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階段室の絶叫事件

「なんでアンタの結婚があたしの先を越さなきゃいけないのさ!」


麻衣が叫んだが、これは牧村先輩の説明と同じ理屈で説明がつく。

婚姻届、同居、結婚式、新婚旅行の順番になっただけの話。


ちなみに麻衣は同居、結婚式、新婚旅行、婚姻届の順番らしい。イベントを先にすると、大変だね。


さらに婚姻届は24時間いつでも受け入れられるため、私はまたしても高瀬くんに連れられて区役所を訪れ、紙一枚を提出した。


「後戻りは出来ないからね」


高瀬くん、改め隼也、略してジュンくんは、ニコリと笑った。


後戻りなんかしませんよ。


ダラダラと付き合っていたけど、実際に結婚したのは、出会ってからわずか一ヶ月の人だった。


「何言ってるの。もう出会ってから十年近く経つ。僕にしたら、一年遅く入学したばっかりに、こんなことに」


熱く愛を語らないでください。


私の目は節穴ではありません。


あなたの気持ちを知らないわけじゃなかった。


でもね、やっぱり周平と付き合っていたのだから、そんな二股みたいな真似できませんて。


「そんな律儀で真面目なところも好きだった」


高瀬くんは堂々と、せっまい私のワンルームに引っ越してきた。

周平が家を借り換えないとダメだとか、ウジウジ言ってたのとは大違いだった。


「だって、僕は実家通いだから無理」


「そうだったね、高瀬……ジュンくん」


彼は嬉しそうに服だけ持ってやってきた。


「早く一緒に暮らせる新しい家を探そう」






一方、職場は七年越しの恋の成就に沸きたった。


「いやー、佐藤さん、おめでとう! 私のおかげね!」


牧村先輩は得意そう。


「まあ、結婚どうすんの、くらいは言わないとダメよね」


いえ。あの、その、実はその人とは別な人と……


牧村先輩に説明を試みようとしている時、課長がヒラヒラとやって来た。


「おー、君のダンナ様、わざわざ顔見せに来てくれたよ?」


な? なんですとー?


私は自分の事務机に両手をついて、ガタンと立ち上がった。


「誰?」


それは、ピシッとスーツに身を固めた周平……いや、藤堂さんだった……


「あの、職場にまで押しかけてしまってすみません」


「いやー、結婚したんだってね、おめでとう!」


「いや、それがその……」


牧村先輩が走ってきた。オフィスを走っちゃいけませんてば!


「ほぉら、ごらんなさい。ちょっとくらい、急かさないとダメって言ったのは私なの!(自己紹介しないでください) でないと男の人って、どうしても結婚には二の足踏むから……」


私の夫は、そんな人じゃないです。

二の足どころか、三歩くらい前のめりになってましたけど。


ついでに言うと、私の夫はこの人ではなくて、あの、聞いてくれます?


「あの、ちょっと用事があって……ほんの少し、彼女をお借りしたいんですが……」


「おお、いいとも、いいとも」


いや、あかん。貸したらダメだって!

ちょっと誰か私の説明を聞いて! 祝福しなくていいんで、話を聞け、コラ。


「仕事時間中に申し訳ありません」


「いやいや。めでたい話だしなー」


私、昔から課長の欠点は人がよすぎるところだと思うんですね?


「では、お言葉に甘えて……」


甘えるんじゃない! ボケ



よくある話だが、人気のないところということで、普段は誰も使わない(ハズの)非常用階段室の中で立ち話になった。


「ラインも電話も、拒否ってひどくない?」


「え?」


私はびっくりした。そんなことをした覚えはない。


あわてて、携帯を引っ張り出して確認すると、「藤堂周平」は全部消されていた。


さらに着信拒否とか、ありとあらゆる手段が講じられていた。


「わああ……」


「え? あの男の仕業?」


「これは……ひどいね。やりすぎだな」


一方で、私はちょびっと安心した。お陰で、藤堂さんからの連絡が全く届かなかったのか。


目の前のジュンくんのことで忙しくて、ほぼほぼ思い出しもしなかったんだけど。


考えたら、ひどいわな。七年間も付き合っていたのに……

こんなに簡単に忘れるなんて……?


「やり直せない?」


私は周平の顔を見た。


見ても何も感じなかった。


めんどくさいな、と思った。


この男に、結婚を申し込ませるミッション、それは、ただただ精神的にしんどいだけだった。


「やり直せません」


私は単純に答えた。


「どうして? 結婚時期の問題だけだろう?」


周平はイライラしてきたらしい。


「そうでもないんですよ。あなただって、私を大して好きじゃなかったんじゃないかな? 惰性で付き合ってただけかも知れません」


周平はしばらく黙っていたが、口を開いた。


「それでもさ、結婚相手としては悪いわけじゃない。よく知った相手だよ。安心、信頼できるパートナーになれる。あんな一月ほどしか付き合ってもないような男より」


返す言葉はいろいろあった。


あったけど、説明する必要はないでしょう。


これまで七年間、私は周平にさまざまなことを説明し続けて、結局、彼自身にとって都合がいい解釈以外はしてもらえなかった。


それを思うと、もう二度と会うことがないだろう相手に、割く労力が勿体無いのだ。


私は、周平を手で押し退けた。


これまで、そんな邪険な扱いをされたことがなかった周平は目を剥いて驚いている。


「私、あなたと高瀬さんとコーヒーショップで会った、あの日に入籍したんです」


周平の顔が見ものだった。


「あれは最終確認でした。結婚するつもりがあるのかどうかの」


周平は私の肩を掴もうとした。


「それならそうと言ってくれたら……」


「結婚する気があるのかどうか聞きましたよね? そして、あなたはないと答えた」


「そんなつもりじゃ……だからって、全部連絡切るのっておかしくないか?」


「おかしくないですよ。どう言う存在として連絡とりたかったんですか?セフレですか?」


「何言ってんだ、違うよ!」


「私は、あなたの奥さんには、なれません。浮気になってしまうので、ここへはもう二度と来ないでください」


「ちょっと!」


階段室の声は、実は上から下まで全部響く。


「どうしてなんだー?」



牧村先輩はじめ、数人が別の階でスタンバッていたらしい。

すごく残念なことに、その後しばらく私は全社に拒絶女として名を轟かすことになった

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