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3/2 三話目
「『救国の乙女』……?」
「あの金食い虫と、何でクラレンスが……」
そんな囁き声が聞こえてきた。
ジャンナの元婚約者であった陛下は、「ジャンナか……?」と問いかけている。それにしてもジャンナのことをそういう嫌な目で見るなんて本当に見る目がない奴らだと思う。
「ジャンナに何を言う」
思わずギロリと睨みつければ、周りのささやきが止む。
「クラレンス!! どうしてそのような国のお荷物を抱きしめているのでしょうか! 貴方は私の婚約者でしょう!!」
そんな声をあげたのは、エレファーだった。
思わずその言葉に鼻で笑いたくなった。呪術をかけられていたからとはいえ、俺にああいう態度を取った奴と婚約を続けられるはずがない。
ジャンナの美しい心を知れば、それにだけ心惹かれてしまう。
「お前、ジャンナに何を言う。ジャンナは国のお荷物なんかじゃない。俺の女神だ。——そして俺を否定して、拒絶したのはお前だろう。俺は俺のことを汚らわしい化け物といった言葉を言い放った相手と婚約なんて結んだままには出来ない」
「何を、それは呪術のせいで――」
「呪術のせいなんていう言い訳は関係ない。呪術にかかっていても、俺が『魔王』の側近だと分かっていても、——俺の女神は、俺に優しかった。本当に心が綺麗な人間は、こういう人をいうんだって思ったんだ。俺の女神は、誰よりも心が広く、誰よりも優しい」
結局呪術のせいでなんていうのは、言い訳にしかならない。
だって呪術にかけられていても俺自身を見てくれた。きっとそういう存在はジャンナしかいなかっただろう。そんな素敵な女性にああいうタイミングで出会えたのは本当に奇跡だった。
俺のことを救ってくれたジャンナ。腕の中のジャンナの事を考えると幸せな気持ちになる。
「エレファー、諦めろよー。クラレンスは俺が迎えに行った時からずっとこの調子だぞ。あんまり『救国の乙女』の事をひどく言うと、クラレンスがブチ切れるぞ」
「でも、ランダン……クラレンスは!!」
「諦めろ諦めろ。呪術にかかったとはいえ、クラレンスのことを裏切ったのは俺達なんだぜ。理由があったとしても、クラレンスにやった事はかわらないだろう。——呪術のせいなんていって、クラレンスが「俺は違う」と言った言葉も俺達は聞きもしなかった。それに比べて、『救国の乙女』は呪術がかかっていても、クラレンスのことを信じたらしいからなぁ」
「でも、この女は――!!」
「エレファー、黙らないと、クラレンス切れるぞ? それと『救国の乙女』と呼ばれた女が贅沢三昧して、我儘ばかりいって、大人しくしている代わりにお金をせがんでいて、陛下達の手紙も読まずに破り捨ててたっていうの、多分この『救国の乙女』がやった事じゃないぞ」
本当に根も葉もない噂だ。
こういう経験をしたからこそ噂ではなく、実際にどうであるかを見てみなければ実際の所は分からないというのがよく分かる。
本当に俺のジャンナは素晴らしい。
「ジャンナはそんなことはやっていない。ジャンナは王城からのお金も渡されなくなったから、こっそりポーションを売って暮らしてたんだぞ。絶対誰か横領しているだろ。それに陛下たちからの手紙も気づけばこなくなったっていってたし、絶対誰かが処分してるぞ」
「……えっと、クロ、本当、離して」
ジャンナにそう言われてジャンナを離す。
ジャンナは真っ直ぐに陛下の目を見て口を開く。
「お、お久しぶりです。アランベーゼ様」
堂々としているジャンナも美しい。ジャンナは周りからこれだけ注目されてても真っ直ぐだ。
「――久しぶりだね、ジャンナ」
「はい。お久しぶりです」
何だかジャンナが元婚約者である陛下と話しているのは面白くない。
「……クラレンスが、言っていたことは本当かい? クラレンスを救ったのが、君だと」
「……そう、らしいです。実感はわきませんが」
「ジャンナは俺の女神です。陛下は元婚約者とはいえ、ジャンナに近づかないでください」
