8 「私、旅に出ます」
のぼせたハルカは、ソファで伸びていた。額から目にかけて濡れタオルを置いている。
「……大丈夫? ハルカちゃん」
「はい……大丈夫です。すみません」
うわ、とわずかにタオルをずらして、ハルカはエリシアへ視線を向けた。
「御免なさい、仕事の邪魔してしまって……」
「いいのよ。そんなに忙しいこともないし」
「ハルカはねえ、ここに来るまでに相当やられてたからねえ。ほんと、ガクブルだったんだよ」
「……猫」
「え、あ、ちょ、失言、フォウッ!!」
猫は派手に宙を舞ったが、そこはエリシアが優しく受け止めた。
「そんなになってまで、本当に、何かあったの?」
「それは……その」
まだ、ハルカは逡巡している。それを言う心づもりで来たのに、最後の一歩を踏み出せないようだった。だから、猫は、
「ハルカ。ハルカが言わないんならボクが言っちゃうけど、いいの?」
「…………」
「自分で言わなきゃ。そういうことは」
「……わかった。わかってるわ」
声は弱々しいままだ。だがハルカは、ゆっくりと身を起こした。そして、心配そうにふたりを見やるエリシアに、ハルカは言う。
「その……エリシア館長」
「うん、なに?」
「私……その、決めたんです」
「うん」
まだ視線が虚空を彷徨う。口許が震えている。けれど、大きく深呼吸をひとつおくと、顔を上げた。
エリシアの顔を、正面から見つめた。
「――私、旅に出ます」