つぶす
……つぶすか、つぶさないでおくか。
腕に、はり付いた、蚊。
人の血を啜る、憎たらしい、害虫。
……つぶすか。
パン!
手のひらに、血まみれでつぶれた蚊の残骸がはりついた。
私は手を腰の辺りで拭って、街に出掛けた。
……つぶすか、つぶさないでおくか。
額に、ポツンとできた、ニキビ。
赤く、もりあがった、できもの。
……つぶすか。
ぷち!
爪の先に、ニキビの芯がこびりついた。
私はティッシュで拭って、街に出掛けた。
……つぶすか、つぶさないでおくか。
平和な日々に、突然現れた、ゴキブリ。
黒々と光り、ちょこまかと動き回る、忌まわしい存在。
……つぶすか。
バチン!
私に、成敗された黒い物体。
掃除機で吸って処理をしたのち、街に出掛けた。
……つぶすか、つぶさないでおくか。
胸に、浮かんだ、欲求。
人を求める、つまらない、独占欲。
……つぶすか。
むぎゅ!
脳裏に、知らない誰かに微笑みかける彼女の姿が浮かんだ。
私は苦い記憶を振り払って、街に出掛けた。
……つぶすか、つぶさないでおくか。
心に、燻る、本音。
醜く、歪んだ、自己中心的な思想。
……つぶすか。
ぎにゅぅ!
心に、言い知れぬ不満が残った。
私は気がつかないふりをして、街に出掛けた。
……つぶすか、つぶさないでおくか。
取り繕うための、都合のいい、現実。
平凡に暮らす、どこにでもいる、一般人。
……つぶすか。
ぐしゃ!
私の中に、忘れていた事実が甦る。
呆然としながら、街に出掛けた。
……つぶすか、つぶさないでおくか。
世界に、溢れすぎている、人間。
私を弄び、失意の底に陥れた、不愉快な生き物。
……つぶすか。
ぷきょ!
大地に、命の残り滓がこびりついた。
私は薄汚れた地面を踏みしめ、街だった場所に出掛けた。
……つぶすか、つぶさないでおくか。
宇宙に、ポツンと浮かぶ、青い星。
かつて、人がいた、豊かな星。
……つぶすか。
ぷち!
宇宙の片隅で、小さな星が消滅した。
私は次の居場所を求めて、宇宙をさ迷い始めた。