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花の唄が聴こえる  作者: FRIDAY
序:ひとりと一匹は旅に出た
5/63

5 立ち込める不安

 ガラガラガラガラガラガラガラ──



「ハルカ?」

「…………」

「ねえ、ハルカってば」

「…………」

「ハールカぁ」

「…………」

「ハールカちゃーん」

「…………」

「…………」

「…………」

「(聞こえてないのかな?)」

「…………」

「(聞こえてないなら、この際日頃の鬱憤をここで晴らしてもいいかな? かな?)」

「…………」

「……(オニバ)ヴァッフ!?」

「何よさっきから。うるさいわね」

「聞こえてたのかい……」

 身体の下半分を地面にめり込まされた猫がうめくと、ハルカは実に鬱陶しそうに、

「聞こえてたわよ、そりゃあ。ただウザったかったから無視してただけ」

「パートナーにその扱いはさすがに酷いんじゃあないだろうか……」

 ぶちぶちと愚痴る猫を無造作に地面から引っこ抜くと、適当に放り出して鼻を鳴らす。

 しかし、その表情には先にも増して精彩がない。

 街に近づくにつれて、目に見えて血の気が引いている。

 表向きはまだ辛うじて強がってはいるが、それでもローブの内側に隠れた足が震えていることは間違いない。

 ……そりゃあ、そうだよね。

 身体にまとわりついた土を払いながら、猫は内心で吐息する。

 まともに外に出るのは、これが十年振りなんだもんね。怖くて当たり前だよ。

 ハルカの少し後ろについて、猫は彼女の背を見上げる。

 その背中は、気丈にまっすぐに伸びてはいるものの、どこか心細げだった。

 ハルカは、ここ十年ほどずっとあの薄暗い小さな家に引きこもっていた。引きこもったまま、魔導院に在籍していた。

 どうしても出席しなければいけない授業以外は全て(猫をパシらせることによる)レポート提出で済ませ、やむを得ず出席しなければならない授業にも、マスク、サングラス、ローブと不審者さながらの完全防備で臨み、必要最低限のことを済ませたならば早々に帰宅した。

 徹底して、誰かと向き合うことを避けていた。

 配属されていたクラスメートでも、ハルカの素顔を知っている者はまずいないだろう。

 しかし、そんな授業態度でも、ハルカの成績はトップクラスだったのだから大したものだとは言える。

 猫は。

 ハルカの使い魔として、その十年をともに過ごしてきた猫は、しかしハルカがなぜ引きこもったのか、という理由の核心を、知らない。

 ハルカは一度として話そうとしなかったし、猫もあえて訊くこともなかった。

 魔導院の先生方がハルカの引きこもりを容認し、そんな先生方をハルカが敬愛する理由は、恐らくはそこにあった。

 先生方は、ハルカが引きこもってしまった理由を、知っている。

 使い魔である猫すらも知らない理由を。

 知った上で、許している。

 ……何があったの?

 訊こうと思ったことが、なかったわけではない。十年も一緒にいるのだし、(理不尽な理由で笑えない距離のあるハルカの家と魔導院を足繁く往復させられた身としては)まあ他にもいろいろと理由があって、どうして引きこもっているのか、訊こうとしたことはあった。

 どうして外に出ないの?

 ハルカに、何があったの?

 しかし、訊いたことは、結局のところ一度もなかった。

 なぜかと言えば、まあ、これという理由はない。

 話せる理由なら、ハルカがいつか話してくれるだろうと思った、とそんなところだ。

「結構人も増えてきたね」

「……そうね」

 街道に入ってしばらく経つ。まだ市街には入っておらず郊外であるが、それでも少しずつ、確実に人通りも増えてきた。

 そして人通りの増加に比例して、ハルカの口数が減っていく。ついでに顔色も悪くなる。血の気がみるみる失せていく。

 大丈夫、なのかな。

 猫の記憶にある限り、ハルカが今回のように自ら外に出たことはないのだ。魔導院での単位認定上やむおえない授業以外、日用品や食料調達においてすら猫をパシらせる徹底ぶりである。そうやって日の光もまともに浴びてこなかったお陰で肌の色は抜けるように白いが……

 図書館までは、もうしばらくある。

 ハルカは、唇を一文字に引き結び、頑なに正面だけを見据えていた。

 倒れたりとか……しないよね?

 もはやこちらも無言のままに、猫はハルカの後ろを歩いて行った。


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