前編
俺は食べる事が好きだ。
働くのは嫌い、運動も嫌いだ。
当然滅茶苦茶太っていた。
一度は痩せた経験もある。
デブでも彼女は欲しかった。
運動は嫌いだったから、炭水化物を徹底的に抜いた。
好きだった牛乳も我慢して、麦茶を飲んだ。
奇跡的にも、半年で体重が20キロも減った。
そしてなんと二年もキープした。
でも、ダメだった。
結局彼女が出来ない人間がいきなり痩せた所で、簡単に彼女なんて出来ない。
女の子に近づく努力はした。
メール交換までこぎつけた事は何度かあった。
デートまでこぎつけた事は2回あった。
しかしその度に現実を知った。
彼女が出来ないなら痩せる意味がない。
20キロ減らした体重は、気が付けば25キロ太っていた。
あれから何年も経って、何キロ増えたかもはや分からない。
血糖値が高い、コレステロールも高い。
そういわれても、食べる事は辞めなかった。
彼女が出来ないんだ。どうせ子供を育てる事も今後ない。
長生きしても仕方ないし、食べる楽しみを奪われるぐらいだったら、俺は食べて死にたい。
ある意味その願いは、三十過ぎに叶えられる事となった。
心不全だった。
神様と会った気がする。
内容はほとんど覚えてない。
ただこれだけは覚えている。
次の人生では、楽して痩せたかった。
死んだはずだった。
道端で、心臓を抑えて倒れたはずだった。
気が付けば、ジャングルのような場所の真っ只中で目を覚ました。
水色のでかいTシャツにジーパン、死んだときの服装そのまんまだった。
体が重い。頭が痛い。
ここは天国だろうか? いや、どちらかというと灼熱地獄だ。
滅茶苦茶暑い。
スマホを見ようかと思ったが、ポケットをまさぐっても見つからない。
代わりに、身に覚えのない紙切れが入っていた。
それと財布に金貨が数枚。
明らかに日本円ではない。どこの通貨だろう? 東南アジアか何か?
「なんだこれ? 呪文か?」
紙切れにはファンタジー系のRPGでよくある魔法っぽい言葉と、効果が書いてあった。
ファイアーボール 火の玉をぶつける とか ヒール 怪我をなおす とか。
相手を殺すとか、死者を蘇らせるとか、ちょっと不穏なものも書いてある。
「グァアアオォ!」
突然獰猛な獣の声が聞こえる。
見ると、腹をすかせた犬? 狼? のようなものが、狩りをしていた。
しかしそいつはへたくそだったので、獲物のウサギに逃げられていた。
空腹に苛立ちながら次の獲物を探す獣。
その嗅覚をもってすれば、様子を伺っている俺の事を見つけるのもすぐだった。
「やっば」
すぐにも逃げたいが、まずこの辺りの地理も知らなければ運動神経もたかが知れている。
走るのなんて年に何回あると思ってるんだ。
すぐに何かの根に足を取られた。
受け身を取るが、足首に痛みが走る。
捻挫をしたのだろうか。
荒々しい鳴き声を上げながら獣が迫る。
俺は祈るような思いで、先ほどの紙切れに書いてあった魔法を口にした。
「ファイアーボール!」
すると、俺の真上に真っ赤な炎の玉が現れた。
非常に大きい。
それは獣に向かって放たれた。
命中こそしなかったものの、突然の炎にビビった獣はどこかへと消えてくれた。
「ヒール!」
捻挫をした足首から、痛みと腫れがみるみる引いていく。
間違いない、これらの魔法は俺が使えるんだ。
少し元気が出てきた。
なんとか立ち上がり、周囲の様子を観察する。
……ん? よく見ると、かなり遠くにだが空の色がちょっと違う。
もしかしたら人の家があるかもしれない!
俺は気合一ついれて、その方向へと足を踏み出した。
……腹減ったなぁ。