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「ク、クロ」
「顔真っ赤で可愛い……」
ジャンナが顔を真っ赤にしている。その赤く染まって、男慣れしていない様子に嬉しく思う。
ジャンナは『救国の乙女』になれないと見捨てられたからこそ、此処にいてくれている。ジャンナはそういう経験があったからこそ、ジャンナは今のジャンナになった。
例えばジャンナが此処にいなければ――、そして俺が呪術をかけられる状況にならなければ俺とジャンナは会うこともなかっただろう。そう思うと不思議なものだ。
「え、えっと、い、いいの?? 私の傍にいること、選んで」
「当然じゃん」
ジャンナは不安そうに言うけれど、ジャンナという存在を知ってジャンナの傍にいないという選択肢なんて選べない。
「大体ジャンナは色々勘違いしているよ。ジャンナは自分の事を何の力もないっていうけど、そんなことない。俺がこうして立ち直れたのも、全部ジャンナのおかげだ。
俺は……、『魔王』を倒して王城に戻ってすぐに、呪術をかけられた」
俺が今こうして前向きでいられるのも、笑っていられるのも、ジャンナのおかげだから。
「王城でゆっくりしていたら急に周りが皆、俺のことを『魔王』の側近だとか言い出して、仲間だった連中が俺のことを追い回して――、婚約者だったあいつと一緒に過ごしていたら、急にそれだからな。
あいつとも仲よくしていたが、本当にショックだった。俺は何が何だか分からないままに捕らえられた」
本当にショックを受けて、あの時に俺の人生は変わった。何が起こったかわからなくて、どうしたらいいかも分からなかった。
「――俺が違うと幾ら言っても、あいつらは聞く耳を持たなかった。何か変な力が働いていることは分かったけれど、誰一人俺の言葉を聞いてくれないなんて思っていなかったよ。でも、誰一人俺の言葉を信じなかった。俺のことを『魔王』の側近だと思い込んで、俺の言う事は全く聞かなかったんだよ」
俺の言うことは誰も聞いてくれなかった。幾ら否定したとしても誰も俺の言葉に耳を傾けなかった。
『魔王』の側近だと思わせる呪術は、今までの俺を否定するものだった。今までの俺は何の意味もなさなくて、ただ俺には『魔王』の側近だという事実だけが残った。
そうなれば、『魔王』の側近だと思われている俺の言葉なんて誰も聞かなかった。
「俺は正直、絶望していたよ。誰も俺のことを信じないし、意味が分からないし。俺は体が丈夫だから幾ら拷問されてもすぐに治るしさ。それで益々色々言われるし。何がつらいって仲よくしていた連中が俺にかける言葉だよ。
俺のことを敵対している人としか見ずに、俺のことをいなくなればいいという態度をする。けど、俺は諦めたくなかった。意味が分からないまま死にたくなかった。
だから逃げ出した」
絶望した。意味が分からない状況にどうしていったらいいかが分からなかった。
――今までのすべてが無にかえった。まだ、俺のことを完全に忘れているとかそれだけだったなら、一からどうにでも出来たかもしれない。けれど『魔王』の側近だと思われているから、誰も俺の言葉は聞いてくれなかった。
「でも俺が抜け出しても、王都の人たちも誰一人として俺を覚えてなんていなくて。俺の話なんて一切聞いてくれなかった。
もう誰もが俺のことを信じてくれないし、どうしたらいいか分からなかった。そんなときに、ジャンナに出会ったんだ。
ジャンナは俺のことを拾ってくれた。そして俺のことを受け入れてくれた。最初はジャンナのこと、信じられたりしなかったけど、そんな俺にジャンナはずっと優しかった」
誰一人自分の話を聞いてくれなければどうしようもない。何が原因でこんなことが起こっているかもその時の俺には全く分からなかった。
だから誰も俺のことを信じてはくれないのではないかとそう思っていて、どうしたらいいかもわからなかった。――でも、ジャンナがいたんだ。
「ジャンナが俺自身を見てくれて、ジャンナが俺が呪術にかけられていても俺のことを信じてくれて――ジャンナがそうだから、俺は変な方向にいかずに済んだんだよ」
「変な方向?」
「うん。自棄になりそうだった時もあったけど、ジャンナが優しいから俺はそんなことをしなくていいと思ったんだよ」
「自棄になりそうだったの?」
「うん。最初は呪術が原因とかもわからなかったし、『魔王』を倒した後だったから、『魔王』の呪いかなとか思ってたし。このままどうにもならないなら国ごとどうにかしようかって考えなかったわけじゃないし……」
ジャンナにとって俺を拾ったことは気まぐれだったかもしれない。
ジャンナはただ俺のことを放っておけなかっただけなんていうけれど、それだけの行動を出来る人はそうそういないのだ。ジャンナは当たり前のことだとでもいう風に笑うけれど、『魔王』の側近だと分かる俺に対して優しく出来たのはジャンナだからだ。
自棄になる一歩手前だったと思う。
ジャンナがいなければ俺はもう手遅れになることを行っていたと思う。
「でもジャンナがこの国を好きだっていったし、この国が大変なことになったらジャンナが悲しむって思ったから、とりあえず呪術の主をぶちのめすことにしたんだよ。だから俺が国に何かをしたりもせずに、ちゃんと呪術の主を倒せたのって全部ジャンナのおかげだよ。
ジャンナがいなかったら俺はあのまま絶望して、国自体を襲ったかもしれないし、少なくとも誰かを殺してはいたと思う」
俺を救ってくれたジャンナがこの国を好きだと言って、この国が大変なことになったら嫌だといった。俺が呪術の主をどうにかしようと思ったのは、ジャンナがそう言ったからだ。
――本当に俺はジャンナのおかげで此処にいるんだ。ジャンナのおかげで笑えるんだ。
「――私はただ、クロはそんなことをしないというのを信じただけだもの」
「そうやって信じて、その通りに行動が出来るだけでもジャンナは凄いんだ。それだけのことが、皆出来ないんだ。——だから、ジャンナは俺の女神だよ。俺を救ってくれた女神なんだ」
本当にジャンナは奥ゆかしい。信じただけなんていうけど、その“だけ”が難しい。それ“だけ”のことが誰も出来なかったんだ。ジャンナだから、俺の女神だから……出来たんだ。
だからジャンナは俺にとっての、救いの女神だ。
「ジャンナ、俺はジャンナのことが好きなんだ。他の誰もいらないから、ジャンナの元へ帰ってきたくて、頑張ったんだ。ジャンナは?」
言ってしまえば、思い出した国が俺に謝罪したとしても、何かを求めてきたとしても――どうでもいいんだ。俺にとってはジャンナ以外どうでもいい。
俺の女神がただ隣にいてくれたら嬉しい。ただ笑ってくれたらいい。ジャンナがいれば他はどうでもいい。
「……私も、クロのこと好きよ。クロとずっと一緒がいい」
断られたらどうしよう……と少し思ったけれど、ジャンナがそう言って笑ってくれた。俺はそれが嬉しくて、笑みをこぼして、ジャンナにキスをした。
恥ずかしそうなジャンナが可愛い。ずっと見ていられる。
そんなことを思いながらジャンナと顔を合わせて笑いあっていたら、家の扉をノックされる。
誰か来たのだろうかと身構えるジャンナに「そんなに怯えなくていい」と告げる。
「クラレンス、『救国の乙女』様の所に直行したかったのは分かったけどさー? そろそろ王城に行かない? 王城でもクラレンスのこと、皆待ってるんだけど」
扉を開ければ、ランダンがそう言いながら家に入ってきた。