ジャンナが自信なさげに口にする言葉に、俺はかぶせるように言った。本当にジャンナを信じなかった陛下には、ジャンナに近づかないでほしい。ジャンナは昔は陛下が好きだったみたいだから、近づかれてジャンナが陛下をまた好きになっても困る。
陛下は俺の言葉に、笑っている。
「そうか。君はちゃんと、『救国の乙女』になれたんだね。よかった」
「……『救国の乙女』になれたかは分かりませんが、クロが私に救われたというなら嬉しいです」
「ジャンナ、もっと自信をもって。俺がこの国をどうにもしなかったのも、自棄にならなかったのもジャンナのおかげだから」
周りがそれにざわついているけれど、どうでもいい。それは俺にとっての真実だから。
ジャンナがいなければ俺は今、この場には立っていない。
「ジャンナ、君がお金を受け取ってなかったというのは本当かい?」
「はい。王城からのお金はいつしかなくなりました。だから私は自分でお金を稼いで、あとはほとんど自給自足で暮らしてました」
「そうか……。私は君への援助を止めたつもりはなかったのだけど、すまない。どこかでお金を着服していたものがいたのだろう。それに君が私たちからの手紙を破り捨てたというのも、この分だと嘘かい?」
「……私はそのようなことはしておりません。アランベーゼ様たちからはここしばらく手紙も来ておりませんでした。私に手紙を書いてくれていたのでしょうか」
「ああ。書いていたよ。君と仲よくしていた者たちと一緒にね」
書いていたからなんだと言うんだ。
自分で見に行くことなどせずに、援助を続けたつもりで、手紙を破ったという噂を信じるなんて。
ジャンナは優しくて、美しい女神なのだから、そんなことをするはずがないのに。
でもジャンナはただ笑って、陛下と話している。ジャンナが怒っていないなら俺も怒るわけにはいかない。
「陛下、ジャンナは俺の女神で、実際に『救国の乙女』なんですよ。ジャンナは奥ゆかしいから、自分はそんなに凄くないっていうけど、俺はジャンナがいなかったらもっと絶望して、国を壊していたかもしれないから。だから、ジャンナのことを、俺の女神の事をちゃんと、国中に知らしめてくださいね」
「それは構わないが、クラレンス……君はそんな性格だったかい? 私もジャンナの名誉が回復するならそれは嬉しいからね」
俺の言葉に陛下は不思議そうな顔をしながら、それでも楽しそうにそう言った。
……陛下ほどの人でも周りから言われた言葉を信じて、ジャンナを信じられなかった。結局人なんてそうやって周りの意見や偏見で物事を考えがちなのだ。
ジャンナのように『救国の乙女』としての活躍を見かぎられて追いやられて、それでも真っ直ぐでいられるのも。
ジャンナのように『魔王』の側近と呼ばれている俺を拾っても、俺自身を見てくれるのも。
――すべてジャンナが優しくて、美しい心を持っていたからなんだ。
やっぱりジャンナは俺の女神だ。そんなジャンナの事を俺は広めたい。
「じゃあ、俺は報告も終えたのでジャンナと一緒に戻ります。騎士ももうやめます」
「待って、クロ。何を言っているの?? 貴方はこの国の騎士でしょう? 剣が好きなのでしょう? 何でやめようとしているの??」
「ジャンナをないがしろにした国は嫌だ」
「私は全く気にしていないから。クロが騎士としてかっこいい姿を見たいもの。ね、クロ」
正直騎士をやっている意味もないと思って口にした言葉は、ジャンナに止められた。
優しく「ね、クロ」というジャンナが可愛くて、「ジャンナがそう言うなら」と笑った。思わずジャンナを抱きしめる。本当に可愛い。
ジャンナが望むなら俺はなんだってやる。
なんだろう、ジャンナに頼まれたらどんなに高価なものでも買いそうだし、どんなに無茶なことでも叶えそうだ。
俺の女神は、そんな無茶ぶりはしないけれど。
それからすぐに帰りたかったが周りに止められ、ジャンナにもなだめられ、残ることになった。これまでの経緯を説明する。
その間にジャンナのことをたたえる度に周りがどよめき、ジャンナは恥ずかしそうにしていた。




