㉖
2/28 五話目
「落ちこんで、悲しくて、自棄になっていた時もあった。でも、それでも私は生きていて、生きるためには行動を起こさなければならなかった。
王城から支払われていた生活費もなくなったから、自分で稼がなければならないって、それでポーションを作るようになったの。王城で習っていた中で私は一番錬金術が好きだったから」
そう言って語るジャンナは、とても強い女性だと思った。
なんて眩しくて、なんて前向きなんだろうと。
周りから誰もいなくなって、たった一人でこんな場所に残されて――それで落ち込んでも、それで自棄になったりなんてしなかったのだ。
「それからはまぁ、なんとか王都にポーションを売りに行って、生活費を稼いで、此処で暮らしていたの。
最初の内は数か月に一度とか一年に一度、王城からの遣いは来ていたけれど、いまじゃもう何年も来ていなかったの。
だからもう誰もここには来ないだろうと油断していたわ。
ごめんね、クロ。私がクロを差し出すんじゃないかって不安にさせて」
ジャンナは自分のことでいっぱいいっぱいだろうに、俺のことを案じている。
ああ……と心が打たれる。
「……それは、別にいい」
「よかった。そうそう、さっきのクロの何で差し出さなかったんだっていう質問の答えだけど、私が『救国の乙女』になるだろうと言われて、その呼び名の影響で人生が変わっていったからといえるかな。
私は『救国の乙女』になると預言されて、それで良い暮らしをさせてもらった。周りの人たちは私が『救国の乙女』になると預言されているからこそ、私に優しかった。
けどね、私が幾ら経っても『救国の乙女』としての力を顕現させることもなかったから、周りの人たちの態度は変わっていった。どんどん冷たい視線を浴びるようになった。私っていう存在は何一つ変わっていないのに、私が皆の期待に応えられなかったから」
自分が『救国の乙女』になるだろうと預言されて、人生が変わったからとそんな風に語る。
預言者の預言に、ジャンナは振り回されていたと言えるだろう。
預言者を恨んでもおかしくない。自分を顧みなくなった周りを恨んでもおかしくない。それでもジャンナは、こんなにも穏やかに微笑んでいる。
「――預言者を脅して嘘の預言をさせたんじゃないかとか、何か悪い術でも使ってるんじゃないかとか、そんな根も葉もない噂が出回ったり、王城での暮らしの後半は大変だった。
本当の私はそんなことはしていなくても、大勢が私がそれをしたと告げれば、いつしか真実のように語られる――」
ジャンナはそういういわれのない言葉をかけられ続けたらしい。
「私はそういう経験があるから、自分が見て感じたものを信じようと思っているの。
私はクロを拾ったわ。クロは確かに『魔王』の側近だと言われているわ。でも私はクロの事をそんな風に言われる恐ろしい存在だとは思えなかった。
放っておけないと思って、一緒に暮らしているうちに、クロはそんな存在じゃないって私の心は言っているもの。クロは優しいわ。それにクロは強くて、本当に国をどうこうしようというならもっと残忍な行動に出るはずだもの。クロは私に酷いこともしないし、私はクロが『魔王』の側近と呼ばれている事は知っているけれどクロが本当にそうだとは思えない」
見たものを信じたいと、ジャンナはいった。
その言葉は、俺を『魔王』の側近というくくりではなくて、俺自身を見てからの言葉だ。俺自身を見てジャンナは、俺はそんなことをしないとそう言ってくれている。
「私がクロを差し出さなかったのは、貴方に笑っていてほしいって思うから。クロの事を好ましく思っているし、クロが大変な目に遭うことが分かっているのに差し出すわけがないでしょう」
ジャンナは優しく笑って告げた。
なんて優しくて、なんて温かい言葉だろうか。
自分が嫌な思いをしたからと、それを相手にしないようにすることは口にするのは簡単でも、実際にそれをするのは難しい。
それでもジャンナは、それを実際に行っている。
嬉しくて、温かくて、気づけば涙が流れた。
「クロ!?」
「……そんなこと言われると思わなかった」
「クロ、ごめん。私嫌な事を言っちゃった?」
「……ううん」
温かくて、優しくて……なんて心地が良いのだろうか。
頭を撫でるその手は何処までも優しい。ただ安心して、涙を流す俺をジャンナは慈愛に満ちた笑みで撫でている。
……本当に女神か何かかと思った。
誰よりも優しくて、誰よりも綺麗だと思った。
その真っ直ぐで優しい心に触れたら、俺の心はジャンナで一杯になった。
ああ、俺はジャンナのその優しさと心の美しさが、愛おしいと思う。




