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3/1 3話目
「ふぅ……」
触媒を破壊して、俺と触媒の間に繋がっていた魔力が途切れたのが分かる。
きっとこれで俺にかけられた呪術は解けたのだろう。洞窟の中で一度一息を吐く。
ジャンナの元へ帰らないと。ジャンナも俺のことをクラレンス・ロードだと知っただろう。俺は国内でも有名な方だったからジャンナでも俺を知っていると思う。……まぁ、ジャンナは森暮らしだし知らない可能性もあるけれど。知らなかったら知らなかったで、今の俺を知ってもらうだけだ。
王城の連中の呪術も解けて、騒ぎにはなっているだろう。あの魔族の口調からすると、呪術がかけられていた間の記憶は残っているのだろう。というか、そんな風にかかっている間の記憶が修正されるような優しい力では呪術はないだろうし。
今頃彼らは後悔しているのかもしれない。俺はエレファーたちと昔のように過ごすつもりはない。とはいえ、俺だって周りの誰かが同じ状況になったら同じことをしたかもしれない。そう考えるとやっぱり俺のジャンナは、慈愛深い女神だと思う。
ジャンナの元へ帰ろう。そしてジャンナを侮って、侮辱した連中を後悔させる。俺のジャンナのすばらしさを広めないといけない。
そう思って洞窟から出ようとした時、
「クラレンス!!」
懐かしい声が聞こえてきた。
洞窟の入り口の方を見れば、俺と一緒に『魔王』退治をした英雄と呼ばれる一人――『七色の魔法師』と呼ばれるランダン・フィッシガだった。
俺とは友人関係だった男だ。……いつもおちゃらけていたのだが、今はすっかりその灰色の瞳に焦りを浮かべている。
「ランダンか」
「ごめん!! 本当にごめん!! クラレンス!!」
「……煩い」
大きな声で突然、謝罪をしだした。
青ざめて、頭を下げるランダンは本当に後悔しているのだろう。だけど、俺は……それを見ても何とも思えなかった。ただ“友人だった”どうでもいい存在が謝っているとしか思えなかった。
俺の冷めた目を見て、ランダンは益々顔色を悪くする。
「本当にごめん!! 認識を変えるような大きな呪術何て掛けられると思ってなかった。俺なんて国一の魔法師なんて言われているのに、それを信じ切って、クラレンスのことを――」
「煩い。お前、何しに来たんだ。謝罪しに来たならいらない」
「クラレンス!」
何だか期待したような、許してくれるのかといった表情のランダン。
「どうでもいいから。謝罪されようがされまいが、何も変わらない」
「……本当にごめん!! でも流石にあんな呪術をかけられて、俺も抗えなかった。誰だって抗えないものだったんだ。そんなこと言い訳にしかならないけれど……」
「抗えなかったのは分かる。けれど俺の女神は俺が『魔王』の側近だと思い込んでも俺に優しかったぞ」
「女神??」
抗えないのは、仕方がない事だと言えるだろう。
ランダンほどの男が抗えないものなら、国民達が抗えないのも当然だった。それでも抗えなくても、その呪術にかかっていてもジャンナは優しかったんだ。ジャンナの事を考えると思わず笑みをこぼしてしまう。
それを見てランダンは意味が分からないと言った顔をする。
「――お前、俺をジャンナの所へ連れていけ。俺ははやく帰らなきゃならない」
「へ? 俺、王城にクラレンスを連れて――」
「ジャンナの所が先に決まってるだろう」
そう言って睨みつければ、ランダンはそれに頷いた。
「クラレンス、ジャンナっていうのは? 女神って……? クラレンスはエレファーと婚約して……」
「俺を信じなかった奴なんて知らない。俺はジャンナとずっと一緒にいる。エレファーとの婚約は解消させる。そもそもあれだけのことをされて婚約関係なんて続けられない」
何を馬鹿なことを言っているのだろうか。そう思いながら答える。
ランダンは俺がどういう態度をしても許さないことが分かっているのだろう。だからこそ、これ以上謝罪をせずに昔のような態度を俺にしようとしているようだ。
「そっか。それもそうだよな……。それでジャンナってのは……」
「お前が俺のジャンナの名を軽々しく呼ぶな。――ジャンナは俺の女神で、『救国の乙女』になると預言された存在だ」
俺がそう口にすれば、ランダンは目を見開いた。




