10 サンドラの危機②
王太后付きの執事が何度となく王太后の部屋の扉を叩くが中からは返事がない。
(おかしい…今日は珍しく部屋で大人しく過ごされていたのに)
長年サンドラに仕えている執事は違和感を覚える。
これまでにも部屋にいると思っていたらこっそり抜け出して街に出ている事は何度もある。
しかし今日は何か様子がおかしい。何ということではないが、長年の勘がそう思わせる。
嫌な感じが少しずつ胸に広がり始めドアノブに手をかけたところで呼びかけられた。
「おばあ様はまた街に行ったのか」
アルフレッド王太子だ。
サンドラに一番気性が似ている事もあり、孫の中でも一番仲が良い。サンドラがアルフレッドを育てたと言っても過言ではない。
そんなサンドラが一番信頼しているアルフレッドがいるならこれ幸いと様子がおかしい事を説明し一緒に部屋へ入ってもらうことにした。
「おばあ様、返事がないので勝手に入らせてもらいますよ」
部屋へ入ると王太后サンドラと前国王陛下の肖像画が目に飛び込んでくる。
気の小さい者なら逃げ出したくなるのではないかというほど、圧倒的な存在感である。
部屋を見渡してみてもサンドラはいない。
「サンドラ様はやはりお出かけになられたのでしょうか…」
執事の落胆の気持ちが声に現れている。
無言で部屋を見回していたアルフレッドが寝室の扉に目を留めた。
わずかに扉が開いている。
破天荒ではあるが、昔は完璧な淑女と呼ばれた時代もあったサンドラが扉や引き出しをわずかでも開けっ放しにするとなどありえない。
「おばあ様?いらっしゃるのですか?」
声をかけながら扉を開けると、そこには白髪の老婆が倒れていた。
傍らには薬が瓶からこぼれ落ちている。
「おばあ様!!」
「サンドラ様!!」
二人が駆け寄り抱き起こすが意識はない。
首元に手を当てると、かろうじて脈は感じられるが今にも消え入りそうだ。
「おばあ様!目を開けてください!薬飲んだのですか!?」
いくら呼びかけても動かない。それどころか今までに見たことがないほどの老化だ。
髪は真っ白になり顔や手は皺だらけ、目は落ち窪み呼吸も浅い。
「とにかくすぐに医者と治癒師を呼んでくれ!」
「はい!すぐに!」
執事は無駄のない、そしてものすごい速さで部屋を出ていった。
あたりを見回すと、ベッド脇の小机の上にはわずかに水の入ったグラスと水挿しが置いてある。
どうやら薬は飲んだようだ。
「薬を飲んだのにどうして…」
床に寝かせたままにしておけないとひとまずベッドへと運ぶ。
「こんなに小さくシワシワになってしまって…」
サンドラが起きていたら「レディに対してシワシワとは失礼ね」と怒られるところだろう。
「おばあ様、僕が何とかしますからもう少し頑張ってください…」
手を握り祈る。
そこへサンドラの息子である現国王陛下が宰相と共に入ってきた。
「母上!!」
前国王ゆずりの眼力鋭い国王が今にも泣いてしまいそうな表情でサンドラへ駆け寄る。
息子のアルフレッドでさえも今まで見たことのない父の姿だった。
後に続いて王妃も入ってくる。
「お義母様!!」
次々に王子や王女が集まり皆がベッドを囲んだ。
「アルフレッド、これはどういうことなの?」
「僕が来たときには倒れていました。薬を飲んだ様子はあるのですがなぜこのようなことになったのか…」
そこへ王室付きの医師と治癒師が駆け込んできた。
手際よくサンドラの状態を確かめると表情がさらに険しくなる。
「これはかなり老化が進んでおりますね。呼吸をするのがやっとという所です」
医師は成す術のない状態に拳を握るしかない。
「禍々しい呪いの塊が大きくなっております…」
治癒師は俯く。
「でもいつも薬を飲んで抑えていたのにどうして急に?」
「薬を見せていただけますか?」
アルフレッドが治癒師へ瓶を渡すとおもむろに薬を取り出し、潰して匂いをかいでいる。
「こっ…これは偽物です」
「えっ?!」
その場にいた全員が驚きの声をあげた。
「なっ、なんだと!?」
「まさか…どういうこと…」
「この瓶の中身すべてが偽物かは調べてみないとわかりませんが…すぐに研究室で調べさせます」
そうして外に待機していた助手に薬を渡した。
「あの薬は特別なものだったな?それでは本物に似せた偽物を誰かがわざわざ作った事になる」
「…はい」
「母上が薬を飲んでいることを知っているものは限られている。つまり身内に悪意をもって偽薬を入れたものがいると言う事だな」
国王の低く唸るような声で怒りを抑えているのがビリビリと伝わってくる。
「父上、もちろんそれも含めて調べる必要があります。しかし、今はとにかくおばあ様を助ける方法を探さなければ」
薬は偽物である可能性が高いので飲ませるわけにはいかないのだ。
「ああ、しかしあの薬が飲めないとなると…何か方法はないのか!」
「このままだとお義母様は…」
「私に呪いを抑え込めるだけの力があれば…」
誰もが唇を噛むしかできない。
しかし、その一言でアルフレッドは以前サンドラが街で少女に助けられたと嬉しそうに話していた事を思い出した。
どうやらあまり公にはできないようだが、かなりの治癒力を持った少女なのだろうと思っていた。
どこの誰かと聞いてみたが詮索されるのは嫌いだと言われてしまえばそれ以上聞くことはできなかった。
しかし今はそれどころではない。
そして思い当たる人物は一人。セリーヌである。
あの好き嫌いの激しいサンドラが人を招いてお茶会をするなどよほどの事だ。
そして皆に告げる。
「一つだけ方法があります。おばあ様を助ける事が出来るかもしれない方がいるのです」
「何だと!?そんな話は聞いてないぞ」
「ええ、きっとおばあ様は何らかの理由であえて言わなかったのでしょう。恐らく、僕の考えが正しければ…」
「もしかして、先日お茶会に招いたご令嬢のことかしら」
「母上ご存知だったのですか?」
「ええ、お母様がとても気に入られたみたいで今度は私も一緒にとお茶会に誘われていたのよ」
「誰だその令嬢とは」
国王陛下には寝耳に水だったようだ。
「とにかく今は少しの時間も惜しいので、僕が連れて参ります。母上からセリーヌの事を説明しておいて下さい!ではっ」
とあっという間に移動魔法で消えていった。
「まぁ、もうセリーヌと呼ぶ仲なのね」
と何だか嬉しそうな王妃であった。
こうしてアルフレッドは学園の中庭へ飛んだ。
探し回る事を覚悟していたのだが、付いた先には目の前で幸せそうにサンドウィッチにかぶりつくセリーヌがいた。




