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花の唄が聴こえる  作者: FRIDAY
壱:夢を映す花
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1 最初の目的

「それで、どうしてこの国に来たんだっけ?」

 王国を出て、馬車便を乗り継ぎ、長らく歩き、数週間を経て、ようやく国境を越え、また二週間近く徒歩と馬車で移動し、首都ラスファーレに入ってすぐの広場で一息ついたところで、黒猫が噴水の水を飲み終え、一頻ひとしきり顔を洗った後で、ぽつりと言った。

 ん、と噴水の縁石に腰かけ、屋台で買ったサンドイッチを口の半ばまで突っ込んでいたハルカは、おい、と冷たい目で見下ろした。

「あんた、王国を出るときにエド先生からことづかったこと、忘れたの?」

「いやあ、正直よく聞いてなかったんだよね。ほらあの、ソフィアって子の使い魔、梟だったでしょ? ――無言のマウンティングに忙しくってさ」

「ああ、猫と烏ってよく喧嘩しているよね……」「――わぷ、ぷぉ、ふぉ、ちょっと! アンニュイに吐息しながらボクを水に沈めるのはやめて! ねえやめて!」

 ふう、とハルカは再度吐息する。

「もともと、目的地のある旅ではないからね。まずはどこに行こうか、という宛もなくって、という話をしたら、エド先生からお使いを頼まれたの。ここに、エド先生の古い知り合いがいるから、手紙を届けてほしいって」

 ほら、とそれを取り出す。ひらひらと振るそれは、便箋に封じられた一通の手紙だ。

「クリスティカ・コラル。エド先生の古い知り合いで、花の魔法の権威。私も魔導院在籍中に論文を読んだことがある。とても高名な人よ。変わり者だとも聞くけれど……まあ、学者って変わった人が多いとはよく言うしね」

「ああ……ハルカも学者肌だもんね……」

「どういう意味かしら」

「いや深い意味はないよ。エド先生もそんな話をしていたぜあっ!」

「さて、それじゃあまあ、観光がてらにまずコラル博士の家を探しましょうか」

 サンドイッチを食べ終えたハルカは、よし、と弾みをつけて立ち上がる。実のところ、ハルカはこれでいてなかなか高揚していた。

 ここまでの道中、旅客馬車で乗車手続きする際などは例によって人見知りで内心大荒れだったが、振り返ってみれば大きな不審もなくやって来られた。旅の出だしとしてはなかなか良いのではないだろうか。

 見知らぬ土地、見知らぬ街。嗅ぎ慣れない空気、耳慣れない生活音。目にするものはいずれも、ハルカの胸を高鳴らせるものばかりだ。

「宿も決めないとね。滞在は、とりあえず三日から五日くらいにしましょうか」

「あれ、思っていたより短いんだね?」

「あまり長居してもね。いろんな国を見たいし」

 行きましょ、と噴水の水に浮かぶ猫を引き上げて、手近な地面へ放り投げる。

 まずはエドワンスから預かった手紙の裏面に記されている、クリスティカ・コラルの住所だ。


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