持ちを醸し出しながら肘を付き外を眺めため息をつく。
目立ってはいけないので王室の馬車ではなく、中級程度の貴族が使うようなどこにでもあるありふれた馬車なのでお互いの距離も近い。
それぞれの思いを乗せて馬車は淡々と屋敷へ4人を運んでいく。
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ドカッ、ズザザッ
「貴様、よくもノコノコと来られたものだな」
「お兄様!何をなさるのですか!」
一行がマルグリット伯爵邸へと着くなり、セリーヌの兄ロナウドが信じられないスピードで屋敷から出てきたかと思うと馬車から降りたダニエルを思い切り殴り飛ばしたのだ。
セリーヌが慌てて止めに入ろうとするがアルフレッドがそれを制止する。
「アルフレッド様!どうして止めるのです?」
「これは必要なケジメだからだ」
殴られ倒れたダニエルは、体を起こし膝をついて神妙に頭を下げている。
その横にミオーネが寄り添い同じように膝をついた。その姿でさえも優雅で見惚れてしまう美しさだ。
その場にいた誰もがザワつく。
「ミオーネ、君はそんなことをしなくていい!」
慌ててミオーネを立ち上がらせようとするが、ダニエルの手を抑え跪き両手を胸に当てて懺悔の気持ちを表す。
「ダニエル、これは私の罪でもあるのよ。もちろん覚悟の上でここへ来たのだから謝罪するのは当然の事」
本来ならば伯爵家ごときが公爵令嬢に謝罪をさせるなど以ての外。
しかし王太子であるアルフレッドは黙ってそれを見ている。
「ミオーネ様にそのような事をさせたとなれば、私共一家諸共打ち首になってしまいます。どうかお顔をお上げください」
ロナウドはミオーネの前で片膝を着いて左胸に手を当て、騎士が王へ忠誠を誓うときに取る姿勢をとり困ったような顔で懇願する。
「いえ、私は公爵家を出た身。ですからこれは公爵令嬢としてではなく、私がダニエルに想いを寄せてしまい、私の身勝手でセリーヌ様やマルグリット伯爵家の皆様にご迷惑をお掛けしたことをお詫びいたします」
(ミオーネ様…なんて素敵な方なのかしら!)
ミオーネの覚悟とダニエルへの思いがひしひしと伝わってくる。
セリーヌの目から自然と涙がこぼれた。これほどまでに人を愛するという事がどんなに尊く素晴しい事かと。
そこへ赤の魔王ことマルグリット伯爵とその妻キャサリンが表へ出てきた。
「そんなところで座り込まれてしまっては我々の方が困ってしまいます。どこで誰が見ているかわかりません。どうかお立ちください」
そう言われてハッとなったミオーネとダニエルはようやく立ち上がった。
「アルフレッド殿下、ようこそ当家へ。話は執事の方から伺っております。どうぞ中へ」
伯爵に促されて皆が中へと移動する。
キャサリンがスッとダニエルとミオーネの元へと行き柔らかい笑顔で中へと案内をする。
「息子が失礼をして申し訳ございません。どうにも妹が可愛いようで、セリーヌの事となると見境がなくなる時があるのです」
「いいえ、大事なご家族の事ですから」
「そう仰っていただけるとホッと致しますわ」
ダニエルは未だにキャサリンの顔が見れないでいる。
「ダニエル様、よく帰ってきて下さいました。ここへ来るのは相当な覚悟があったのでしょう。それでも私達を信じて頼ってくれてありがとうございます」
罵られる事はあっても、まさかお礼を言われることがあるなど思ってもみなかったダニエルは驚きで言葉が出ない。
皆個性的で変わり者の一家だけれど、いつも優しくしてくれた。
母がいないダニエルにとってキャサリンは母のような存在であったのだ。
そのキャサリンの言葉がジワジワと心へ染み渡っていくとジワリと涙が浮かぶがこぼれないように何とか堪えた。




