A病棟と新人マニュアル2
かーやーです!
拙い文章ですが、楽しんでもらえたら嬉しいです!
よろしくお願いします。
「ここの病室数は全部で20室。全て個室です。
20室中19室には患者さんが入院されています。昨日1人亡くなったんですよ。でも今日またくるらしいです。」
先程の《化け物顔騒動》から30分後、僕は森田さんに患者の案内を受けていた。
あれから千葉さんの仲介により僕たちは和解する事ができたけど、森田さんとの間に壁がある気がする。
さっきから僕の前を早足で歩きながら、半径2メートル以上遠くにいるのを見ると、いくら初対面と言えども悲しくなる。
まぁ仕事中に変顔をしている僕が悪いのだけど…でも一番悪いのは、あの新人マニュアルだ。
と、ただの薄っぺらいノートに怒っている僕の前で、森田さんが患者の説明をし始めた。
「水野君が担当する患者さんは、河田美苑さん。
20××年5月23日生まれの15歳の高校生です。」
A病棟では、1人の医者やナースが5〜8人の患者を担当している。でも新人は最初は1人の患者を担当して徐々に患者数を増やすらしい。
とは言っても、A病棟では点滴を変えたり、薬を飲ませたりする以外はほとんどする事がない。ベットの下に隠れているたくさんの高性能の機械で、体に異変があるとすぐにその原因を探し出して、それを特別なレーザーで消し去るからだ。
その病気の根源は治さなくても、痛みを感じさせないようにして、余命通り生きる。
それが今の安楽死だった。
「患者さんの退院予定日は、6月19日です。」
「あと2ヶ月ですか…」
「はい。」
退院予定日。A病棟の患者が退院する日、つまり余命予定日。
最近開発された機械では、患者の余命を細かくわかるようになっている。この機械はA病棟だけで使われている機械で、余命的中率は90%らしい。
A病棟では、その余命予定日を退院日として患者に伝える。何とも残酷な話だけれど、ここで働くからには僕も患者を騙さなければいけない。
「ここが患者さんの病室です。」
そう言って森田さんは一番隅にあるドアの前で立ち止まった。ドアの横に、《河田美苑様》と書かれた名札がある。
森田さんは僕の方を睨むように強く見た。その表情はやけに真剣で、強い意志がある気がした
「水野君、新人マニュアルの5ページを開いて下さい。《A病棟の取り決め》って書いてあるとこ。」
「あっはい。」
慌てて僕は言われた通り、ポケットから新人マニュアルを取り出してめくる。たしかに《A病棟の取り決め》と書かれたページがある。
「そこに書いてあること読んでください。」
「はい。《1.患者に自分が死ぬ事を知られてはいけない。》、《2.患者に感情移入してはいけない。》です。」
「そう、ここではその2つをちゃんと守らなくちゃいけないんです。特に2つ目は新人の子達は守れないから。」
「わ、わかりました…」
森田さんの目力におされて、僕はやっとのことで返事をする。常に笑顔の小動物タイプだと思っていたけど、結構怖いな、この人…
でも正直なところ、10歳以上も歳が離れた女子高生に、感情移入とか逆にできないだろ。それに女子高生も、知らないお兄さん(まだオッサンではないはず)と仲良くなりたくないはずだ。
「じゃ、頑張って下さいね。」
森田さんはそう言うと、僕に背を向けて歩き出した。
「えっ、一緒に来てくれるんじゃないんですか?…」
「はい、新人マニュアルに書いてあるので、その通りにやれば大丈夫ですよ。」
嘘だろ。あんな新人マニュアル信頼できないぞ…さっきだって,これのせいであんな事になったのに。
そんな事を思っても、森田さんはもう何処かへ行ってしまったので、新人マニュアルの力を借りるしかないのだろうか…
とにかく女子高生の病室の前で、たむろしいてるのも怪しいので、ドアをノックする。「はい」と、返事をもらえたのでドアを横に引いた。
「おはようございます…」
そこには長い髪の少女が、ベットに横になって本を読んでいた。
患者にこう言う事を思っていいのか分からないけど…
彼女は、とても綺麗だった。
栗色のサラサラとした髪、くっきりとした鼻、綺麗な二重まぶたに、ぽてっとした唇。そして瞳の中の影のあるような雰囲気に、僕は呆然としてしまった。
「…初めまして、僕は今日からここで働かせていただくことになりました、水野奏紫です。河田さんの担当医師になりましたので、よろしくお願いします。」
僕は我に返り、慌てて自己紹介をして頭を下げた。
すると上から、鈴のなるような声で美少女が声をかけて来た、
なんて事はなく…
「ふーん。」
「…え?」
彼女はハスキーな声でそう言うと、また本を読み始めた。
あれ?こういう時って普通会話が弾むもんじゃないのか?世の中の美少女は、性格も良くて社交的で少し甘えんぼじゃないのか?
