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A病棟の君と僕。  作者: かーやー
君と出会って
2/10

A病棟と新人マニュアル2

かーやーです!

拙い文章ですが、楽しんでもらえたら嬉しいです!

よろしくお願いします。

「ここの病室数は全部で20室。全て個室です。

20室中19室には患者さんが入院されています。昨日1人亡くなったんですよ。でも今日またくるらしいです。」


 先程の《化け物顔騒動》から30分後、僕は森田さんに患者の案内を受けていた。


 あれから千葉さんの仲介により僕たちは和解する事ができたけど、森田さんとの間に壁がある気がする。


 さっきから僕の前を早足で歩きながら、半径2メートル以上遠くにいるのを見ると、いくら初対面と言えども悲しくなる。


 まぁ仕事中に変顔をしている僕が悪いのだけど…でも一番悪いのは、あの新人マニュアルだ。


 と、ただの薄っぺらいノートに怒っている僕の前で、森田さんが患者の説明をし始めた。


「水野君が担当する患者さんは、河田美苑さん。

20××年5月23日生まれの15歳の高校生です。」


 A病棟では、1人の医者やナースが5〜8人の患者を担当している。でも新人は最初は1人の患者を担当して徐々に患者数を増やすらしい。

 

 とは言っても、A病棟では点滴を変えたり、薬を飲ませたりする以外はほとんどする事がない。ベットの下に隠れているたくさんの高性能の機械で、体に異変があるとすぐにその原因を探し出して、それを特別なレーザーで消し去るからだ。


 その病気の根源は治さなくても、痛みを感じさせないようにして、余命通り生きる。


 それが今の安楽死だった。


「患者さんの退院予定日は、6月19日です。」


「あと2ヶ月ですか…」


「はい。」


 退院予定日。A病棟の患者が退院する日、つまり余命予定日。

 

 最近開発された機械では、患者の余命を細かくわかるようになっている。この機械はA病棟だけで使われている機械で、余命的中率は90%らしい。


 A病棟では、その余命予定日を退院日として患者に伝える。何とも残酷な話だけれど、ここで働くからには僕も患者を騙さなければいけない。


「ここが患者さんの病室です。」


 そう言って森田さんは一番隅にあるドアの前で立ち止まった。ドアの横に、《河田美苑様》と書かれた名札がある。


 森田さんは僕の方を睨むように強く見た。その表情はやけに真剣で、強い意志がある気がした


「水野君、新人マニュアルの5ページを開いて下さい。《A病棟の取り決め》って書いてあるとこ。」


「あっはい。」


 慌てて僕は言われた通り、ポケットから新人マニュアルを取り出してめくる。たしかに《A病棟の取り決め》と書かれたページがある。


「そこに書いてあること読んでください。」


「はい。《1.患者に自分が死ぬ事を知られてはいけない。》、《2.患者に感情移入してはいけない。》です。」


「そう、ここではその2つをちゃんと守らなくちゃいけないんです。特に2つ目は新人の子達は守れないから。」


「わ、わかりました…」


 森田さんの目力におされて、僕はやっとのことで返事をする。常に笑顔の小動物タイプだと思っていたけど、結構怖いな、この人…


 でも正直なところ、10歳以上も歳が離れた女子高生に、感情移入とか逆にできないだろ。それに女子高生も、知らないお兄さん(まだオッサンではないはず)と仲良くなりたくないはずだ。


 「じゃ、頑張って下さいね。」


 森田さんはそう言うと、僕に背を向けて歩き出した。


「えっ、一緒に来てくれるんじゃないんですか?…」


「はい、新人マニュアルに書いてあるので、その通りにやれば大丈夫ですよ。」


 嘘だろ。あんな新人マニュアル信頼できないぞ…さっきだって,これのせいであんな事になったのに。


 そんな事を思っても、森田さんはもう何処かへ行ってしまったので、新人マニュアルの力を借りるしかないのだろうか…


 とにかく女子高生の病室の前で、たむろしいてるのも怪しいので、ドアをノックする。「はい」と、返事をもらえたのでドアを横に引いた。


「おはようございます…」


 そこには長い髪の少女が、ベットに横になって本を読んでいた。


 患者にこう言う事を思っていいのか分からないけど…

 彼女は、とても綺麗だった。


 栗色のサラサラとした髪、くっきりとした鼻、綺麗な二重まぶたに、ぽてっとした唇。そして瞳の中の影のあるような雰囲気に、僕は呆然としてしまった。


「…初めまして、僕は今日からここで働かせていただくことになりました、水野奏紫です。河田さんの担当医師になりましたので、よろしくお願いします。」


 僕は我に返り、慌てて自己紹介をして頭を下げた。


 すると上から、鈴のなるような声で美少女が声をかけて来た、


 なんて事はなく…

 

