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2 王太子の登場。駆け落ちの相手は…

「失礼いたします。お嬢様お時間…」


侍女のリリアンはいつものように主を起こしに来た。

いつもなら何度も声をかけないと起きられないセリーヌだが今日はすでに起きてテーブルにある白湯を飲んでいるではないか。


セリーヌが小さい頃から仕えているがこんな優雅に朝を過ごしている姿を見たことなどない。

それなのでつい「どちら様で…」と言いかけた。


「なぁに?リリアン。私の顔を忘れてしまったの?」


「いえっ、失礼いたしました。おはようございますお嬢様」


「おはようリリアン」


(お嬢様…昨日のダニエル様の事やっぱりにショックだったのよね…)


侍女は本気で心配になってきた。

セリーヌは戸惑っているリリアンを見てくすりと笑うと


「私、昨日あれから色々考えたの。ダニエルお兄様の事はショックだったけれど、きっと私が子供過ぎたのだと思うの。もっと大人で淑女として立派な女性だったらって思ったのよ」


「お嬢様…」


「だから、これからは淑女としてもっと女性らしい振る舞いを心掛ける。今になってあなたがいつも私に助言してくれてた意味がわかったわ」


「…っっ、お嬢さ…ま…うぅっ。私お嬢様がお辛いとき何もできずお役に立てなかったのに…そんな風に言って頂ける資格などございませんっ」


「何を言ってるの?あなた昨日私が泣き止むまでは薔薇園の外でずっと待っていてくれたのでしょう?」


「気づかれていたのですね…」


「私あなたの気配を察知するのは誰よりも得意なはずよ」


そう言って笑顔をみせてくれるセリーヌを見てますます涙が止まらないリリアンであった。




「セリーヌ、兄がすまない」

朝学園に入ったところで幼馴染が声をかけてきた。


「あら、おはようシモン。あなたが謝ることではないわ」


「いや、さすがに兄上がしたことを黙っているわけにはいかないからね」


「そう…でも本当に気にしなくていいのよ。確かに急な事だったしショックじゃなかったとは言えないけれど…優しかったダニエルお兄様に会えないのは寂しいわ、でも私は大丈夫よ」


