月明かりは、すこしだけ
*人の死について書いています。苦手な方、避けたいと思われる方はご留意ください。
おばあさんが星になった。
寝る前になると、もうすぐ星になるの、と言っていたから直ぐにわかった。
ぬくもりも、匂いも、やわらかさも同じなのに、同じじゃない。
おばあさんは星になった。
おじいさんは、おばあさんがいなくなってから、ぼんやりするようになった。
ぼくは、星になったおばあさんに会うために昼にたっぷり寝るようになった。
太陽がぽかぽかする場所に、おばあさんの作ってくれたぬいぐるみを運ぶ。
ぼくの瞳と同じ月色のぬいぐるみに頭を乗せると、おばあさんと同じいい匂いがする。
星になったおばあさんに、ぼくは今日もあいさつをする。
ねえ、おばあさん、星はいくつあるのかな?
おばあさんの星、まだ見つけられないよ。
おじいさんは、おばあさんがいなくなってから、涙もろくなった。
ぼくは、星になったおばあさんを探すために夜中に出かけるようになった。
星が少しでも見えるように高いところに登る。
屋根も、木も、塀も。
星になったおばあさんに、ぼくは今日も話しかける。
ねえ、おばあさん、星はどうしてエプロンをつけないの?
おばあさんの星、まだ見つけられないよ。
おじいさんは、おばあさんがいなくなってから、ため息ばかりになった。
ぼくは、星になったおばあさんを見つけるために、おばあさんが好きだった庭にいるようになった。
おばあさんの匂いも、生地も、うすくなった月色のぬいぐるみと一緒に。
星になったおばあさんに、ぼくは今日も語りかける。
ねえ、おばあさん、月明かりがまぶしくて、星がよく見えないよ。
おばあさんの星、まだ見つけられないよ。
風が吹いた。
転がったぬいぐるみに枝が刺さる。
ぬいぐるみの中身が風に飛ばされていく。
月明かりに照らされて、さらさらと、ぱらぱらと、きらきらと。
おばあさんの匂いが消えていった。
ぼくは、泣いた。
おばあさんが星になってから、はじめて大きな声で泣いた。
おばあさん、おばあさん、どうして星になったの?
おばあさん、おばあさん、どうしていなくなったの?
おばあさん、おばあさん、どうして見つからないの?
悲しくて、さみしくて、苦しくて、ぼくは匂いのなくなったぺったんこなぬいぐるみを見て、また泣いた。
おじいさんが驚いた顔でぼくを見た。
月色の布と、庭に散らばった中身を見て、また、ぼくを見た。
おじいさんは、ぼくを抱き上げて、頭と背中をなでる。
おばあさんみたいな優しいなでかたじゃない。
でも、おじいさんの匂いがして、ぼくはおじいさんに顔をうずめた。
月明かりの下で、ぼくとおじいさんは、いっぱい泣いた。
おじいさんは、ぼくに色々話すようになった。
ぼくがこの家に来た日は、三日月の夜だったこと。
ぼくの名前のクレセントは、三日月という意味なこと。
そして、ぼくのぬいぐるみに入っていたのは――…
おじいさんは、おばあさんがしていたみたいに、家の掃除をして、ご飯を作って、庭の手入れをするようになった。
ぼくは、直してもらったぬいぐるみと一緒に眠る。
ぬいぐるみは、お日さまの匂いがする。
雨が降る、光が降る、雨が降る。
小さな芽が生えた。
光をそそぐ、水をそそぐ、光をそそぐ。
茎は空に向かって伸びていく。
雨を受け、光を受け、雨を受ける。
小さな蕾をつけた。
光が降る、雨が降る、また、光が降る。
おじいさんの手入れをした庭は、おばあさんの好きな花がたくさん咲いた。
おばあさんの作ってくれたぬいぐるみには、おばあさんとぼくの好きな花の種がいっぱい入っていた。
直してもらったぬいぐるみは、おばあさんの匂いはしない。
庭は、おばあさんのいい匂いがする。
おじいさんとぼくは、ここで過ごすのが好きになった。
星になったおばあさんに、ぼくはあいさつをする。
ねえ、おばあさん、月明かりが少しだけなら星がよく見えるよ。
おばあさんの星、三日月の近くに見つけたよ。
ねえ、おばあさん、あってるよね?
今日もぼくは見上げる。
月明かりは、すこしだけの夜空を――…
おしまい
読んでいただき、ありがとうございました。