「ふーん。」


「…え?」


 彼女はハスキーな声でそう言うと、また本を読み始めた。


 あれ?こういう時って普通会話が弾むもんじゃないのか?世の中の美少女は、性格も良くて社交的で少し甘えんぼじゃないのか?

 

 対面早々期待を裏切られた僕は、とにかく自分の美少女妄想を捨てて、何か声を掛けてみることにした。


 とはいえ、何をいえばいいんだ。その前に今の女子高生ってどんな事話すんだ…今日はいい天気ですねーとか?…バカだと思われるだろ。


 すると、僕の頭に決して良いとは言えないけど、とあるアイディアが浮かんだ。


 僕の右ポケットに入っている薄いノート、そう新人マニュアルだ。


 これによって僕は初日から自分のイメージを下げてしまったけど、今はこれに頼るしかない。


 ポケットから新人マニュアルを取り出し、ページをめくる。《患者さんとの会話》という欄に、【患者さんが女子学生な場合】と書いてある。


 1.家族について聞いてみる。


 2.彼氏について聞いてみる。

 

 3.天気の話をする。


 はぁ…これって本当に大丈夫か?しかも3番にいたっては、僕がさっき考えたのと同じだろ。


「河田さんは何人家族なの?」


「私、家族いないから…」


「…そ、そうなんだー。じゃあ彼氏は?」


「いない。」


「えっと…今日はいい天気だね。」


「曇りだけど…」


 全滅だ…


 これじゃ信頼を得るどころか、会話すら続いてないじゃないか。


 それに、何でこの女子高生はこんなにも愛想が悪いんだ!もしかして、僕の事オッサンだとでも思っているのか…いや、それは無い、はず…


 病室の中で、僕は自分にしか聞こえないようにため息をついた。


 彼女がこちらを見ている事も知らずに…


  


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「お疲れ様〜水野君!」

  

 休憩所のソファの上で、僕が疲れた体を休めていると、千葉さんが缶コーヒーを投げてきた。慌ててキャッチして、ポケットから狐のキーホルダーがぶら下がっている財布を取り出す。


「大丈夫私の奢りで!」


「ありがとうございます。」


 千葉さんに礼を言って缶コーヒーを開けた。口の中に苦い味が広がる。疲れた体に染みるコーヒーを味わっていると、千葉さんが僕の横に座ってきた。


「どんな感じ?」


「全然、会話が進まなくて…」


 あなたがくれた新人マニュアルのせいで、全然会話がはずまないんですよー、とは言えない。


「そっか。私は逆だったけど…」


 千葉さんは昔を思い出すように、どこか遠くを見た。


「私は普通に医者やってて、それからここに来たんだけど…

私が初めて担当した患者さんは、私より年下の20代の女性だったの。えくぼが可愛いまだあどけない感じのね。

毎日苦しかった。あの人の笑顔を見るたび、一緒に話すたび。

普通の顔でこんな事やってる他の医者たちが馬鹿みたいに思えた。

ずっと、ずっと苦しかったな…」


 千葉さんは両手を後ろで組んで、頭を上に向けた。涙を我慢しているみたいだった。


「あの人が亡くなった日は、すごく月が綺麗だったな。」


 その声には涙が混じっていた。僕には何を言えばいいのか分からなかった。


「あの人、私のこと恨んでるかな…」


「…」


 そうですね、とも。違いますよ、とも。言えなかった。


 ただ沈黙だけが、時間だけが流れていく、それだけだった。


 その日の月は、曇りがかった夜空に隠れてよく見えなかった。


 


 

 


 

 


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