目の下に薄っすら隈ができているのに気づいたシモンの心は複雑だ。


「…そっか。まぁ、そう言ってくれるならこちらとしては…ね…でも伯爵はお怒りだろう?」


「混乱してはいるけど、時間が経てば大丈夫よ。お父様も元は私のお目付け役にとダニエルお兄様に私を押し付けたようなものだったから」


ふふっと自称気味に笑うセリーヌの顔をジッと見ていたシモンが突然セリーヌの両頬をパンっと挟んだ。


セリーヌが蛸のように口を尖らせた状態で驚きに目を見開いていると


「あのね、あなた気持ち悪い顔で笑ってる自覚ある?おかしいわよ。いえっ、おかしくなっても仕方がないし、兄上のせいだけど…でもっ変な顔になってるわよっ」


栗色の髪を後ろにきれいに流しシュッとした顔立ちで数多のご令嬢から想いを寄せられるこのシモンという男、中身は美意識高めのお姉様といったところだ。


「シモンもいつの間にか話し方が…」


「あなたの前ではいいのよっ。他の人には聞こえないように喋ってるから」


「はぁ〜相変わらず器用ね」


「全く、そんなところで感心しないで」


傍からみたら恋人どうしでイチャイチャしているように見えなくもない。

が、この二人はどちらかというと姉妹のような関係なのだ。

挟んだ手を離しながらシモンの目線が足元まで落ちる。


「平気そうにしているのを見ているのもつらいのよ。特別に一発くらいならあたしを殴ってもいいわよ。あなた兄上の事大好きだったから…」


「心配させてしまったわね。ごめんなさい。ダニエルお兄様の事は大好きよ。でもだからと言ってシモンを殴るなんてするわけないで…」


そう言いかけたところでこちらを睨みつけながら歩いてくる人がいる事に気づいた。


「えっ?王太子殿下?」


学園にいるはずのない王太子の出現にその場にいる誰もが動きを止め頭を下げる。


ものすごいスピードであっという間にセリーヌの前まで来て止まった。

何事かと驚きつつも慌ててドレスを持ちカーテシーをする為に膝を落とそうとしたところに腕を掴まれた。


「あっ、あの王太子殿下??」


「君がマルグリット伯爵令嬢だな」


「はい…」


「ちょっと一緒に来てもらおうか」


と言うが早いか掴まれた腕を引っ張られ、引きずられるように応接室へと連れ込まれた。


王太子に引きずられるセリーヌとその後を慌てて追う護衛二人の様子を何事かと皆が固唾をのんで見守っていた。


そして呆気に取られていたシモンも二人が見えなくなった所で我に返りその後を追いかけた。


王太子は応接室に入るなり大きいソファの真ん中にドカッと座り、セリーヌには向かいに座るよう命じる。

何が起きたのかわからず固い表情のまま、静かに腰を下ろした。


王太子の黄金のような髪と吸い込まれそうな青い瞳はまるで絵画から抜け出たような、美しいという表現はこの方の為にあるのではないかと思えるほどの神々しさすら感じる。


そんな美しい人にギロリと睨まれるとより迫力が増すというもの。


(私何かしてしまったのかしら…何か怒っていらっしゃるわよね)


「マルグリット伯爵令嬢。君は二人がどこに行ったのか知っているのか?」


唐突に投げかけられた質問にわけがわからない。

しばし頭の中で質問を反芻してみるもやはりわからない。

恐る恐る聞き返してみる。


「……あの…二人というのは…」


そこへ応接室のドアが勢いよく開いた。


「はぁ…はぁ…アルフレッド殿下、その話は…僕から」


と息を切らしたシモンが入ってきた。


「なんだシモン、お前ではなくマルグリット伯爵令嬢に聞いているのだ」


「はい。差し出がましいようで申し訳ございません。ですが、恐らくセリーヌは詳しいことは何も知らないと思います。兄のお相手も…」


「そうなのか?君はダニエルの婚約者だったのだろう?」


なるほど、この話の流れでダニエルの駆け落ちの事だと理解する。


「はい、お恥ずかしい話ですが詳しいことは何も…お相手の事も存じておりません」


「……はぁ…そうか」


残念そうに王太子は項垂れる。

しばらくの沈黙の後不意に王太子がセリーヌに問う


「君は相手がどんな女性か知りたいとは思わないのか?」


ドキリとした。手紙を読んでから今まで考えないようにしていたのだ。

相手を知ってしまったらどんな気持ちが湧くのか自分でもわからない。


「正直な気持ちを申し上げますと…知りたいような知りたくないような複雑な心境でございます」


「そうか…」


王太子は悲しそうなどこか痛々しいようなそんな面持ちだ。


(王太子殿下もシモンもお相手の事知っているのね。悲しそうにされているのは仲の良い方だったのかしら)


「その…お相手の方というのはお二人共ご存知の方なのですか?」


一瞬王太子の眉がピクッと反応する。


「アルフレッド殿下、ここは僕から説明させてください」


そう言ってシモンはセリーヌの傍らで片膝をついて真っ直ぐな視線を向ける。

セリーヌはこの後に来る衝撃に備えてゴクリと喉を鳴らした。


「セリーヌ、後で聞きたくなかったと僕を責めてもいい。でもいずれ知ることになる。それなら僕から伝えたほうがいいと思うから言うね。兄上のお相手はフォンテーヌ公爵家のミオーネ様だ」


(え…えっっ!!!フォンテーヌ公爵家のミオーネ様ってあの完璧な淑女と言われたお方で、それで…)


