15 再会③
「ミオーネ!僕と師匠以外の人がいるときは出ないでくれと言ったのにどうして!」
「ダニエル、このまま私が隠れていてはだめよ。それにアルフレッド様は力ずくで連れ戻す事などなさらないわ。そうですわね、アルフレッド様」
「…あぁ。今すぐに王都へ連れ帰りたい気持ちはあるけど、先にそう言われたらできないな…」
「相変わらず甘いですわね」
さすがは生まれた時から王妃になるべく共に過ごして来た間柄である。
王太子に対しても動じない姿は王妃の風格を感じさせる。
「そちらの方がマルグリット伯爵のご令嬢、セリーヌ様でいらっしゃいますね」
突然のことであっけに取られていたセリーヌは慌てて立ち上がり挨拶をする。
「そんなに畏まらないで。ここは公の場ではないのだし、あまり堅苦しい挨拶は苦手なの」
優しく微笑む姿はまさに女神。美しい。
(なんてお美しい…やっぱり女神様なのね。夢では朧気だった姿でさえも綺麗だったけど、本物は想像以上だったわ…)
「うふふっ、セリーヌ様はお心がとても綺麗でいらっしゃるのね」
「セリーヌ、心の声がただ漏れだな」
少し場の雰囲気が和んだのは良かったが、当のセリーヌはただただ恥ずかしい。
「あの、ミオーネ様。私の事はセリーヌとお呼びください」
話題を変えようと頑張って発言する。
「わかりました。ではセリーヌ、今回のこと本当にごめんなさい。あなたの大事なダニエルをこんな風に連れ去ってしまうなど許される事ではないわね。あなたからならどんな罰でも受ける覚悟はできています」
「いえっ、そんな罰だなんて!」
「いいえ、私は罰を受けなければならない。身分など関係ないわ」
一瞬和んだ空気が一気に重苦しいものへと変わった。
「ミオーネ、それは僕が受けるべき罰だ、あなたが背負うものではない。セリーヌ、本当にすまなかった。この責任は全て僕にある」
二人でかばい合う姿は美しいが、セリーヌとしては複雑だ。
「罰などと考えてもいなかったので、どうしていいのかわかりませんが…まずはここに来るまでの事を教えて頂けませんか?」
シモンがミオーネに席を譲り、壁にもたれて皆の様子を眺めている。
アルフレッドは椅子に背を預けて黙って腕を組んでいる。
「ええ、きちんとお話ししなければなりませんわね。いいわね、ダニエル」
「……あぁ」
「本当に偶然だったのだけど、城の書庫で女神の事が記録された古い本を見つけたの…」
*****
「あら、こんな本今まであったかしら?」
幼い頃からこの国の事を学ぶために出入りを許されていたミオーネが初めて目にする本だった。
とても古い書物のようだ。
よく見ると表紙も簡単な紙で覆っただけのようで、元々は別の本の一部を抜き取ったような跡がある。
どうやら誰かが書いた日記のようだ。ペラペラとそれを捲っていくとある箇所が目に飛び込んできた。
ー女神様の首すじにある赤い痣は使う魔法の強さによって赤味が増すようだー
(えっ?どういうこと?女神の痣は首筋にあって、魔法を使うと変わるということ?私の足首の痣は生まれた時からずっと同じよね)
一滴の不安の雫が落ちる。
その日記を読むにつれて少しずつ胸に不安が広がっていく。
その時代の女神によって違うのかもしれないと他の文献も探すが、女神の容姿や特徴について詳しく書いてあるものはなかった。
(私の魔力があまり高くないから変化しないという事なのかしら…)
ミオーネが使えるのは防御魔法で、結界を張ることができる。
ただし、その範囲は頑張っても5〜6人の人間の周りに防護壁を作り出すもの。
出来るだけ範囲を広げようと努力はしてきたものの、それ以上に広げることはできなかった。
(皆はこれでも十分だと言うけれど、この程度の魔法が使える者は他にもいるもの…)
ミオーネは限界を感じていた。
そして、自分が本当に女神の生まれ変わりなのだろうかと、芽生えそうになる疑問を無いものとしてきた。
しかし、成長するに連れてだんだん周りの期待するほどの力は出せないまま、もっと頑張らなくては思えば思うほど、出来ていた事が出来なくなる事もあった。
(どうしよう…私が女神の生まれ変わりじゃないとなったら…)
不安に押しつぶされそうになる。
そこへミオーネがなかなか戻らないと探しにきたダニエルが床にうずくまってるミオーネを見つけた。
「ミオーネ様!どうなさいました?」
誰にも言えず飲み込んできた。
その本を見つけてから夜も眠れないほど悩み、それでも悟られまいと不安を押し殺してきた。
だが、気がつけばいつしか想いを寄せていたダニエルの顔を見た途端涙となって溢れてしまった。
一旦流れ出したものを止めることは出来ない。
嗚咽が漏れるほど泣き、その間ずっとダニエルが抱きしめていた。
一方のダニエルも初めは何が起きたのかと驚いていたが、完璧な淑女と呼ばれるミオーネのこんなにも抑えきれない感情を目にして心が動かないわけがない。
今まで見てきたミオーネは堂々とした佇まいで、自信に満ち溢れた完璧なご令嬢だと思っていた。
それが今、腕の中にいるミオーネの肩はとても細く力いっぱいに抱きしめたら壊れてしまいそうな程小さい。
(この細い体で、どれだけの重い物を乗せられていたのだろうか…)
そう思うともう気持ちを抑えられなくなっていた。
ダニエルはその時初めてミオーネへの思いに気づいたのだった。
「ダニエル、ごめんなさい。あなたを困らせるつもりはなかったの…」
そう言って涙を拭きながら健気に笑おうとするミオーネの姿に、常日頃から冷静に物事を見ていたダニエルだったが、初めて衝動に突き動かされた。
心臓がドクドクと脈打ち、もう一度強くミオーネを抱きしめた。
「ミオーネ様、どうか僕にあなたを守らせてください。きっとあなたを守るために僕はこれまで力をつけて来たのだと思います…」
ただ慰めてくれただけだと思っていたダニエルの熱い気持ちに初めは戸惑ったが、もう自分の気持ちに蓋をすることはできず、気持ちを返すようにダニエルの背に手を回したのだった。




