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3/1 四話目
ジャンナの元へ行くまでの間、散々ランダンにはジャンナのことを聞かれた。
俺は簡潔に、ランダンたちに追われて逃げ回った時に倒れてしまったこと。そこでジャンナに拾われたこと。そしてジャンナに救われたことを言った。
「そっか。『救国の乙女』様は、王城でいわれているような存在じゃないんだな。それに……クラレンスのことを『魔王』の側近だと思わされていたにも関わらず、クラレンスの心を救ったなんてクラレンスにとっては本当に女神だな」
「ああ。ジャンナは俺の女神だ」
ランダンは感心したように言った。
実際に呪術の影響を受けて、俺のことを『魔王』の側近だとして追い回した身からしてみれば余計にジャンナの素晴らしさが分かるのだろう。もっと俺の女神の慈愛深さを知ればいい――とそう思ってしまう。
そして俺はランダンに連れられ、ジャンナの待つ家へとたどり着いた。
「へぇ……ここが『救国の乙女』様の家? 噂だと贅沢の限りを尽くしているって話だったけれど、違うみたいだな」
「そんなわけないだろ」
「睨むなって!! あくまでそういう噂だったってだけだろ」
ジャンナの事を好き勝手口にして、ジャンナがそういう愚かな存在だとでもいう風に口にされるのは嫌だった。ジャンナの事を大切に思っているからこそ、そんな存在を侮辱されるのは嫌だった。
「……俺は行ってくる」
「了解」
ランダンの声を聞きながら俺はジャンナの待つ家の中へと入った。
ああ、やっとジャンナに会える。俺の女神はどんなふうに笑って、俺におかえりと笑いかけてくれるだろうか。
そんなことを考えただけでも心が躍った。
だけど、俺の目に飛び込んできたのは涙を流すジャンナだった。
「誰が、俺の女神を泣かせた」
ジャンナが悲しそうに泣いている。それを見ただけで俺の頭が沸騰するのが分かった。
ああ、ジャンナのことを悲しませた存在を許せない。ジャンナには、ずっと微笑んでいてほしいから。
「クロ……?」
ジャンナがぽかんとした表情で、俺を見ている。
驚きで涙が止まっていた。
「ああ。貴方のクロだよ、ジャンナ」
近づいて、涙をぬぐう。涙を流す姿さえ、美しいと思った。
「誰が、ジャンナを泣かせたの」
呆けた顔のジャンナに問いかける。
ジャンナの事を泣かせた連中をぶちのめしてしまいたいとそんな気持ちが湧き出てくる。
まさか、王城の連中だろうか。
「陛下? 王城の連中? やっぱりあいつらろくでもないな。ちょっと痛い目を遭わせに――」
「ちょっと待って、違う、違うから!! そんな物騒なこと言わないでいいから、クロ――いや、クラレンス様!!」
ジャンナが慌てて声をあげて、俺の腕を取る。
そしてジャンナが俺の本当の名を呼んでいて、ああ、ジャンナは俺を知っててくれたんだと少し嬉しかった。
「ジャンナ、クロでいいよ。俺はジャンナのクロだから。そんな他人行儀な呼び方しないで」
「えっと、いや、でも、クラレンス様は――」
「クロって呼んで」
「……クロは、何で、此処に?」
ジャンナは俺が此処にいることが不思議だと口にする。
俺の帰ってくる場所は、ジャンナの元だと最初から言っているのに。どうしてジャンナは驚いているのだろうか。
「何でって。俺が帰るところは、ジャンナのところだよ。ただいま、ジャンナ。おかえりっていって」
「お、おかえり」
ああ。嬉しい。
俺はこの時のために頑張ったんだ。ジャンナがおかえりと言ってくれるのをただ聞きたくて。
俺はだらしない顔をしているだろう。
「ただいま、ジャンナ。俺の女神におかえりって言ってもらえるだけで、俺は幸せだよ」
それは俺にとって心からの本音だった。
「私も、クロが戻ってきて嬉しい……って違う! クロ、貴方、英雄でしょう。この国の!! クラレンス・ロードっていったら周辺諸国にまで名を馳せる英雄じゃない!!」
「うん。それが?」
叫ぶジャンナの言葉に、俺は問いかける。
ジャンナは、俺がクラレンス・ロードだからとどうしてこんなことを言うんだろうか。
俺がどんな俺でも、俺は俺だって言ってくれたのはジャンナなのに。
ジャンナは俺が傍にいるのが嫌なのだろうか。……嫌、嬉しそうだから、それはないと思うけれど。でもそうだったとしても俺は俺の女神の側から離れられない。
「いや、それがって……貴方、呪術をかけられてたのよね? 急にクロがクラレンス・ロードだって気づいて、私は混乱したの」
「うん」
「クロにかけられた呪術が解けたってことは、クロのことを誰一人として、『魔王』の側近だなんて思わないってことでしょう?」
「うん。それが?」
ジャンナは混乱しているらしい。混乱しているジャンナもかわいらしい。思わずその様子に笑ってしまう。
「そのね、クロは呪術が解けて、皆がクロへの誤解が解けたわけでしょう。クロは英雄で、国中に求められていて、それで婚約者もいるでしょう。私ね……、クロが私の元へ戻ってくると思ってなかったの」
「何で?」
「……何でって、私は『救国の乙女』にもなれなかったし、何の力もないただの女よ。クロには待っててくれる人がどれだけいると思っているの……。私、クロがもう私の元へ戻ってこないんだってそう思って、悲しくなってたの」
「俺が帰ってこないって思って泣いてたの? ジャンナ」
ああ、そうか。
ジャンナは自分への自信がないのだろう。自分のことを力がない女だとそういう。そして俺が戻ってこないと心配していたらしい。なんていじらしいのだろうか。
こういう自信がなさげにこちらを見るジャンナに庇護欲が誘われる。
でもジャンナの自信をこれだけ消失させた王城の連中は一度痛い目を見た方がいいと思う。
ジャンナが俺が帰ってこないと泣いてくれたのは嬉しいけれど。俺のために涙を流してくれたのだと思うと、胸が温かくなった。
「俺がジャンナの元へ戻ってくるのは当然だよ。寧ろなんで呪術がとけたからって、ジャンナの元へ戻ってこないってことになるのか分からない」
俺はジャンナを安心させるように、言葉をかける。
俺はジャンナのことが大切だよ、ジャンナを愛しているよとそれをジャンナに知らしめたかった。
「――俺はジャンナのことを愛しているよ。俺の女神。俺のたった一人の、大切な人。だから、俺が此処に帰って来ないわけなんてないんだよ」
だから俺は真っ直ぐにジャンナの目を見て、そう告げた。