セリーヌの驚く顔を見て相手がどういう方か察したらしい事は二人にもわかった


「そうだ、知っての通りミオーネは僕の婚約者だ」

王太子は苦い表情でセリーヌに告げた。


言葉にならず口元を両手で覆ったまま吸い込んだ息を吐けない。


「セリーヌ、落ち着いてまず息をして」


シモンに優しく背中を擦られてやっとの思いで吐き出した。


「どうして…そんな…」


「あぁ、全くだ」


(なんてこと…ダニエルお兄様とミオーネ様が…いつから?お互いに婚約者がいたのに…どうして…ミオーネ様と二人でいなくなるなんて…)


セリーヌの頭の中でグルグルと色々な事が回っている。


「ふっ、君は思っていることが顔に全部出るな」


セリーヌの様子をじっと見ていた王太子の表情がふっと和らいだ。


「セリーヌはよく見るとかなりわかりやすいですよ」


シモンも表情を和らげている。


「そんなに顔に出ているのでしょうか…」


「「うん」」


二人の返事が重なった。


セリーヌは恥ずかしさにみるみる顔が赤くなり顔を覆って頭のテッペンが見える程に俯いた。


(あれほど淑女は表情を簡単に崩してはいけないと教育係のサリーに言われていたのにっ!こんな王太子殿下の前で!)


恥ずかしさに穴があったら今すぐにでも入りたい気持ちを抑えながらも、ふと二人がショックを和らげようとしてくれたと気付いた。


ゆっくりと顔を上げると王太子が心配そうにこちらを見ている。


居住まいを正しなんとか落ち着きを取り戻した。


「んんっ、取り乱してしまい申し訳ございません。できましたらご存知の事を詳しく教えて頂けないでしょうか」


王太子がシモンを見るとシモンも頷く。


「そうか、わかった。でも今はもう時間がない、僕は城に戻らなければならないから改めて時間を設けよう。数日待たせてしまうかもしれないがそれでも良いか?」


「はい、私はいつでも構いません」


「わかった、では追って日を伝える。シモンあとは頼んだ」


「はっ、お任せください」


左胸に手を当て恭しく頭を垂れる様は立派な騎士に見える。


王太子が護衛を引き連れて去った後は、嵐が去った後の静けさに似ている。


「ふぅ」と息をついてシモンはセリーヌの横に座って背もたれに背を預けた。


「なんだかシモンが立派な騎士に見えたわ」


「あなたこの状況でそんな感想なの?!」


「ふふっ、緊張したわね」


斜め上のご令嬢なのだ。


「……兄上の事、すぐにでも知りたいと思うだろうけど、やっぱりアルフレッド殿下から聞けるなら直接聞いた方がいいと思うわ」


「ええ、私もそう思う。でも一つだけ…シモンもミオーネ様とはお会いした事があったの?」


「…うん。ランドール家は知っての通り代々王家の近衛騎士団を束ねる家系だから城には出入りするからね。その時に何度か会った事はあるよ」


「そうだったのね」


「兄上はランドール家の跡継ぎで、頭はキレるし剣の腕も誰よりも強い。文句なく当主となるべく人なの。そんな兄上がいなくなって父上もかなり憔悴しているのよ…」


「そうよね、侯爵様もお辛いでしょうね…」


「僕がこんなだからね…」


泣きそうな顔のシモンが無理に笑おうとするのをセリーヌの両手でシモンの顔を挟み撃ちにする。


「シモン、おかしな顔になってるわよ。無理に笑おうとしないで」


そうして手を離しながら「さっきの仕返しよ」と得意げな顔で満足そうなセリーヌの顔を見てシモンは吹き出した。


二人でひとしきり笑ったらスッキリしたようにセリーヌは立ち上がった。


「授業さぼってしまったわね」


「たまにはいいのよ。王太子殿下に付き合わされたんだから学園側も何も言えないわ」


「ふふっ、そうね」


「そうだわ、せっかくだからサボりついでにちょっと気分直しに甘い物でも食べない?」


「賛成!」


こうしてまたいつものセリーヌに戻り、今朝リリアンに宣言した淑女らしさはどこへやら。

リリアンの涙が報われる日は来るのだろうか…




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