対面早々期待を裏切られた僕は、とにかく自分の美少女妄想を捨てて、何か声を掛けてみることにした。
とはいえ、何をいえばいいんだ。その前に今の女子高生ってどんな事話すんだ…今日はいい天気ですねーとか?…バカだと思われるだろ。
すると、僕の頭に決して良いとは言えないけど、とあるアイディアが浮かんだ。
僕の右ポケットに入っている薄いノート、そう新人マニュアルだ。
これによって僕は初日から自分のイメージを下げてしまったけど、今はこれに頼るしかない。
ポケットから新人マニュアルを取り出し、ページをめくる。《患者さんとの会話》という欄に、【患者さんが女子学生な場合】と書いてある。
1.家族について聞いてみる。
2.彼氏について聞いてみる。
3.天気の話をする。
はぁ…これって本当に大丈夫か?しかも3番にいたっては、僕がさっき考えたのと同じだろ。
「河田さんは何人家族なの?」
「私、家族いないから…」
「…そ、そうなんだー。じゃあ彼氏は?」
「いない。」
「えっと…今日はいい天気だね。」
「曇りだけど…」
全滅だ…
これじゃ信頼を得るどころか、会話すら続いてないじゃないか。
それに、何でこの女子高生はこんなにも愛想が悪いんだ!もしかして、僕の事オッサンだとでも思っているのか…いや、それは無い、はず…
病室の中で、僕は自分にしか聞こえないようにため息をついた。
彼女がこちらを見ている事も知らずに…
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お疲れ様〜水野君!」
休憩所のソファの上で、僕が疲れた体を休めていると、千葉さんが缶コーヒーを投げてきた。慌ててキャッチして、ポケットから狐のキーホルダーがぶら下がっている財布を取り出す。
「大丈夫私の奢りで!」
「ありがとうございます。」
千葉さんに礼を言って缶コーヒーを開けた。口の中に苦い味が広がる。疲れた体に染みるコーヒーを味わっていると、千葉さんが僕の横に座ってきた。
「どんな感じ?」
「全然、会話が進まなくて…」
あなたがくれた新人マニュアルのせいで、全然会話がはずまないんですよー、とは言えない。
「そっか。私は逆だったけど…」
千葉さんは昔を思い出すように、どこか遠くを見た。
「私は普通に医者やってて、それからここに来たんだけど…
私が初めて担当した患者さんは、私より年下の20代の女性だったの。えくぼが可愛いまだあどけない感じのね。
毎日苦しかった。あの人の笑顔を見るたび、一緒に話すたび。
普通の顔でこんな事やってる他の医者たちが馬鹿みたいに思えた。
ずっと、ずっと苦しかったな…」
千葉さんは両手を後ろで組んで、頭を上に向けた。涙を我慢しているみたいだった。
「あの人が亡くなった日は、すごく月が綺麗だったな。」
その声には涙が混じっていた。僕には何を言えばいいのか分からなかった。
「あの人、私のこと恨んでるかな…」
「…」
そうですね、とも。違いますよ、とも。言えなかった。
ただ沈黙だけが、時間だけが流れていく、それだけだった。
その日の月は、曇りがかった夜空に隠れてよく見えなかった。